第7話:俺のヲタ活プロデュース、始動します
修繕の手配をフィリアに丸投げしてから三日が経った。
あの一級魔術師の仕事の速さは本物で、翌日には建築ギルドの棟梁が十人がかりで教会に乗り込み、その翌日には石工職人が足場を組み、今では朝から晩まで槌の音と職人たちの掛け声がギルバート東区に響き渡っている。
費用は俺の予想通り、商人ギルドからの謝礼で全額まかなえた。それどころか「聖下の活動に使っていただけるなら光栄」と追加の寄付まで申し出てくる商人が後を絶たず、フィリアが嬉しそうな顔で帳簿をつけていた。
ありがたいことではあるんだが。
「修繕が終わったら、次は中身だ」
俺は教会の前の石畳に立ち、足場に覆われた白い外壁を眺めながら呟いた。
箱を整えるのは手段であって目的じゃない。問題は、そこで何をやるかだ。
聖歌隊。
アイドルグループ。
複数人の女の子が歌って踊って、ルミナちゃんの魅力を世界に伝える――それが俺のプロデュース計画の核心だ。
「つまり、まずメンバーを集めなきゃ始まらない」
「さようでございます」
後ろからフィリアの声が聞こえた。帳簿を抱えたまま追いかけてきたらしい。
「スカウト、今日から始めるぞ」
「承知いたしました。して、どのような方を探されるのですか? 魔力値が高い者、あるいは神官の家系の者でしょうか」
「違うんだ」
「では武術の素養がある者ですか? 聖下の護衛を兼ねるならば――」
「それも違う」
フィリアが首を傾げる。
俺はしばらく考えてから、言葉を選んだ。
「……ステージに立てる奴を探すんだ」
「ステージ、とは?」
「人前で何かをやりきれる、ってことだ。魔力とか家柄とか関係ない。人前に立ったとき、逃げない奴。そういう目をしてる奴だ」
フィリアはしばらく沈黙してから、またノートに何か書き込んだ。
「……つまりアキ様は、器ではなく『魂』を基準に選ぶということでございますね。さすがです。ワシンジの修行者を選ぶにあたっては、魔力の大小より『力を受け取る覚悟』こそが最重要であると、古代の文献にも――」
「フィリアさん」
「はい」
「歩きながら喋れるか? 街を回りたいんだ」
「も、もちろんでございます!」
◇
ギルバートの街は、大きかった。
中央の大通りには金物屋、布地屋、薬草屋、武器屋が軒を連ね、裏路地に入れば食堂や酒場が密集している。冒険者ギルドの前には依頼書を読む傭兵たちが屯し、広場では大道芸人が笛を吹いて小銭を集めている。
リプレの村から来た俺には、まだこの規模感がうまく掴めない。
「人が多いな」
「ギルバートはエルドラド王国の中でも三番目に大きな都市です。人口は二万人ほどかと」
「二万か……」
前世の感覚で言えばそこまで大きくはないが、この異世界じゃ十分な規模らしい。
俺はサイリウムを懐にしまったまま――うっかり出すと人が集まりすぎるからな――大通りをゆっくり歩きながら、行き交う人々の顔を眺めた。
スカウトというのは、突き詰めれば「目を見る作業」だ。
前世で何百回と現場に通った経験から言うと、アイドルになれる人間とそうでない人間の差は、能力の高低より先に目に出る。輝いてる目をしてる奴は、磨けば必ず光る。逆にどんなにスペックが高くても、目が死んでる奴は何をやっても届かない。
「……今日のところは、まず街全体を見て回るだけでいい」
「かしこまりました」
フィリアが隣でメモを取りながら静かについてくる。こいつは意外と空気を読む。
大通りを半周ほどして、俺は武器屋が並ぶ一角で足を止めた。
軒先に並んだ剣や盾を眺める客に混じって、一人、やけに目立つ人影があった。
身長は俺より頭ひとつ分高い。肩幅も背中も、剣士というより鍛冶師みたいな厚みがある。ショートカットの栗色の髪に、日焼けした顔。歳は俺と同じくらいか、少し上か。腰には大剣のホルスターを下げているが、今は剣を抜いておらず、ただ武器屋の棚に並んだ小さなナイフを、なんとも言えない目で見つめていた。
小さなナイフを。
あの大柄な女剣士が。
ものすごく真剣な目で。
「……なんだあの人」
「ああ、あの方はレナ・ドルゲスさんといって、ギルバートでは有名な元Aランク冒険者です。半年ほど前に冒険者を引退されて、今は街の用心棒をされているとか」
「元Aランク?」
「Aランクといえば、ギルバートで依頼を受けられる冒険者の中でも上位五人に入る実力者です。魔物の討伐から護衛まで、どんな依頼もこなせる実力の持ち主だと聞いております」
そんな人物が、武器屋の軒先でナイフを眺めて微動だにしていない。
「……なんで小さいナイフをそんな目で見てるんだ」
「さあ……?」
俺はしばらく迷ってから、近づいてみることにした。
「なあ、あんた」
声をかけると、女――レナはゆっくり振り返った。近くで見ると、顔立ちはかなり整っている。目は切れ長で、ぱっと見は近寄りがたいが、ナイフを見ていたときの目はどこか遠くを見ているようだった。
「なんだ」
声は低く、ぶっきらぼうだ。だが敵意はない。
「そのナイフ、気になるのか」
「……別に」
「じゃあなんで三分も見てたんだ」
「…………」
レナはわずかに眉根を寄せた。
「見てたのか、あたしのこと」
「たまたま通りかかっただけだ。でも気になってな」
「何が」
「目が」
レナの細い目がわずかに動いた。
「お前、何者だ」
「アキ・ラベイン。光の女神ルミナの信者だ」
「……聖下か」
さすがに知っていたらしい。それもそのはずで、三日前に暗黒竜を消した男の顔は、ギルバート中に知れ渡ってる。
「そうだ。今、ルミナ様の布教のための聖歌隊を作ろうとしててな。メンバーを探してるんだ。あんたに入ってほしい」
三秒の沈黙。
「……は?」
「あんたに入ってほしい、って言ったんだ」
レナは俺の顔を、まじまじと見た。それから、自分の両腕を見た。鎧の上からでも分かる、年季の入った筋肉の鎧みたいな腕を。それから、また俺の顔を見た。
「あたしが、歌う」
「そうだ」
「踊る」
「そうだ」
「……正気か」
「至って正気だ」
「いや正気じゃないだろ。あたしの身体、見えてるか?」
「見えてる。いい身体してるな」
「褒めてどうする」
フィリアが後ろで「アキ様……!」と何か感動してる気配がしたが、無視した。
レナはしばらく俺の顔を観察するように見ていたが、やがて小さくため息をついた。
「……断る。あたしには向いてない」
「なんでだ」
「なんでって……見ればわかるだろ。こんな身体で歌って踊って、笑えるか」
「笑えるよ、俺は」
「お世辞はいらん」
「お世辞じゃない」
俺はレナの目を真っ直ぐ見た。
「さっき、あんたがナイフを見てたときの目の話をしてもいいか」
「……何が言いたい」
「あれ、ナイフを見てたわけじゃないだろ。違うものを見てた」
レナの表情が、かすかに固まった。
図星だ、と思った。
前世でも似たような目をした子を見たことがある。本当は歌いたいのに、自分には無理だと決めつけて、遠くから眺めることしかできなくなってしまった子を。
「……何も知らないくせに」
「そうだな。だから聞きに来たんだ」
俺はそれだけ言って、名刺代わりのメモを一枚渡した。といっても、異世界に名刺なんてものはないから、ガルドに借りた羊皮紙に「ルミナ教会・東区・坂の上」とだけ書いたものだが。
「修繕が終わったら、そこが俺の拠点になる。来たくなったら来てくれ。待ってる」
「……来ない」
「それならそれでいい。でも気が変わったらな」
俺はレナに背を向けて歩き出した。
「……変な奴」
後ろで小さな声が聞こえた。
悪い声じゃなかった。
◇
午後になって、今度は街の南側にある魔術学校の前を通りかかった。
三階建ての石造りの校舎で、窓から魔術の練習をしている生徒たちの声が漏れ聞こえてくる。炎の弾が一瞬見えたと思ったら「違う違う、もっと集中しろ!」という教師の怒鳴り声が続いた。
その校舎の正門前、石の階段の一番下に、一人の少女が座り込んでいた。
歳は十五か十六か。くせっ毛の茶色い髪をぼさぼさのまま垂らして、膝の上に開いた分厚い魔術書を、ぼんやりと眺めている。正確には眺めているというより、見ているようで何も見えていない顔だ。
目の前を馬車が通っても、露店の客が騒いでも、微動だにしない。
「あの子は?」
「んと……ミレイ・オッシュ、十六歳。魔術学校の三年生です。魔力値は街でも上位の高水準ですが、実技試験での成績がかんばしくなく、一度進級を落としていると聞いております。渾名は……」
フィリアが少し言いよどんだ。
「なんだ」
「『空砲のミレイ』です。魔力は高いのに、肝心なところで魔術が不発になる、ということで」
空砲。
なかなかひどい渾名だ。
俺はミレイに近づいた。
「なあ、ちょっといいか」
ミレイはぼんやりした目を上げた。俺を見て、すぐに視線を逸らした。
「……なんですか」
「本を読んでるな」
「見ればわかります」
「読めてるか」
「……読めてますけど」
「頭に入ってるか」
「…………」
返事がなかった。それが答えだった。
「落ち込んでるな」
「他人に言われたくないです」
「だろうな」
俺は彼女の隣の段に、断りもなく座った。ミレイが少し身を引いた。
「魔術、好きか」
「……好きだから三年もやってるんです」
「じゃあ、なんでうまくいかないんだと思う」
「知りません。それがわかってたら、とっくに解決してます」
突っかかった口調だが、根は素直そうだ。プライドは高いが、自分への評価は低い。そういう子は、正面からぶつかるより横からそっと押した方がいい。
「あのな、ちょっと試してほしいことがあるんだ」
「魔術の話ですか」
「いや、歌の話だ」
ミレイが初めて、はっきりとした顔で俺を見た。
「……は?」
「今から俺が歌うから、ハミングだけでいいから合わせてみてくれ。短い曲だ。聞いたことない曲だろうけど、難しくはない」
「なんで」
「いいから。やってみてくれ」
俺はそう言って、前世でルミナちゃんがよく歌っていた曲のメロディを、小さく口ずさんだ。
異世界だから楽器もないし、歌詞も合わない。ただシンプルなメロディラインだけを、抑えた声で。
ミレイは最初、ぽかんとしていた。
それが、少しずつ、その目に変化が出てきた。
メロディに、耳が引き寄せられていく顔だ。
「……ん、んん……」
小さなハミングが聞こえた。
音程は、完璧だった。
「うまいな」
「……え?」
「音程、ぴったりだ」
「そ、そんな……ただハミングしただけで……」
「魔術の話だけどな」
俺は続けた。
「魔術って、魔力を『出す』のが難しいのか、それとも『向ける』のが難しいのか」
ミレイはぴたりと止まった。
「……向ける方が、難しいです。魔力は出るんですけど、目標に届く前にぶれて、不発になるんです」
「それ、声と同じ問題だと思う」
「……声、と?」
「音って、ちゃんと体の中で方向を決めてから出すと遠くまで届く。適当に出すと広がって消える。魔力も同じじゃないか」
ミレイは黙った。
魔術書の上で、指先がかすかに動いた。
「……もしかして」
「ゆっくり考えてみてくれ。あと、これ」
俺はもう一枚メモを渡した。
「気が向いたら、修繕が終わったら来てくれ。聖歌隊のメンバーを探してるんだ。お前の声、使えると思う」
ミレイはメモを受け取って、じっと見た。
「……なんで歌の話になったんですか」
「魔術も歌も、根っこは一緒だからな」
「根拠は?」
「俺の経験則だ」
「……信憑性ゼロじゃないですか」
「来てからどうするか決めても遅くない」
俺は立ち上がって、また歩き出した。
背後でミレイがまだメモを見てる気配がした。
◇
夕方、帰り道。
フィリアが興奮した様子で手帳にメモを書き込んでいた。
「アキ様! 本日の御スカウトを拝見しておりましたが、あの接触方法は……! まず相手の内側にある『力の向き(マナの流れ)』を観察し、そこに共鳴するように言霊を投げかける……! これはまさに、古代ワシンジ文献にある『共響招集の法』――!」
「ただ話しかけただけだ」
「そのような御謙遜を……! 常人には到底真似できない見極めの眼力がなければ、あのような問いかけはできません……!」
俺は返答に困って、空を見上げた。
夕日がギルバートの石畳を橙色に染めている。
二人に声をかけた。一人は断られた。もう一人は保留だ。
今日のところはこんなもんだろう。
「明日も回りますか?」
「ああ。あと一人か二人は必要だ」
「かしこまりました。では明日に備えて今夜は――」
「休んでくれ。フィリアも修繕の段取りで疲れてるだろ」
「え……? わたくしのことを……?」
「顔に出てる」
フィリアが珍しく言葉を失った顔をした。それからなぜか耳まで赤くなって、手帳で顔の半分を隠した。
「……べ、別に疲れてなどおりませんが……。しかしアキ様がそう仰るなら……その、ありがたく……」
「じゃあ今日はここまでだ。おつかれさん」
俺は宿の方向へ歩き出した。
背後でフィリアがまだ何か言っていたが、橙色の風にまぎれて聞こえなかった。
聖歌隊の席は、あといくつ空いてる。
――まだ見ぬメンバーたちの顔を思い浮かべながら、俺はギルバートの夕暮れの中を歩いた。




