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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第4章「凍える大地に、コールは届くか」

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第60話:バルトロ、まさかの大活躍

「聖下、少し、お耳に入れたいことが」


その日の夜、バルトロが、珍しく真剣な顔で、俺のもとを訪れた。


「どうしました」


「実は、ここ数日、集落のあちこちで、話を聞き回っておりました」


バルトロは、そう言うと、懐から、小さな帳面を取り出した。行商人らしく、細々とした情報を書き留めていたらしい。


「記念品が売れなかった間、暇を持て余しておりましてな。せっかくなので、各集落を回って、いろんな方々と、世間話をしておりました」


「世間話、ですか」


「はい。商売柄、人の懐に入り込むのは、得意なもので」バルトロは、少し得意げに笑った。「大人には売れずとも、話は聞けます。子供に護符を売った縁で、その親御さんとも、随分、打ち解けましてな」


「そこから、何か分かったんですか」


「はい。聖歌隊の受け入れに反対しているのは、主に、ジークリンデ殿の部族だと、思われていますな」


「そうですね」


「ですが」


バルトロは、帳面のページを、めくった。


「反対の本当の理由は、少し、違うようです」


◇


「どういうことですか」と俺は、身を乗り出した。


「まず、大前提として」バルトロは、話し始めた。「北方の七部族は、これまで、長年にわたって、微妙な力関係の均衡を保ってきました」


「均衡」


「ジークリンデ殿の部族は、戦の強さで、他を圧倒しています。だが、それゆえに、他の部族から、常に警戒されてもいる」


「なるほど」


「フィン殿の部族が、聖歌隊の受け入れに積極的なのは、単に、そなたたちに好意的だから、というだけではありません」


バルトロは、声を潜めた。


「フィン殿の部族は、これまで、七部族の中では、比較的、小さな勢力です。もし、聖歌隊を通じて、エルドラド王国との交易が始まれば、その恩恵を、いち早く受けられる」


「勢力図が、変わる可能性がある、ということですか」


「その通りです」


俺は、その話を、しばらく反芻した。


(そうか。これは、単純な、賛成派と反対派の対立じゃない)


(力関係が変わることへの、警戒心も、絡んでいる)


◇


「では、ジークリンデ殿の部族が、頑なに反対しているのも」


「単なる、文化的な反発だけではないでしょう」バルトロは、頷いた。「もし、フィン殿の部族が、力をつければ、これまでの均衡が崩れる。それを、恐れているのだと思われます」


「……つまり、俺たちの存在自体が、部族間のパワーバランスを、揺るがしかねないってことですか」


「はい」


俺は、頭を抱えた。


「そんな複雑な事情、考えてもいませんでした」


「無理もございません。よそ者には、見えにくい事情ですから」バルトロは、少し得意げに笑った。「ですが、わたくしのような、あちこちを渡り歩く行商人には、こういう機微が、自然と見えてくるものでして」


◇


「では、どうすればいいと思いますか」


俺が聞くと、バルトロは、しばらく考え込んだ。


「一つ、提案がございます」


「なんですか」


「聖歌隊が、特定の部族だけを利するものではない、ということを、はっきりと示すのです」


「具体的には」


「例えば」バルトロは、身を乗り出した。「交易が始まった際の利益を、七部族すべてに、公平に分配すると、明言してはいかがでしょう」


「そんなこと、俺たちに、約束できるんですか」


「聖下が、そう望むと表明すれば、王国側も、無下にはできますまい。聖下は、王妃陛下の恩人であり、国王陛下の信頼も厚い」


俺は、その提案を、じっくりと考えた。


「……確かに、それなら、フィンさんの部族だけが得をする、という構図にはならない」


「その通りです」


「ジークリンデの部族の懸念も、少しは、和らぐかもしれない」


「はい」


俺は、バルトロを見た。


「バルトロさん、本当に、ただの行商人じゃなかったんですね」


「どういう意味でしょう」


「もっと、ただの調子のいい商売人だと思ってました。すみません」


バルトロは、少し照れたように笑った。


「わたくしとて、伊達に、あちこちの町を渡り歩いてきたわけではございませんので」


◇


翌日、俺は、長老会議に、この提案を持ちかけた。


「七部族すべてに、公平な利益を分配する」


その言葉に、長老たちの間に、目に見えて、動揺が広がった。


「それは、真か」とグドムンドが、慎重な声で聞いた。


「はい。この提案は、王国側とも、正式に交渉するつもりです」


俺は、はっきりと言った。


「俺たちは、特定の部族の力を強めるために、ここに来たわけじゃない。全部族と、良い関係を築きたいだけです」


長老たちの間に、これまでとは違う、静かなざわめきが広がった。


これまで沈黙を守っていた長老の一人が、初めて、口を開いた。


「我らの部族は、これまで、他の部族の陰に、隠れるようにして生きてきた。力を持たぬ者は、常に、割を食う。それが、この地の理だった」


「その理を、変えたいと思っています」


「異国の者の、口約束だけで、信じろというのか」


「口約束じゃなく、正式な取り決めとして、残します。文書に記録して、王国側にも、確約させます」


長老は、しばらく、俺を見つめていた。


「……検討には、値するかもしれぬ」


ジークリンデが、俺を見た。


その表情は、これまでのような、完全な拒絶ではなかった。何か、考え込むような、複雑な色を帯びていた。


グドムンドが、静かに、頷いた。


「本日のところは、これまでとする。各部族、持ち帰り、検討されよ」


その一言に、俺は、小さな手応えを感じた。


長老会議の空気が、確かに、少しずつ、変わり始めていた。


◇


会議を終え、宿舎に戻ると、フィリアたちが、心配そうな顔で待っていた。


「アキ様、いかがでしたか」


「手応えは、あった」と俺は答えた。「すぐに結果が出るわけじゃないが、少なくとも、門前払いじゃなくなった」


「よかった……!」とミレイが、胸を撫で下ろした。


「バルトロさんの調査のおかげだ」


俺がそう言うと、レナが、意外そうな顔をした。


「あの調子のいい行商人が、そんな役に立つとはな」


「本人の前で言うなよ、それ」


「聞こえてますよ」とバルトロが、少し不満げに、宿舎の入口から顔を出した。


「わたくしとて、日頃から、ちゃんと働いておりますので」


「知ってる知ってる」とレナが、笑いながら手を振った。


その和やかな空気に、俺は、少しほっとした。


シルが、窓の外を見つめていた。雪は、まだ、静かに降り続いていたが、その表情は、どこか穏やかだった。


「氷、とける?」


シルが、ぽつりと聞いた。


「溶けるといいな」


俺は、そう答えるしかなかった。


だが、その言葉には、確かな手応えが、込められていた。


◇


「バルトロさんのおかげです」


俺が、そう言うと、バルトロは、照れくさそうに、頭をかいた。


「いえいえ、聖下の決断があってこそです」


「でも、あの情報がなければ、俺、ずっと的外れな対話を続けてたと思います」


「まあ、それを言うなら」バルトロは、少し得意げに、胸を張った。「わたくし、口だけは達者ですが、こういう、人と人との間を取り持つのは、案外、得意でして」


「意外でした」


「よく言われます」


バルトロは、そう言って、笑った。


その笑顔に、俺は、これまでとは違う、何か信頼のようなものを感じた。


空回りしてばかりだった行商人が、思わぬところで、大きな力を発揮した。


北方の氷が、また一つ、溶け始めていた。


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