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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第4章「凍える大地に、コールは届くか」

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第57話:わたしはただ、強くなりたかっただけだ

翌日も、俺たちは、試練の儀に備えて、準備を進めていた。


演舞の練習、体力の調整、そして、少しでも北方の民に、俺たちの想いを伝える方法を模索する日々。


そんな中、レナは、時折、姿を消すようになっていた。


「レナ、どこ行ってるんだ、最近」


俺が聞くと、ミレイが、少し困った顔で答えた。


「ジークリンデさんのところに、行ってるみたいです」


「ジークリンデのところ?」


「はい。何を話してるかまでは、分かりませんが」


「気になるでありんすね」とツバキも、心配そうに言った。「二人とも、あまり多くを語らない性分でありんすから」


「確かにな」


俺は、少し気になったが、レナのことだ、何か考えがあるのだろうと思い、深くは詮索しないことにした。


シルが、宿舎の窓から、外を見つめていた。雪原の向こうに、二つの人影が、時折、見え隠れしていた。剣を交える音が、遠くから、微かに聞こえてくることもあった。



その日の夕方、レナが、少し疲れた顔で戻ってきた。


「レナ、どうだった」


俺が聞くと、レナは、宿舎の椅子に、どさりと腰を下ろした。


「あいつ、思ったより、根が深い」


「根が深い、って」


「ジークリンデのことだ。あいつの過去、少しずつ聞き出してる」


レナは、そう言うと、窓の外を見た。北方の夕焼けが、雪原を赤く染めていた。


「あいつ、昔、信頼してた戦友がいたらしい」


「戦友」


「幼馴染だったって話だ。二人で、一緒に鍛錬を積んで、一緒に戦果を挙げてきた仲だったらしい」


レナの声が、少し低くなった。


「だが、ある戦で、その戦友は、ジークリンデを庇って、命を落とした」


俺は、息を呑んだ。


「……そうだったのか」


「ジークリンデは、それ以来、感情を、より一層、殺すようになったらしい。悲しみも、怒りも、表に出さないように」


「なんで、そこまで」


「分からない。ただ、想像はできる」レナは、少し考えるように言った。「あいつ、自分が泣けば、その戦友の死が、余計に重くなる気がしたんじゃないか。悲しむことすら、贅沢だと思ったのかもしれない」


「贅沢……」


「戦友を守れなかった、っていう思いが、あいつの中で、まだ、燻ってるんだと思う」


俺は、その話を、しばらく反芻した。ジークリンデの、あの平坦な態度の奥に、そんな重い過去があったとは、想像していなかった。



「なんでだろうな」とレナが、独り言のように呟いた。「ジークリンデ、その戦友のことを話すとき、少しだけ、声が揺れてた」


「揺れてた」


「ああ。あいつ、感情を表に出すことを、心底、恥じてるように見せてる。だが、本当は、感じてないわけじゃない。ただ、出さないようにしてるだけだ」


「出さないのと、感じてないのは、違う……か」


俺は、自分が、以前ジークリンデに言った言葉を思い出した。


「その言葉、覚えてるんだな、あいつ」とレナが、少し笑った。「今日、その話をしたら、妙に静かになってた」


「そうか」


俺は、少し考えてから、聞いた。


「レナは、なんでジークリンデに、そんなに構うんだ」


レナは、しばらく黙っていた。


それから、ぽつりと答えた。


「似てるんだよ、あたしに」


「似てる?」


「見た目のことで、散々言われて、それを覆い隠すように、剣を振ってきた。あたしも、そうだった」


レナは、自分の手のひらを、じっと見つめた。


「あんたが、あたしに言ってくれたこと、覚えてるか。『歌い手に向いてる体格なんて、存在しない』って」


「覚えてる」


「あの言葉、あたしの中で、ずっと残ってる。だから、ジークリンデにも、似たようなことを、伝えたいと思ったんだ」



「あんたの強さは、見た目とは関係ない」


その日の夜、俺は、レナと一緒に、ジークリンデのもとを訪れた。


ジークリンデは、いつものように、無言で剣を振っていた。


「また、来たのか」


「また来た」レナが、平然と答えた。「言い忘れてたことがあったからな」


「なんだ」


「あんたの強さは、見た目とは関係ない」


ジークリンデの手が、一瞬、止まった。


「美しいから軽んじられる、儚いと笑われる。そういう言葉、あたしも、散々浴びてきた」レナは、続けた。「だが、それは、あたしの強さとは、何の関係もない。あんたの強さも、同じだ」


「……」


ジークリンデは、答えなかった。


だが、その沈黙は、これまでの平坦な沈黙とは、明らかに質が違っていた。


「戦友のこと」レナが、静かに言った。「あんたのせいじゃない」


その言葉に、ジークリンデの体が、はっきりと強張った。


「……その話は、するな」


ジークリンデの声に、初めて、明確な棘があった。だが、それは、怒りというより、もっと脆い何かのように、俺には聞こえた。


「するなって言われても、あんたが、ずっとそれを引きずってるのは、見てれば分かる」


「余計な、お世話だ」


「かもな。でも、言わせてくれ」レナは、引かなかった。「あんたが、その戦友を、庇えなかったとか、間違った判断をしたとか、そういうことじゃないんだろ」


「……そうだ」


「なら、あんたのせいじゃない」


ジークリンデは、しばらく、無言だった。


「あの日」ジークリンデが、ぽつりと、口を開いた。「わたしが、油断していなければ、あの者は、死なずに済んだかもしれない」


「油断してたのか」


「……分からない。だが、そう思わずには、いられない」


「それは、後から振り返ってるから、そう思うだけだ」とレナが、静かに言った。「その場では、誰も、完璧な判断なんてできない。あたしも、昔、それで、仲間を失いかけたことがある」


ジークリンデの目が、わずかに、レナを見た。


「お前も」


「ああ。あたしのパーティにいた子が、一度、死にかけた。あたしの采配ミスで」


「……」


「死ななかったのは、運が良かっただけだ。あたしは、それ以来、ずっと、その重さを背負ってる。でも、それは、あたしのせいだけじゃない。戦場ってのは、そういうもんだ」


やがて、消え入りそうな声で、ジークリンデが、呟いた。


「……分かっている」


「分かってても、辛いんだろ」


「……」


ジークリンデは、答えなかった。


だが、その瞳に、月明かりに反射する、わずかな潤みが見えた気がした。


それは、一瞬のことだった。


すぐに、ジークリンデは、いつもの無表情に戻った。


「戻る」


そう言い残して、ジークリンデは、雪を踏みながら去っていった。


その背中を、俺とレナは、しばらく見送っていた。


「……少しは、届いたと思うか」


俺が聞くと、レナは、小さく頷いた。


「たぶんな」


北方の夜は、まだ深かった。


だが、その氷のような沈黙の奥に、確かに、何かが、少しずつ、溶け始めているような気がした。


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