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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第4章「凍える大地に、コールは届くか」

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第56話:ジークリンデの、美しすぎる悩み

雪が降っている。


わたしは、集落の外れで、剣を振っていた。


型どおりの素振り。何百回、何千回と、繰り返してきた動作。体に染みついた、当たり前の作業。


息が白い。汗が、額から落ちる。


それでも、止めない。


止めれば、何かが崩れる気がする。


昨日の、あの異国の男の言葉が、まだ、耳の奥に残っている。


「出さないのと、感じてないのは、違う」


そんな言葉を、これまで、誰からも、投げかけられたことがなかった。


苛立たしい。だが、なぜか、その言葉を、振り払うことができずにいる。



物心つく前から、剣を握っていた。


父は、部族の長だった。娘であるわたしにも、戦士としての厳しい鍛錬を課した。


「お前は、いずれ、この部族を背負う」


そう言われて、育った。


だが、周囲の目は、いつも、違うところを見ていた。


「なんて美しい娘だ」


「戦士にするには、惜しいほどの器量だな」


「剣より、婚姻の道を選んだほうがいいのでは」


そういう言葉が、耳に入るたびに、胸の奥が、冷たくなった。


わたしは、努力を怠ったことは、一度もない。


朝は誰よりも早く起き、夜は誰よりも遅くまで、剣を振った。手のひらは、いつもひび割れ、傷だらけだった。


それでも。


「見た目通りの、儚い剣筋だな」


戦の後、そう笑われたことがある。


儚い、という言葉が、わたしの努力のすべてを、否定するように聞こえた。



戦果は、確かに積んできた。


十四の歳で、初めて敵の首を取った。十六で、部族一の剣士と呼ばれる者を打ち倒した。二十歳になる頃には、この地で、わたしに敵う戦士はいなくなった。


だが、それでも。


「あの美しい戦士」


そう呼ばれることが、多かった。


強さよりも、先に、美貌が語られる。


それが、たまらなく悔しかった。


わたしは、ただ、強くなりたかっただけだ。


美しさなど、望んでいなかった。


むしろ、それは、わたしの努力を、覆い隠す、余計な布のように感じていた。



妹の、グレーテのことを、思い出す。


あの子は、幼い頃から、わたしとは違い、感情を素直に表す子だった。よく笑い、よく泣き、よく歌った。


わたしは、それを、羨ましく思ったことがある。


自分には、許されないものを、あの子は、当たり前のように持っていた。


だが、それも、遠い昔の話だ。


今のグレーテは、感情をほとんど見せない。声すら、ほとんど出さない。


その変化の理由を、わたしは、誰よりもよく知っている。


だが、今は、その話をするつもりはない。



「よう」


素振りを止めたわたしに、声をかけてきた者がいた。


エルドラドの女戦士、レナ。


「精が出るな」


「……何の用だ」


「別に。ただ、気になっただけだ」


レナは、わたしの隣に立った。


肩の力が抜けた、自然な立ち姿。だが、その体には、確かな鍛錬の跡があった。


「あんた、毎日、この時間に素振りしてるだろ。もう三日、見てる」


「見ていたのか」


「暇だったからな」


レナは、そう言って、少し笑った。


「あんたの太刀筋、見てて飽きない」


「……そうか」


「うまいってだけじゃない。何か、意地みたいなもんを感じる」


その言葉に、わたしは、内心、少し驚いた。


「意地」


「ああ。誰かに何か言われて、それを黙らせようとしてる剣筋だ。あたしにも、覚えがある」


わたしは、レナを、まじまじと見た。


「お前にも」


「あたしは、田舎の農村出身でな。剣を握る女なんて、変わり者扱いされてきた」


レナは、そう言いながら、自分の剣の柄を、軽く撫でた。


「見た目がどうとか、女らしくないとか、散々言われた」


「……それで」


「それで、見返してやろうと思って、剣を振り続けた。今も、その延長線上にいる」


その言葉が、わたしの中の、何かに触れた。



「あんたのその剣も、似たようなもんじゃないのか」


レナが、まっすぐに、わたしを見た。


「美しいとか、儚いとか、そういう言葉を、黙らせたいんだろ」


わたしは、答えなかった。


答えられなかった、というほうが、正しいかもしれない。


「別に、責めてるわけじゃない」レナは、続けた。「あたしも、同じだったから、分かる」


「……お前は、何を言いたい」


「特に何も。ただ、あんたの剣、悪くないと思っただけだ」


その一言に、わたしは、小さく、動揺した。


これまで、そんなふうに、真っ直ぐに、剣を評された記憶が、ほとんどなかった。


いつも、美貌が先に語られ、剣の腕は、その後に付け足しのように語られる。


だが、レナの言葉には、そういう前置きが、一切なかった。


ただ、剣そのものを、見ていた。


「……お前の国の、聖歌隊とやらも、そうなのか」


わたしは、思わず、聞いていた。


「あの、光る棒を振り回す男は、何を見て、お前たちを評価している」


「アキラのことか」レナは、少し考えるように、視線を上げた。「あいつは、変わってる。誰かの見た目とか、身分とか、そういうのを、ほとんど気にしない」


「では、何を見る」


「心が、どこまで本気か。それだけだ」


その答えに、わたしは、しばらく、言葉を失った。


「……試練の儀、当日は、お前が相手をするのか」


「そのつもりだ」


「手加減はしない」


「望むところだ」


レナが、不敵に笑った。


その笑みに、わたしは、なぜか、少しだけ、心が軽くなるのを感じた。


「お前と戦うのが、少し、楽しみになってきた」


自分でも、意外な言葉だった。これまで、戦いを「楽しみ」だと感じたことは、ほとんどなかった。いつも、証明するための、義務のようなものだった。


「あたしもだ」レナが、剣の柄を、軽く叩いた。「本気でやり合える相手は、貴重だからな」


レナは、それだけ言うと、宿舎の方へと歩いていった。


その後ろ姿を、わたしは、しばらく見送っていた。



雪は、まだ、降り続いていた。


わたしは、再び、剣を構えた。


素振りを、続ける。


だが、その動きは、さっきまでとは、わずかに違っていた。


誰かを黙らせるためではなく。


ただ、自分自身のために、振る剣。


そんな感覚が、初めて、胸の中に芽生えていた。


遠くで、集落の子供たちの声が、微かに聞こえた。


わたしは、その声に、少しだけ、耳を澄ませた。


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