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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第2章「聖歌隊(アイドル)、爆誕!」

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第9話:落ちこぼれ魔術師と無口な獣人と、あと一人

レナをスカウトした、その三日後。


教会の修繕は順調に進んでいた。雨漏りだらけだった天井はすっかり塞がり、腐った長椅子は新しいものに入れ替えられ、入口の雑草も綺麗に刈り取られた。フィリアの段取りは相変わらず完璧で、職人たちは予定より早いペースで作業を終わらせていく。


残るは、内装の仕上げと欠けたルミナ像の右腕の修復だけだ。


「アキ様、本日はいかがなさいますか?」


朝、教会の前でフィリアが羊皮紙の手帳を抱えながら聞いてきた。


「メンバー集めの続きだ」


俺はそう答えて、街の南を指さした。


「魔術学校の方へ行く。会いたい奴がいるんだ」



魔術学校の正門前。


三日前と同じ石の階段に、ミレイ・オッシュは座っていた。


膝の上には、やはり分厚い魔術書。だが今日は、前と少し様子が違った。本を見ていない。代わりに、自分の手のひらをじっと見つめている。何かをぶつぶつと呟きながら、指先に小さな魔力の光を灯したり、消したりを繰り返していた。


「よう」


俺が声をかけると、ミレイはびくっと肩を震わせて顔を上げた。


「……っ、あなたですか」


「三日ぶりだな」


「な、なんで戻ってきたんですか」


「気が向いたら来いって言ったろ。逆だ。お前が来ないから、俺が来た」


ミレイは気まずそうに視線を逸らした。だが、その手のひらの光は消えていない。


「それ、なにやってるんだ」と俺は聞いた。


「……別に」


「魔力の光だろ。灯したり消したりして、何を試してる」


ミレイは少しの間、黙っていた。それから、観念したように小さく口を開いた。


「……あなたが言ったこと、考えてたんです」


「俺が言ったこと?」


「『魔力は出すより向けるのが難しい』って。声と同じだって」


ミレイは手のひらの光を見つめたまま続けた。


「ずっと、考えてて。それで……試してたんです。声を出すみたいに、魔力を『どこに向けるか』を先に決めてから出してみたら、どうなるのかなって」


「で、どうだった」


ミレイは顔を上げた。その目に、三日前にはなかった光があった。


「ちょっとだけ……まっすぐ飛んだ気がします。ほんのちょっとだけですけど」


俺は思わず笑った。


「いいじゃないか」


「で、でも、まだ全然です。試験で使えるレベルじゃないし、すぐぶれるし……」


「最初はそれでいい。方向が見えたなら、あとは練習だ」


ミレイは魔術書をぎゅっと握りしめた。


「……あなた、なんなんですか。先生でも何でもないのに、なんでそんなに詳しいんですか」


「前世でずっと声を出す訓練をしてたからな」


「ぜんせ……?」


「気にしなくていい。それより、聖歌隊の話、覚えてるか」


ミレイの表情がわずかに固まった。


「……歌の」


「そう。お前の声、ちゃんと使える。三日前のハミングで分かった。あれだけの音程を取れる奴は、そう多くない」


「……でも、わたし、人前で歌うなんて」


「魔術と一緒だ」と俺は言った。


ミレイが俺を見る。


「お前は魔力を『どこに向けるか』を考えたら、まっすぐ飛んだんだろ。歌も同じだ。誰に届けたいか、どこに向けたいかを決めれば、声はちゃんと飛ぶ。お前にはもう、それができる素質がある」


ミレイは長いこと黙っていた。


階段の下を、魔術学校の生徒たちが通り過ぎていく。その何人かが、座り込んでいるミレイを見て、くすっと笑った。「空砲がまた腐ってる」と、聞こえよがしの声がした。


ミレイの肩が、びくりと縮んだ。


俺はその声のした方へ目を向けた。三人組の生徒が、にやにやしながらこちらを見ている。


――ああ、なるほど。こういう環境か。


「おい」と俺は彼らに声をかけた。


「な、なんだよ」


「お前ら、魔術師か」


「そうだけど」


「いい目してるな」


三人組がきょとんとした。


「冗談だ。お前らの目は死んでる。ステージには立てない」


「は……?」


「でもこいつは違う」


俺はミレイを指さした。


「こいつの目は生きてる。お前らがどれだけ笑っても、こいつは自分の課題と向き合ってた。さっきまで、ずっと魔力の向け方を一人で練習してた。お前らがそれをやったことが、一度でもあるか?」


三人組は顔を見合わせて、ばつが悪そうに去っていった。


ミレイがぽかんと俺を見ていた。


「……なんで、そんなこと」


「事実を言っただけだ」


俺はミレイの隣にしゃがんだ。


「なあ、ミレイ。お前を『空砲』って呼ぶ奴らは、お前が何を頑張ってるか知らない。でも俺は知ってる。お前は、不発を直そうとして、ちゃんともがいてる。それは恥ずかしいことじゃない。胸を張っていいことだ」


ミレイの目が、みるみる潤んでいった。


「……っ」


「聖歌隊に来い。お前の声と魔術、両方が活きる場所だ。約束する」


ミレイは魔術書を抱えたまま、ぐしっと袖で目元を拭った。それから、小さく、でもはっきりと頷いた。


「……行きます。わたし、行きます」


「よし」


「で、でも、足を引っ張ったら言ってくださいね。すぐ抜けますから」


「抜けなくていいように、こっちが面倒見る。心配するな」


ミレイは初めて、少しだけ笑った。


二人目、確保だ。



ミレイを教会へ案内する途中だった。


街の中央を抜けて東区へ向かう道すがら、細い路地の前を通りかかったとき、俺はふと足を止めた。


「……アキ様? いかがなさいました」


隣のフィリアが首を傾げる。


俺は路地の奥を見ていた。


薄暗い路地の突き当たり、積み上げられた木箱の陰に、小さな影がうずくまっていた。


子供――いや、違う。


頭に、三角の獣の耳がある。背中の後ろから、ふさふさとした尻尾がのぞいている。獣人だ。歳は十二、三くらいに見える。ぼろぼろの外套を体に巻きつけて、膝を抱えて座り込んでいた。


その子は、こちらをじっと見ていた。


正確には――俺の懐を見ていた。


「……?」


俺は自分の胸元に目をやった。


サイリウムだ。懐に入れた大閃光ウルトラオレンジが、外套の隙間からわずかに光を漏らしていた。


獣人の少女は、その光を、瞬きもせずに見つめていた。


まるで、暗闇の中で唯一の灯りを見つけた小動物のように。


「アキ様、あの子は……」と、フィリアが声を潜めた。「獣人の子ですね。この辺りでは、たまに見かけます。獣人は人間とは声帯の作りが違うため、街では疎まれることも多く……あのように、身を隠して暮らしている子も少なくありません」


「声帯の作りが違う?」


「はい。獣人の声は、人間の耳には少し変わって聞こえるそうです。それを嫌う者もいて……」


俺は路地に一歩、足を踏み入れた。


獣人の少女が、びくっと身を硬くした。逃げる構えだ。


俺は立ち止まった。それ以上は近づかず、ゆっくりと、懐からサイリウムを取り出した。


オレンジの光が、薄暗い路地をぼんやりと照らす。


少女の目が、その光に吸い寄せられた。


「……これが気になるか?」


俺は静かに聞いた。


少女は答えない。だが、その目は確かにサイリウムを追っていた。


俺はサイリウムを、ゆっくりと左右に振ってみた。


光の軌跡が、暗い路地に弧を描く。


少女の頭の耳が、ぴくりと動いた。膝を抱えていた腕が、少しだけ緩んだ。


俺はもう一度、今度はもっとゆっくりと、サイリウムを振った。コンサートで、最前列の小さな子に向けて優しくレスを送るときの、あの振り方で。


少女が、立ち上がった。


ふらり、と一歩。


また一歩。


光に引き寄せられるように、少女は木箱の陰から出てきた。そして、俺の数歩手前まで来ると、サイリウムを見上げて、じっと立ち尽くした。


近くで見ると、痩せた頬に、大きな瞳。汚れてはいるが、整った顔立ちをしていた。猫のような、銀色の髪。


「アキ様……」フィリアが息を呑む。「あの子が、自分から人に近づくなんて……」


少女は何も言わない。


ただ、サイリウムの光を見上げて、その大きな瞳をかすかに揺らしていた。


俺はしゃがんで、少女と目線を合わせた。


「この光、好きか」


少女は答えない。


でも――こくり、と、小さく頷いた。


俺は思わず笑顔になった。


「そうか。じゃあ、もっとすごいのを見せてやる。光がいっぱいで、歌がいっぱいで、楽しい場所だ。来るか?」


少女はしばらく、俺の顔とサイリウムを交互に見ていた。


それから、また、こくりと頷いた。


「よし」


俺はサイリウムを少女に手渡した――わけではなく、握らせるように、そっと差し出した。少女は両手で、宝物のようにそれを受け取った。


光を抱えた少女の顔が、ほんの少しだけ、ほころんだ気がした。


声は、まだ聞いていない。


名前も、まだ分からない。


でも、それでよかった。急ぐ必要はない。


三人目――いや、こいつはまだメンバーと決まったわけじゃないが。とにかく、大事な出会いだ。



教会へ戻ると、レナがいた。


修繕の終わった礼拝堂の隅で、新しい長椅子に座り、例の木の笛を手の中で所在なげに転がしている。約束通り、見学に来たらしい。俺たちが入ってくると、レナは顔を上げた。


「遅かったな」と、レナが言った。


「悪い。寄り道してた」


そう言って、俺は後ろを振り返った。


ミレイが、緊張した面持ちで礼拝堂を見回している。その後ろに、サイリウムを抱えた獣人の少女が、半分隠れるようにして立っていた。


レナは三人をぐるりと見て、それから笛を握ったまま、ふっと息を吐いた。


「……ずいぶん、賑やかになりそうだな」


「ああ」と俺は頷いた。「賑やかになるぞ。これからもっと」


礼拝堂の奥では、修復中のルミナ像が、足場に囲まれて静かに微笑んでいた。


センターのレナ。


魔術師のミレイ。


そして、名もなき獣人の少女。


聖歌隊の輪郭が、少しずつ見えてきた。


あとは――もう一人。


なぜか俺の頭の中に、まだ顔も知らない「最後のピース」の予感が、ずっと引っかかっていた。


その正体が分かるのは、もう少し先の話だ。

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