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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第2章「聖歌隊(アイドル)、爆誕!」

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8/21

第8話:センター候補は、ガチムチ女剣士だった

翌朝、俺は一人で街へ出た。


フィリアは朝から建築ギルドとの打ち合わせで動けないという。「アキ様の御不在中も聖域の整備は寸分の妥協なく進めます!」と目を輝かせていたので、任せておくことにした。あいつに段取りを任せると、なぜかいつも予定の二割増しで仕上がってくる。


で、俺がなにをしているかというと。


「……また来てる」


昨日と同じ、武器屋の軒先だった。


レナ・ドルゲスは、昨日とまったく同じ場所に立っていた。同じ姿勢で、同じナイフを、同じ目で見ていた。


変わったのは、陽の傾きだけだ。


「……」


俺はしばらく離れたところからその背中を眺めた。


断られた。それは昨日の話だ。


だが「変な奴」と言いながら、今日もここに来ている。昨日あの場所でメモを渡してから、用心棒の仕事があるはずなのに、足がここへ向かっている。


――それはどういうことか。


答えは単純だ。


気になっているんだ。俺が言ったことが。


「よし」


俺は歩き出した。



「また来たのか」


俺の足音を聞いて、レナは振り返りもせずに言った。


「ああ」


「……懲りないな」


「諦めが悪いのは昔からだ」


レナがようやく振り返った。切れ長の目が、值踏みするように俺を見る。


「お前、昨日も言ってたな。あたしの目が気になるって」


「そう言った」


「何がそんなに気になる」


俺は少し考えてから、正直に答えた。


「そのナイフの隣に置いてある笛が気になってる」


レナの肩が、ぴくりと動いた。


武器屋の棚の端。ナイフの隣に、小ぶりな木の笛が一本立ててあった。安物だ。傷も多い。だが、棚の中でそれだけ明らかに浮いていた。武器屋に、楽器はふつう置いてない。


「……店主に頼んで置いてもらってる」


「ああ」


「誰かに頼まれたわけじゃない。ただ……目に入ると、落ち着くから」


「吹くのか」


「……昔は」


それだけ言って、レナは黙った。


俺も黙った。


風が路地を抜けて、棚の上の笛をかすかに揺らした。


「昨日の夜、考えてくれたか」と俺は聞いた。


「は?」


「昨日渡したメモのことだ。聖歌隊の」


「……別に」


「嘘だろ」


「なんで」レナが眉根を寄せる。


「今日もここに来てるからだ」


レナは舌打ちこそしなかったが、視線を笛の方へ逃がした。それが答えだった。


「あたしには無理だって言っただろ」


「それは聞いた」


「歌って踊って、人前に立って――そういうのは、もっと華やかな奴がやることだ。あたしは剣を持って立ってるのが一番マシな人間なんだ」


「センターに立つのに、華だけが必要だと思ってるのか」


レナが俺を見た。


「ステージってのはな」


俺は続けた。


「音だけで成り立ってるわけじゃない。圧で成り立ってる部分がある。何百人って観客が最前列に押し寄せてくる中で、それでもそこに立って、全部引き受けて、それでも歌える奴が、本物のセンターなんだ」


「……」


「お前の身体には、その圧がある。昨日見てわかった。あの立ち姿は、何千人の前でも揺れない。そういうのは、いくら練習しても作れるもんじゃない。最初から持ってる奴だけが持ってるもんだ」


レナはしばらく、俺の顔を見ていた。


「買いかぶりすぎだ」


「そうは思わない」


「お前は昨日今日会っただけで、あたしの何がわかる」


「目と立ち姿だけで十分だ。俺は何百人とそういう目を見てきたから」


「何百人って……」


「俺は前世では伝説のトップヲタだったんだ」


「……また、わけのわからないことを」


「気にしなくていい。ただ、俺は人を見る目だけは本物だ」


レナはため息をついた。長い、深い息だった。


「……一つだけ聞いていいか」


「ああ」


「聖歌隊って、本当に人前で歌って踊るのか」


「そうだ」


「大勢の前で?」


「最終的には何千人の前でやる予定だ」


「……正気か」


「至って正気だ」


「あたしはそんな場所に立ったことは――」


「あるだろ」


俺は言い切った。


レナが黙る。


「A ランクの冒険者が半年で引退した。それだけの腕を持った奴が、何の理由もなく剣を置いて、武器屋でナイフを眺める日々を送るとは思えない。何かあったんだろ。俺はまだその話を聞いていないし、聞く権利もない。だが――」


俺はレナの目を、真っ直ぐ見た。


「その笛、まだ吹けるか?」


長い、長い沈黙があった。


路地の奥で、子供たちの声が遠く聞こえた。


「……わからない」


レナはようやく、そう言った。


「わからない、か」


「ずっと、吹いていない。もう吹けないかもしれない」


「試したのか」


「……怖かった」


その言葉は、ほとんど声にならなかった。


元Aランク冒険者が、怖かったと言った。その言葉の重さを、俺はちゃんと受け取った。


「そうか」


俺は棚の笛に目をやった。


傷だらけの、小ぶりな木の笛。


「じゃあ、一緒に試してみるか」


「……え?」


「怖いなら一人でやらなくていい。俺が隣にいる。聖歌隊の練習もそうだ。最初から一人で立てなんて言わない。全員で一緒に立つ」


レナは俺を見た。それから笛を見た。それから、また俺を見た。


「……お前は本当に、変な奴だな」


「よく言われる」


「断ったんだぞ、昨日」


「知ってる」


「それでも来るのか」


「推しのために組む聖歌隊のセンターは、お前以外に考えられないと思ったから来た。それだけだ」



しばらくの間があった。


レナは笛を手に取った。


棚から、そっと。両手で包むように。


「……久しぶりに持った」


「どのくらい振りだ」


「……半年。引退してから、触れなかった」


「そうか」


レナは笛を見つめたまま、ゆっくりと息を吸った。


唇に当てた。


目を閉じた。


最初の音は、かすれた。


それでも音は出た。小さく、震えるような音が、路地に流れた。


二音、三音。少しずつ、音が安定してくる。


メロディにはなっていない。ただの音の連なりだ。でも、その音には確かに何かがあった。


俺は黙って聞いた。


フィリアがいたら「これはワシンジの共鳴音……!」とか言い出すところだが、今は一人だ。ただ路地に響く、その音だけがあった。


レナは笛を唇から離した。目を開けた。


「……出た」


「ああ」


「出た、な」


「出たな」


レナはゆっくりと、棚に笛を戻した。いや、戻そうとして――止まった。


そのまま、手の中に持ち続けた。


「……一回だけ、やってみる」


「おう」


「一回だけだ。気に入らなかったらすぐ帰る」


「それでいい」


「あと、歌えるかどうかはわからない」


「わからなくていい。まず来い」


「……それと」


レナは少し間を置いた。


「その笛、買っておく」


「ああ」


「べ、別にお前に言う必要はないんだが」


「そうだな」


レナは武器屋の中へ入っていった。


俺は外で待ちながら、空を見上げた。


雲が一枚、ゆっくり流れていく。


「……おい、なんだ」


背後から声が聞こえた。


振り返ると、武器屋の前の路地に、いつの間にか人だかりができていた。通りがかりの露天商、買い物帰りの主婦、昼飯前の冒険者らしい男たち――十人、いや二十人近くが、じっとこちらを見ている。


中のひとりが「さっきの聖下だよな?」と隣に耳打ちした。


ああ、そういえば俺の顔はギルバートで知れ渡ってるんだった。


「見世物じゃないぞ」と言おうとした、その瞬間。


俺の懐のサイリウムが、かすかに脈打つのを感じた。


いや、正確には脈打ったわけじゃない。ただ、俺の中で何かのスイッチが入っただけだ。


――そうだ。これは「現場」だ。


まだ聖歌隊は結成されていない。教会はまだ工事中だ。箱も整っていない。


だが今、レナという「光るもの」を持った人間が、半年ぶりに笛を手にした。


それは、れっきとした「現場」じゃないか。


「……チッ、仕方ない」


俺は懐からサイリウムを抜いた。


大閃光ウルトラオレンジが、昼の陽光の中でもはっきりと輝く。


野次馬たちがどよめいた。「聖下だ!」「サイリウムが光ってる!」


俺はサイリウムを軽く頭上に掲げた。


「聞けよ、お前ら!」


路地に声が響く。


「今この街で、光の女神ルミナの聖歌隊を作ってる! 世界で一番の奉納演舞ライブを、この街のど真ん中でやるつもりだ!」


「「「おおっ!?」」」


「信じられないか? 信じなくていい! だが覚えておけ――この街から本物が生まれる瞬間を、お前たちは今日ここで目撃した!!」


ドパァン! とサイリウムが閃光を放った。


路地全体が、一瞬、真昼の太陽より明るくなった。


野次馬たちが悲鳴とも歓声ともつかない声を上げて後ずさる。


そこへ、武器屋から出てきたレナが俺を見た。


手には、例の木の笛。


「……何をやってるんだお前は」


「宣伝だ」


「宣伝」


「聖歌隊の。センターが決まったから、思わず」


レナは俺を見て、野次馬を見て、また俺を見た。


「……やっぱり変な奴だな」


「よく言われる」


「「「聖下ーーー!!」」」


野次馬たちが一斉に歓声を上げた。フィリアがいたら間違いなく「これぞワシンジの開幕宣言……!!」と号泣していたところだ。


レナは呆れたような、それでいてわずかに口元がゆるんだような、なんとも言えない顔をしていた。


その手の中には、しっかりと笛が握られていた。


――よし。


センター、一人目、確保だ。



「アキ様ァァァァ!!」


教会へ戻った俺を、フィリアが血相を変えて出迎えた。


「どこへ行っておられたのですか! 今朝から連絡が取れなくて……! まさか邪悪な勢力に拉致されたのかと、捜索の手配を――」


「ちょっと街を歩いてただけだ」


「それならそうと仰ってください……! それで、その、収穫はあったのですか?」


「ああ。聖歌隊のセンターが決まった」


フィリアが目を丸くした。


「ほ、本当ですか!? どのような御方を……!」


「レナ・ドルゲス。元Aランク冒険者だ」


「あ、あの『鉄壁のレナ』の……!?」


どうやら冒険者としてはそれなりに名の知れた相手だったらしい。フィリアが両手を口元に当てて驚いている。


「センター、というのは……古代語で『中心にして核となる者』という意味ですね!? つまりアキ様は、あの御方を聖歌隊のかなめたる役に……!」


「そういうことだ」


「な、なんと……! あの圧倒的な存在感……! 確かに、ワシンジの加護を受けし闘神の巫女にしか見えません……!! アキ様の御眼力、さすがでございます……!」


「まあな」


俺は礼拝堂に入り、ルミナ像を見上げた。


欠けた右腕の女神は、今日も変わらず微笑んでいた。


「ルミナちゃん、一人目が来るぞ」


足場に覆われた教会の外では、職人たちが槌を打つ音が続いている。


箱が整って、センターが来る。


次は、残りのメンバーだ――。

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