08 夢と夢
今回はほぼシノちゃんだ。
それでは十二話、はじまります
タクに元気になる魔術をかけた後、タクが他の子を助ける余裕があることを確かめ、狩人たちに乱入され騒ぎになっている一階を外へと駆け抜ける。
シーブと合流したとき、シノは一人でぶらぶらと足を揺らして男の背中に座っていた。
「嬢ちゃん………」
「かえろ?」
シノは乗っていた男たちの山の上から降りると、シーブと手を繋ぐ。
あまりにも暇を持て余していたシノは、逃げていく雑魚を捕まえて一山にしていたのだ。
「いやー疲れたな、嬢ちゃん」
「ん」
ここまで暴れたのは久しぶりだったシーブとシノは、なんだか体が軽く屋敷へと戻っていた。
足取り軽く屋敷に戻ると、待っていたメティオノーラの目がシーブを悔しそうに睨めつけていて、何ともいたたまれなくなったシーブは、「後輩たちに言わなきゃいけないことがあるからっ!」と言って厨房へと逃げた。
「おかえりなさい、シノ」
「ただいま」
屋敷の敷地に入って二人きりになったメティオノーラは、シノをぎゅっと抱きしめる。
「シノ、無茶はしないと約束しましたよね?」
「してない」
「私はシノの柔肌に傷が付くことが許せないんです。膝、擦り剝けているでしょう?」
「………」
シノは驚きに目を見張り、メティオノーラは悪戯が成功したかのように笑う。
実は倉庫から逃げる男どもを積み上げていた際、シノは足元にあった小石に躓いて転んでいたのだ。
シーブにばれると無駄に心配させてしまうし、メティオノーラにばれると説教が待っているので魔術で隠したのだが、どうやらメティオノーラは既に知っていたらしい。
シノは大人しく抱えられて傷口の手当てを受けながら説教を受ける。
「いいですか? いつも今日みたいに上手くいくとは限りません。確かに普通の子供のように無邪気に行動すべきと言いましたが、それは厄介ごとに首を突っ込んで大人顔負けの成果をたたき出せという意味ではありません」
子供のように行動し、得る結果は子供とはかけ離れたものばかり。
「あなたが傷ついたら、私は悲しいんです」
「かなしい?」
大人しく聞いていたシノも、なぜ悲しいという話になるのか分からずに聞き返す。
「そうです。シノがけがをすると思っただけでここがぎゅーっとして、勝手に涙が出てきてしまいます。そんな感情に私はなるんです」
「かなしいの?」
「シンが傷つくなら私は悲しみます。シーブだって、エヴァンスだって、メティだって、シノが傷ついたら悲しみますよ」
「………かなしくならないようにする」
「はい、守られることを祈っています」
抱きしめた状態でなされた会話とは思えないが、これが二人の普通である。
この二人の間にあるのは血縁関係ではない。あるのは能力による信頼。シノがシノである限りメティオノーラはシノを支持するだろう。
弱肉強食である場所では、人は力ある者について行く。下級貴族が不正を働き町民に落されることもあるし、力をつけた町民が領主に認められ、下級貴族を名乗ることさえあるのだ。地位を過信していては人が離れていくし、向上心を持ち続ければ人はついて行く。
メティオノーラはシノを主と認め、シノの為に日々行動していると言っても過言ではない。
「そう言えばシノ、将来何になりたいとか、考えていますか?」
「………わからない」
子供と言われるのは十歳まで。十五で成人し、十八で独り立ち。それがこの国での子供のあり方だ。十歳から数年間、奉公と言う名の社会経験の場が設けられ、十五で両親の元へと帰り、一人前になったという証を受け取る。十八になれば給金の量がそれなりに上がり、自らが決めた職業で食い扶持を得て行かなければならない。
因みに、奉公と称される社会経験を得るのは、生まれ持った資質も大切だとされる為、十歳でその町や村の長の所へと集まり、どこへ奉公したいのか、どういう資質があるのか、というのを聞かれ決められる。貴族の子供は親以上の位を持つ貴族の使用人、家政婦であったり騎士であったり文官であったりと、それだけは覆すことはできないが、ほとんどの希望は簡単に通るのだ。
「シノが望めば、どんな立場でも手に入ると思うんですけどね………」
「………『ゆうしゃ』でも?」
「『勇者』になりたいんですか? でもそれは職ではないから無理ですね。どちらかと言えば称号じゃないですか?」
「………『まおう』も?」
「称号ですね。両方ともなろうと思って簡単に言われる称号ではないですし、なるのはとても難しいことだと思いますよ」
しかし、その奉公制度、奴隷には認められていない。
奴隷は資質のみ調べられ、孤児院の子供は教会関連の職に就くか流れ者になるしかないのが常だ。
奴隷のほとんどが、犯罪を犯して身分を最下層の奴隷に落されたものか、食い扶持が無くしかたなくその身を奴隷へと変え生きていく事を選んだものか、何かしらの理由で売られた者である。もちろんこれは正規に取引される奴隷であって、人買いが攫った子供などはこれに当てはまらない。
その身元が証明されていて安全であるとされるのが生活奴隷、犯罪を侵し危険だと判断されたものを事犯奴隷というくくりで決められ、生活奴隷は衣・食・住が確保された環境で一年に一度給金が支給される。
「流れ者は大変ですけど、親方のように狩人という立場を得て永住する人もいますし、実力があるならばそんなに忌避する職でもないのかもしれませんね」
定住しないという事で領主からの保護を受けられなくなりますが、とメティオノーラは続ける。
流れ者とは、奴隷と同格とも言われる者たちの事で、大まかに冒険者と旅人という二つの種類に分けられる。
冒険者は、その名の通り冒険することで食い扶持を稼ぐ者たちのことで、冒険者ギルドで登録を行い、依頼掲示板に張られている依頼を熟すことで稼ぐことができる。正規の冒険者は魔物を倒せる者である為、最低Dランクが求められる。
もう一つの旅人と言うのは、貴族の道楽であることが一番多く、長く一所にとどまらずに冒険者としての依頼を熟さずに生きる者たちの事を言う。多くは旅の吟遊詩人であったりと、稼ぐ手段はあるものの、宿なしの根無し草がこれに当てはまるだろう。
「みんな、ゆめがあるのかな?」
「そうですね、明確な将来像でなくても、こういう人になりたい、とか、あの人の役に立てるようになりたい、とか。そこら辺から始める人が多いかもしれませんね。親もちゃんと働いて欲しいと思っていますから」
町民の子供でも騎士に憧れて、騎士を目指すべく剣を振るったりすることもある。しかし騎士と言うのは貴族がなるもの。運と実力があった場合騎士になることも叶うかも知れないが、まずありえない。
実力がある町人なら傭兵として登録しておくのが普通だろう。町民で警備隊に入る者のほとんどは、本職と副職を持っていて、副職が傭兵であることが多い。もちろん本職は兵士だが、兵士だと領主からの依頼である警備しか受けられないので、小遣い稼ぎとして依頼を受ける為傭兵になるのだ。
「ふーん」
「確固たる将来像が浮かばなくても変ではありませんよ。何かきっかけが無ければただ漠然と目の前の出来事を処理するだけになってしまいますから」
シノくらいの年齢の普通の子供であれば、ほとんどが玉の輿か、騎士になることを思い描くだろう。
少女はキラキラ光る光物を好み、それがつけられる立場を望む。少年はキラキラ光る地位を望み、己の強さを望む。それはどんな子供でも思い描くごく当たり前の夢なのだが、シノはそういう夢はない。
「………きゅうしゃにいく」
「はい。夕飯は私が作りますから、用事が済んだら私の部屋まで来てくださいね」
シノはメティオノーラと分かれると、厩舎へとまっすぐ向かう。メティオノーラは目を細めながらそれを見送る。
シノが見えなくなった時、ため息をつき後ろを振り返る。
「で? あなたたちは何か聞きたいことでもあるんですか?」
「ば、ばれてました?」
メティオノーラの目線の先には数人の奴隷たちが物陰から出てきた。
聞き耳を立てていたのがばれて恥ずかしいのか、肩を落し耳まで赤くしている。
「旦那様がいない間、ある程度の自由を認めていますが、ある程度であることを理解しなさい」
シュンとした様子で奴隷たちは使用人の館へと帰っていく。
その後ろ姿を見つめるメティオノーラの目は、シノに向けていた慈愛を感じさせるようなものではなく、冷たい、価値を計るような目であることは、本人も気が付いていない事実だ。
「ただいま、クロ」
厩舎へと入ったシノが声をかけたのは、たった一頭厩舎に残っている黒い馬。
まだ子供である為、馬車を引けないだろうと判断され、エビュリーズ行を同行せず厩舎に残った仔馬である。
「げんき?」
クロと呼ばれた仔馬はシノの帰還に嘶き、嬉しそうにその頭をシノの手に擦り付ける。
クロはまだ仔馬だが、その体躯はもう少しで大人の馬と同じぐらいになるだろうという、少々成長速度が速い仔馬である。季節が三回廻って大体成長は終わるのだが、クロは季節が一回と半分しか廻っていない現在でその大きさなのだ。むしろ異常という方が正しいかもしれない。
しかしながらその異常性を指摘できるほど、馬を飼った経験のある者など、この屋敷に居るはずもないので、売る時も「普通よりも丈夫に育ってしまった馬」としており、売った先からはかなりの高評価を得ている。
軍用馬のように物怖じしないわけではないが、そのスタミナと持久力は軍用馬を軽く凌ぐ。とても普通の承認が馬車をひかせる為に飼っているレベルの馬ではない。
「クロはおおきくなったね」
シノが来てすぐ生まれたのがクロであり、黒い馬であった為この屋敷の持ち主たちにはシノが呼び寄せた不吉の象徴としてクロを見ることが多く、近づこうとしない。
最初こそ早産で、なかなか立たないことから殺処分してしまおうと話されていたのだが、不吉に近づくものがおらず、流れでシノがその処分を担当することになった所からクロの運命は始まった。
今でこそ丈夫で元気に敷地内を走り回るが、最初の半年は歩くのがやっとで、普通の飼葉を受け付けず、衰弱していくのを止められないという状況だったが、シノとシーブの努力でなんとか回復させ、ここまで成長したのだ。底辺からのスタートであるため、回復と言う表現が正しいかどうかは分からない。
「わたしね、さつしょぶんされるかもしれないんだって」
シノは考える。
普通なら夢を持っていて、普通なら両親と感情を共有し、普通なら無知ゆえの好奇心で突き進む幼少期。
しかし自分はどうだろうか?
知識として知っていてもそれを夢にすることはできないし思い浮かばない。母様は死んだし、父様のことは見たことも聞いたこともない。母様に教えられて文字の読み書きは七種類ほぼ完全にこなせるから無知とは言えないのかも知れない。
あの夢の中で会った子供たちは、良くも悪くも感情豊かだった。
―――『まおう』はわるいやつだろ!しょうらいそうなるならぜんぶころせばいいじゃないか!
そう叫んだ白い少年。
あの時はただ単に死ぬことが怖かったが、今思い返せば、あれこそ無知の成せた技なのではないかとシノは考える。
厳しい環境で生きていれば、それに対処するために危機管理能力が成長すると共に精神年齢も比例して上昇する。しかし、甘い環境で育てば、危機管理能力はなかなか伸びず、精神年齢も実年齢に求められるものよりも幼く過ごすことになる。
シノも最初こそ親がいて、稀に魔物が町を襲撃してくる程度の比較的安全な環境で幼い時を過ごした。そしてあれよあれよという間にこの屋敷に連れて来られ、暴力を味わうようになったのだ。抵抗しても暴力が増えるだけと言うのを理解したのも早く、諦めと根性だけは大人なりに身についている。
―――ひ、ひとごろし………
確かに白い少年のやった事は人殺しだ。
あそこにいたのが全員人間の子供であるとしたら、『勇者』が『魔王』を殺すのは、人殺しではないのか? と考えるもそれは答えにはならない。
―――ち、ちがう! こいつらはわるもののだ!!
人を殺した盗賊などは生死不問で賞金が出される。生け捕りにした場合でも、即刻死罪。奴隷に落して、また同じことをしでかさないと言う確証が得られない為、ほとんどの場合首を落して燃やされる。
人殺しをしていない盗賊は犯した業の度合いと、その身を落していた年数を加味されて奴隷でいなければならない期間が決定される。それを乗り越えればスラム街からリスタートできると考えるならば実に単純。
しかし、人を殺すという行為が一番多く行われるのは、戦争である。
人同士がぶつかりあい、その「血を血で洗う」ともとれる戦場では、花を手折るよりも簡単に人の命は失われていく。しかし、どれくらい人を殺したかで貰える金額が変わったりするものの、どんなに殺しても文句を言われないばかりか、その数や相手の格に比例して絶賛される。
人の血を浴びたもの程『英雄』と言う称号に近いのだ。
―――………でも、わるいこと、してないよ?
盗賊の人殺しは、悪いことをしたから殺される。
戦争で戦う兵士は人を多く殺すことで『英雄』になる者が出る。
なら『勇者』か殺しても文句を言われない『魔王』は、何をする役割を持った人の称号なんだろう?
「わからないや」
先代の『勇者』が『魔王』を倒したのは六百年と少し前。
人間の誰もが知っている『勇者物語』で、一番人気のある先代『勇者』は、世界を恐怖に陥れた『魔王』を一陣の下切り捨てたと言われている。
「ほん、よんでもらおう」
厩舎でクロの水を取り替え、毛づくろいをし、別れを告げ、使用人専用の館へと向かう。少しクロは淋しそうにしていたが、約束があるから、というとあきらめたように一頭厩舎で横になった。
「シノ、早かったですね。もっとゆっくりしてくると思ってましたよ」
「ダメだった?」
「いえ、大丈夫です。でも今なら奴隷たちと一緒にご飯が食べれますね、シノは食堂の方で待っていてください」
使用人の館の一階に設置されている食堂だが、食堂と言うよりも談話室と言ったものに近い。この館を使う使用人の中には料理人もいるが、彼らは主家であるエルドワに雇われた者であって、同僚の食事をただで作る者たちではないし、主人がしっかりしていればそういう者も雇うのだろうが、そうではない為この館の者は皆自炊している。
談話室として作られた場所の横に調理場と食料庫に続く扉が設置されているから、食堂という名前で呼ばれている、というだけである。食堂として利用するのは、若手の創作料理を試食する犠牲者と、調理できるスペースが部屋についていない奴隷ぐらいである。
「あ、魔女の娘」
「魔女の娘だ」
シノはなぜか羨望の眼差しを向けてくる奴隷たちに首を傾げながらも食堂の椅子に座る。
喋りかけようとしている奴隷もいたが、話す前にメティオノーラがシノの食事を持ってきたことで中断された。
「シノ、どうでしょうか?」
「ん」
メティオノーラの持ってきたプレートには、本来の主が喜んで口にしそうな料理の数々が並んでいる。
「ん、おいしい」
「それは良かった。………ちなみに、どれが一番おいしいですか?」
その質問にシノは分かってしまったのだが、期待を無視して本心を告げる。
「りょうりはコレ、このみはコレ」
「そ、そうですか………」
実はメティオノーラが持って来たプレート、シーブと合同で作ったものなのである。メティオノーラも料理はできるが、料理バカと言われるシーブ程のものが作れるわけではない。
シノが指を指した、料理面と好み面で評価した二作共、シーブが作ったのもなのだ。
料理の面では叶うまいと思っているメティオノーラだが、せめてシノの口に合う者を作りたいと日々努力しているのである。努力の犠牲者は、調理場になかなか入ることの叶わない奴隷たちである。
「さて、食事が終わったらお風呂ですよ。今日はシーブがいませんから、私の言うこと聞いてくださいね?」
「………わかった」
風呂が好きではないシノだが、倉庫の地下での臭いと相手にした男たちが汚かったのを思い出し、しぶしぶ頷く。それが綺麗にしたいという思いではなく、そんな状態だとメティオノーラに迷惑じゃないか、と考えて頷くところが何ともシノらしい。
寝そうになりながらもお風呂を堪能し、シノはメティオノーラのベッドに寝かされる。
「さて、もう寝ますか?」
「ほん、よんで?」
「本ですか?」
「ん。『ゆうしゃものがたり』」
「はい。ちょっと待ってくださいね」
壁に設置された本棚には、古今東西の様々な本が置いてある。
その中の一冊。
六百年前の勇者の話をまとめた本をメティオノーラは引っ張り出して、シノの寝るベッドの横の椅子に座る。
シノはベッドの中で、閉じそうになる瞼を懸命に押し上げながら、メティオノーラの声を聞く。
まさかのPCぶっ壊れw
投稿できないじゃないか―い!
因みに
『勇者物語』は既刊十八巻で、まだ完結していないという。
六百年前の『勇者』は子供たちに超人気だけど、国作っちゃったから裏話がいっぱいあって大人にもそれなりに人気なお話。




