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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第2章「聖歌隊(アイドル)、爆誕!」

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7/21

第7話:俺のヲタ活プロデュース、始動します

修繕の手配をフィリアに丸投げしてから三日が経った。


あの一級魔術師の仕事の速さは本物で、翌日には建築ギルドの棟梁が十人がかりで教会に乗り込み、その翌日には石工職人が足場を組み、今では朝から晩まで槌の音と職人たちの掛け声がギルバート東区に響き渡っている。


費用は俺の予想通り、商人ギルドからの謝礼で全額まかなえた。それどころか「聖下の活動に使っていただけるなら光栄」と追加の寄付まで申し出てくる商人が後を絶たず、フィリアが嬉しそうな顔で帳簿をつけていた。


ありがたいことではあるんだが。


「修繕が終わったら、次は中身だ」


俺は教会の前の石畳に立ち、足場に覆われた白い外壁を眺めながら呟いた。


箱を整えるのは手段であって目的じゃない。問題は、そこで何をやるかだ。


聖歌隊。


アイドルグループ。


複数人の女の子が歌って踊って、ルミナちゃんの魅力を世界に伝える――それが俺のプロデュース計画の核心だ。


「つまり、まずメンバーを集めなきゃ始まらない」


「さようでございます」


後ろからフィリアの声が聞こえた。帳簿を抱えたまま追いかけてきたらしい。


「スカウト、今日から始めるぞ」


「承知いたしました。して、どのような方を探されるのですか? 魔力値が高い者、あるいは神官の家系の者でしょうか」


「違うんだ」


「では武術の素養がある者ですか? 聖下の護衛を兼ねるならば――」


「それも違う」


フィリアが首を傾げる。


俺はしばらく考えてから、言葉を選んだ。


「……ステージに立てる奴を探すんだ」


「ステージ、とは?」


「人前で何かをやりきれる、ってことだ。魔力とか家柄とか関係ない。人前に立ったとき、逃げない奴。そういう目をしてる奴だ」


フィリアはしばらく沈黙してから、またノートに何か書き込んだ。


「……つまりアキ様は、器ではなく『魂』を基準に選ぶということでございますね。さすがです。ワシンジの修行者を選ぶにあたっては、魔力の大小より『力を受け取る覚悟』こそが最重要であると、古代の文献にも――」


「フィリアさん」


「はい」


「歩きながら喋れるか? 街を回りたいんだ」


「も、もちろんでございます!」



ギルバートの街は、大きかった。


中央の大通りには金物屋、布地屋、薬草屋、武器屋が軒を連ね、裏路地に入れば食堂や酒場が密集している。冒険者ギルドの前には依頼書を読む傭兵たちが屯し、広場では大道芸人が笛を吹いて小銭を集めている。


リプレの村から来た俺には、まだこの規模感がうまく掴めない。


「人が多いな」


「ギルバートはエルドラド王国の中でも三番目に大きな都市です。人口は二万人ほどかと」


「二万か……」


前世の感覚で言えばそこまで大きくはないが、この異世界じゃ十分な規模らしい。


俺はサイリウムを懐にしまったまま――うっかり出すと人が集まりすぎるからな――大通りをゆっくり歩きながら、行き交う人々の顔を眺めた。


スカウトというのは、突き詰めれば「目を見る作業」だ。


前世で何百回と現場に通った経験から言うと、アイドルになれる人間とそうでない人間の差は、能力の高低より先に目に出る。輝いてる目をしてる奴は、磨けば必ず光る。逆にどんなにスペックが高くても、目が死んでる奴は何をやっても届かない。


「……今日のところは、まず街全体を見て回るだけでいい」


「かしこまりました」


フィリアが隣でメモを取りながら静かについてくる。こいつは意外と空気を読む。


大通りを半周ほどして、俺は武器屋が並ぶ一角で足を止めた。


軒先に並んだ剣や盾を眺める客に混じって、一人、やけに目立つ人影があった。


身長は俺より頭ひとつ分高い。肩幅も背中も、剣士というより鍛冶師みたいな厚みがある。ショートカットの栗色の髪に、日焼けした顔。歳は俺と同じくらいか、少し上か。腰には大剣のホルスターを下げているが、今は剣を抜いておらず、ただ武器屋の棚に並んだ小さなナイフを、なんとも言えない目で見つめていた。


小さなナイフを。


あの大柄な女剣士が。


ものすごく真剣な目で。


「……なんだあの人」


「ああ、あの方はレナ・ドルゲスさんといって、ギルバートでは有名な元Aランク冒険者です。半年ほど前に冒険者を引退されて、今は街の用心棒をされているとか」


「元Aランク?」


「Aランクといえば、ギルバートで依頼を受けられる冒険者の中でも上位五人に入る実力者です。魔物の討伐から護衛まで、どんな依頼もこなせる実力の持ち主だと聞いております」


そんな人物が、武器屋の軒先でナイフを眺めて微動だにしていない。


「……なんで小さいナイフをそんな目で見てるんだ」


「さあ……?」


俺はしばらく迷ってから、近づいてみることにした。


「なあ、あんた」


声をかけると、女――レナはゆっくり振り返った。近くで見ると、顔立ちはかなり整っている。目は切れ長で、ぱっと見は近寄りがたいが、ナイフを見ていたときの目はどこか遠くを見ているようだった。


「なんだ」


声は低く、ぶっきらぼうだ。だが敵意はない。


「そのナイフ、気になるのか」


「……別に」


「じゃあなんで三分も見てたんだ」


「…………」


レナはわずかに眉根を寄せた。


「見てたのか、あたしのこと」


「たまたま通りかかっただけだ。でも気になってな」


「何が」


「目が」


レナの細い目がわずかに動いた。


「お前、何者だ」


「アキ・ラベイン。光の女神ルミナの信者だ」


「……聖下か」


さすがに知っていたらしい。それもそのはずで、三日前に暗黒竜を消した男の顔は、ギルバート中に知れ渡ってる。


「そうだ。今、ルミナ様の布教のための聖歌隊を作ろうとしててな。メンバーを探してるんだ。あんたに入ってほしい」


三秒の沈黙。


「……は?」


「あんたに入ってほしい、って言ったんだ」


レナは俺の顔を、まじまじと見た。それから、自分の両腕を見た。鎧の上からでも分かる、年季の入った筋肉の鎧みたいな腕を。それから、また俺の顔を見た。


「あたしが、歌う」


「そうだ」


「踊る」


「そうだ」


「……正気か」


「至って正気だ」


「いや正気じゃないだろ。あたしの身体、見えてるか?」


「見えてる。いい身体してるな」


「褒めてどうする」


フィリアが後ろで「アキ様……!」と何か感動してる気配がしたが、無視した。


レナはしばらく俺の顔を観察するように見ていたが、やがて小さくため息をついた。


「……断る。あたしには向いてない」


「なんでだ」


「なんでって……見ればわかるだろ。こんな身体で歌って踊って、笑えるか」


「笑えるよ、俺は」


「お世辞はいらん」


「お世辞じゃない」


俺はレナの目を真っ直ぐ見た。


「さっき、あんたがナイフを見てたときの目の話をしてもいいか」


「……何が言いたい」


「あれ、ナイフを見てたわけじゃないだろ。違うものを見てた」


レナの表情が、かすかに固まった。


図星だ、と思った。


前世でも似たような目をした子を見たことがある。本当は歌いたいのに、自分には無理だと決めつけて、遠くから眺めることしかできなくなってしまった子を。


「……何も知らないくせに」


「そうだな。だから聞きに来たんだ」


俺はそれだけ言って、名刺代わりのメモを一枚渡した。といっても、異世界に名刺なんてものはないから、ガルドに借りた羊皮紙に「ルミナ教会・東区・坂の上」とだけ書いたものだが。


「修繕が終わったら、そこが俺の拠点になる。来たくなったら来てくれ。待ってる」


「……来ない」


「それならそれでいい。でも気が変わったらな」


俺はレナに背を向けて歩き出した。


「……変な奴」


後ろで小さな声が聞こえた。


悪い声じゃなかった。



午後になって、今度は街の南側にある魔術学校の前を通りかかった。


三階建ての石造りの校舎で、窓から魔術の練習をしている生徒たちの声が漏れ聞こえてくる。炎の弾が一瞬見えたと思ったら「違う違う、もっと集中しろ!」という教師の怒鳴り声が続いた。


その校舎の正門前、石の階段の一番下に、一人の少女が座り込んでいた。


歳は十五か十六か。くせっ毛の茶色い髪をぼさぼさのまま垂らして、膝の上に開いた分厚い魔術書を、ぼんやりと眺めている。正確には眺めているというより、見ているようで何も見えていない顔だ。


目の前を馬車が通っても、露店の客が騒いでも、微動だにしない。


「あの子は?」


「んと……ミレイ・オッシュ、十六歳。魔術学校の三年生です。魔力値は街でも上位の高水準ですが、実技試験での成績がかんばしくなく、一度進級を落としていると聞いております。渾名は……」


フィリアが少し言いよどんだ。


「なんだ」


「『空砲のミレイ』です。魔力は高いのに、肝心なところで魔術が不発になる、ということで」


空砲。


なかなかひどい渾名だ。


俺はミレイに近づいた。


「なあ、ちょっといいか」


ミレイはぼんやりした目を上げた。俺を見て、すぐに視線を逸らした。


「……なんですか」


「本を読んでるな」


「見ればわかります」


「読めてるか」


「……読めてますけど」


「頭に入ってるか」


「…………」


返事がなかった。それが答えだった。


「落ち込んでるな」


「他人に言われたくないです」


「だろうな」


俺は彼女の隣の段に、断りもなく座った。ミレイが少し身を引いた。


「魔術、好きか」


「……好きだから三年もやってるんです」


「じゃあ、なんでうまくいかないんだと思う」


「知りません。それがわかってたら、とっくに解決してます」


突っかかった口調だが、根は素直そうだ。プライドは高いが、自分への評価は低い。そういう子は、正面からぶつかるより横からそっと押した方がいい。


「あのな、ちょっと試してほしいことがあるんだ」


「魔術の話ですか」


「いや、歌の話だ」


ミレイが初めて、はっきりとした顔で俺を見た。


「……は?」


「今から俺が歌うから、ハミングだけでいいから合わせてみてくれ。短い曲だ。聞いたことない曲だろうけど、難しくはない」


「なんで」


「いいから。やってみてくれ」


俺はそう言って、前世でルミナちゃんがよく歌っていた曲のメロディを、小さく口ずさんだ。


異世界だから楽器もないし、歌詞も合わない。ただシンプルなメロディラインだけを、抑えた声で。


ミレイは最初、ぽかんとしていた。


それが、少しずつ、その目に変化が出てきた。


メロディに、耳が引き寄せられていく顔だ。


「……ん、んん……」


小さなハミングが聞こえた。


音程は、完璧だった。


「うまいな」


「……え?」


「音程、ぴったりだ」


「そ、そんな……ただハミングしただけで……」


「魔術の話だけどな」


俺は続けた。


「魔術って、魔力を『出す』のが難しいのか、それとも『向ける』のが難しいのか」


ミレイはぴたりと止まった。


「……向ける方が、難しいです。魔力は出るんですけど、目標に届く前にぶれて、不発になるんです」


「それ、声と同じ問題だと思う」


「……声、と?」


「音って、ちゃんと体の中で方向を決めてから出すと遠くまで届く。適当に出すと広がって消える。魔力も同じじゃないか」


ミレイは黙った。


魔術書の上で、指先がかすかに動いた。


「……もしかして」


「ゆっくり考えてみてくれ。あと、これ」


俺はもう一枚メモを渡した。


「気が向いたら、修繕が終わったら来てくれ。聖歌隊のメンバーを探してるんだ。お前の声、使えると思う」


ミレイはメモを受け取って、じっと見た。


「……なんで歌の話になったんですか」


「魔術も歌も、根っこは一緒だからな」


「根拠は?」


「俺の経験則だ」


「……信憑性ゼロじゃないですか」


「来てからどうするか決めても遅くない」


俺は立ち上がって、また歩き出した。


背後でミレイがまだメモを見てる気配がした。



夕方、帰り道。


フィリアが興奮した様子で手帳にメモを書き込んでいた。


「アキ様! 本日の御スカウトを拝見しておりましたが、あの接触方法は……! まず相手の内側にある『力の向き(マナの流れ)』を観察し、そこに共鳴するように言霊を投げかける……! これはまさに、古代ワシンジ文献にある『共響招集の法』――!」


「ただ話しかけただけだ」


「そのような御謙遜を……! 常人には到底真似できない見極めの眼力がなければ、あのような問いかけはできません……!」


俺は返答に困って、空を見上げた。


夕日がギルバートの石畳を橙色に染めている。


二人に声をかけた。一人は断られた。もう一人は保留だ。


今日のところはこんなもんだろう。


「明日も回りますか?」


「ああ。あと一人か二人は必要だ」


「かしこまりました。では明日に備えて今夜は――」


「休んでくれ。フィリアも修繕の段取りで疲れてるだろ」


「え……? わたくしのことを……?」


「顔に出てる」


フィリアが珍しく言葉を失った顔をした。それからなぜか耳まで赤くなって、手帳で顔の半分を隠した。


「……べ、別に疲れてなどおりませんが……。しかしアキ様がそう仰るなら……その、ありがたく……」


「じゃあ今日はここまでだ。おつかれさん」


俺は宿の方向へ歩き出した。


背後でフィリアがまだ何か言っていたが、橙色の風にまぎれて聞こえなかった。


聖歌隊の席は、あといくつ空いてる。


――まだ見ぬメンバーたちの顔を思い浮かべながら、俺はギルバートの夕暮れの中を歩いた。

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