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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第4章「凍える大地に、コールは届くか」

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第58話:歌を封じた少女、名を明かす

「アキ様」


その日の午後、フィンが、少し思い詰めた顔で、俺のもとを訪れた。


「グレーテのことで、話がある」


「グレーテの……」


「本人が、あなたと話したいと言っている」フィンは、そう言うと、周囲を軽く見回した。「他の者には、聞かれたくない、とも」


俺は、フィリアと顔を見合わせた。


「何か、心当たりがあるんですか」と俺は、フィンに聞いた。


「多少はな」フィンは、少し言い淀んだ。「グレーテは、私の部族で預かっている子だ。だが、あの子の抱えているものについては、私も、詳しくは踏み込まないようにしてきた」


「踏み込まない」


「彼女自身が、話したいと思うまで、待つべきだと思っていたのでな」


その言葉に、俺は、フィンの誠実さを感じた。


「分かりました。会いに行きます」



川のほとりに、グレーテは、一人で座っていた。


前に会った時と、同じ場所だった。


「呼んでもらって、悪かったな」


俺が声をかけると、グレーテは、小さく頷いた。


「……いえ。わたしが、お願いしたので」


「話したいこと、って」


グレーテは、しばらく、川面を見つめていた。


やがて、ぽつりと、口を開いた。


「わたしの、姉のこと」


「ジークリンデか」


グレーテは、頷いた。


「知って、ますか。わたしが、姉の妹だって」


「フィンさんから、少しだけ」


「……そうですか」


グレーテは、それから、長い沈黙のあと、ゆっくりと語り始めた。



「数年前、この地で、二つの部族の間に、大きな戦がありました」


グレーテの声は、震えていた。


「本当の原因は、土地を巡る対立だったと、後になって、知りました。でも、当時のわたしは、まだ幼くて」


「うん」


「わたしが、ある祭りの日に、歌を歌ったんです。ただの、子供の歌でした。でも、その歌が、敵対する部族への挑発だと、誤解されて」


グレーテの手が、震えていた。


「それがきっかけで、戦が始まったって、言われました。多くの人が、死にました」


俺は、黙って、その話を聞いていた。


「戦が終わった後、集落の人たちは、みんな、わたしを見る目が、変わりました」グレーテは、続けた。「直接、責める人はいませんでした。でも、遠巻きに、ひそひそと話される感覚が、ずっと、ありました」


「それは、辛かっただろうな」


「長老たちは、二度と、あの歌を歌わせるな、と決めました。わたしは、それ以来、歌うことを、禁じられています」


「……それは、君のせいじゃない」


俺は、思わず、口を挟んだ。


「子供の歌が、戦争の原因になるなんて、おかしいだろ。本当の原因が、土地の対立だったなら、なおさらだ」


グレーテは、首を振った。


「頭では、分かってるんです。多分、そうなんだろうって」


「じゃあ」


「でも」


グレーテの声が、震えた。


「わたしが、本当に、苦しいのは、そこじゃないんです」


「……どういうことだ」


グレーテは、しばらく、言葉を探すように、黙っていた。


やがて、消え入りそうな声で、続けた。


「お姉ちゃんは、あの日から、変わってしまいました」


「変わった」


「昔のお姉ちゃんは、よく笑う人でした。わたしと一緒に、笑い合ったり、歌ったりしてました」


グレーテの目に、涙が滲んでいた。


「でも、あの一件以来、お姉ちゃんは、感情を、一切、表に出さなくなりました。誰よりも厳しく、自分を追い込むようになって」


「……」


「わたしのせいで、お姉ちゃんは、笑うことを、やめてしまったんです」


その言葉に、俺は、はっとした。


(そうか。グレーテが本当に苦しんでるのは、歌えないことそのものじゃない)


(姉が変わってしまったこと。それを、自分のせいだと思ってること)



「グレーテ」


俺は、静かに、声をかけた。


「それは、本当に、君のせいなのか」


「……違うんですか」


「ジークリンデが、感情を表に出さなくなったのは、君が原因だと、決まったわけじゃないだろ」


「でも、あの日から」


「あの日から、いろんなことが変わったのは、事実かもしれない。でも、それを選んだのは、ジークリンデ自身じゃないのか」


グレーテは、驚いたように、俺を見た。


「選んだ、って」


「君が、無理やり、そうさせたわけじゃないだろ。ジークリンデは、多分、自分の意志で、そういう生き方を選んだんだ」


「……」


「本当のところは、本人にしか、分からない。でも、少なくとも、君が、全部背負う必要はないと思う」


俺は、少し、間を置いてから、続けた。


「前世で、こういう話を聞いたことがある。誰かが、自分のせいで、大切な人が変わってしまったって、ずっと思い込んでる話だ。でも、大抵の場合、当人同士でちゃんと話してみると、思ってたのとは、全然違う真実が見えてくる」


「違う、真実」


「うん。君が思ってることと、ジークリンデが本当に感じてることは、もしかしたら、全然違うかもしれない」


グレーテは、しばらく、黙っていた。


その目から、涙が、静かに、こぼれ落ちた。


「……分からない、です。頭では、そうなのかもって、思えても」


「うん」


「心が、まだ、納得、できてなくて」


「それでいい」


俺は、静かに言った。


「頭で分かってても、心がついてこないことなんて、いくらでもある。無理に納得しなくていい」


グレーテは、涙を拭いながら、小さく頷いた。


「……ありがとう、ございます」


その時、少し離れた場所に、人影があった。


俺は、振り返った。


ジークリンデが、そこに立っていた。


その表情は、これまで見た中で、最も、動揺しているように見えた。手にしていた剣を、いつの間にか、強く握りしめている。


「……グレーテ」


ジークリンデの声が、微かに、震えていた。


グレーテが、はっとした顔で、姉を見た。


「お姉、ちゃん……いつから」


ジークリンデは、答えなかった。ただ、その視線が、グレーテと、俺との間を、何度も、行き来していた。


二人の間に、重い沈黙が流れた。


俺は、この場に、自分がいるべきではないと、直感的に悟った。


「……俺は、席を外す」


そう言い残して、俺は、静かに、その場を離れた。


姉妹の間に、何かが、動き始めている。


だが、それを、外から無理に進めるべきではない。


それは、二人自身が、乗り越えるべきものだと、俺には分かっていた。


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