第55話:部族長会議、決裂寸前
「本日をもって、正式な長老会議を開く」
グドムンドの声が、広場に響いた。
七部族の長老たちが、それぞれの椅子に着いていた。フィンの姿もあった。そして、その隣には、ジークリンデも立っていた。
「議題は一つ。エルドラド王国、及びルミナ教との、正式な同盟について」
俺たちは、広場の中央に立たされていた。周囲を取り囲む、無数の視線。冷たい空気が、これまで以上に張り詰めていた。
レナが、俺の隣で、小さく息を吐いた。「なんか、裁判みたいな空気だな」
「似たようなもんかもしれない」
ツバキも、緊張した面持ちで、俺の反対側に立っていた。フィリアは、羊皮紙を握りしめたまま、微動だにしなかった。
「まず、意見のある者は、申し出よ」
その言葉に、真っ先に反応したのは、フィンだった。
「私は、賛成の立場を取りたい」
フィンの声は、堂々としていた。
「異国の使者たちの演舞、私はこの目で見た。確かに、我らの流儀とは異なる。だが、そこに込められた心は、本物だと感じた」
「戯言を」
低く、鋭い声が響いた。
ジークリンデだった。
「感情を垂れ流すことの、どこに価値がある」
「価値は、あるはずだ」とフィンが、負けじと言い返した。「見よ、子供たちの反応を。あの護符を、喜んで受け取っていたではないか」
「子供は、未熟だ。判断力がない」
「未熟だからこそ、素直に感じ取れるものがあるとは、考えないのか」
二人の議論は、次第に熱を帯びていった。
◇
「聖歌隊の力を、我らが受け入れれば」とフィンが続けた。「エルドラド王国との交易も、開ける。北方の暮らしも、豊かになるはずだ」
「豊かさなど、戦士には不要」
ジークリンデの声は、あくまで平坦だった。だが、その言葉の端々に、譲らない意志が滲んでいた。
「我らは、これまで、独立を保ってきた。他国に頼らずとも、生きてこられた」
「時代は、変わっている」
「変わる必要が、あるのか」
議論は、平行線を辿った。
長老たちの間にも、意見が割れているのが見て取れた。フィンに賛同するように頷く者、ジークリンデの言葉に深く頷く者、そのどちらでもなく、ただ黙って様子を見ている者。
グドムンドは、その様子を、静かに見守っていた。
「グドムンド殿は、どちらのお考えなのですか」とフィンが、思い切ったように尋ねた。
グドムンドは、しばらく沈黙した。
「儂は、まだ、決めかねている」
その言葉に、広場の空気が、さらに重くなった。
「儂とて、変化を恐れているわけではない。だが、この地には、この地の歴史がある。軽々しく、それを手放すわけにはいかぬ」
「歴史を守ることと、新しいものを拒むことは、違うと思います」と俺は、思わず口を挟んだ。
グドムンドの視線が、俺に向いた。
「若い者は、そう言う。だが、儂ら年長者には、年長者の責任がある」
その言葉に、俺は、何も言い返せなかった。
◇
「待ってください」
俺は、思わず、声を上げた。
「これは、争うことじゃないと思います」
全員の視線が、俺に集まった。
「俺たちは、力比べをしに来たわけじゃない。ただ、心を届けたいだけです」
「それが、争いを生んでいる」とジークリンデが、冷たく言った。
「争いを生んでるのは、俺たちの存在そのものじゃなくて、意見の違いだろ。それは対話で埋めるものだ」
「対話で、埋まらないものもある」
ジークリンデの目が、まっすぐに俺を見据えた。
「価値観の違いは、言葉では、埋まらぬ」
「そんなことない」
「では、どうやって埋める」
俺は、言葉に詰まった。
正直に言えば、明確な答えはなかった。ただ、諦めたくない、という気持ちだけがあった。
「時間をかければ、きっと」
「時間の問題ではない」
ジークリンデは、静かに、しかし、はっきりと言った。
「根本の価値観が、違う。そなたたちは、感情を表に出すことを、良しとする。我らは、それを恥とする。この溝は、言葉を重ねたところで、埋まりはしない」
「……」
俺は、何も言い返せなかった。
その通りかもしれない、という思いが、頭の片隅をよぎった。
フィリアが、隣で、心配そうにこちらを見ていた。ミレイも、シルも、固唾を呑んで見守っている。誰も、この空気を、どう変えればいいのか分からずにいた。
◇
「ならば」
ジークリンデが、静かに、剣の柄に手をかけた。
その動作に、広場の空気が、一瞬で凍りついた。
「力で、決めよう」
「力、って」
「そなたたちの言う、心の力とやらを、真に信じるなら」
ジークリンデの声は、あくまで冷静だった。だが、その言葉には、明確な挑戦の色があった。
「我らの戦士と、正面から、力比べをしろ」
「戦えって、ことか」
「戦いではない」ジークリンデは、首を振った。「北方には、古くからの、試練の儀がある。それに挑み、認められれば、七部族すべてが、その者の言葉に耳を傾ける」
「試練の儀」
「厳しい試練だ。並大抵の覚悟では、乗り越えられぬ」
長老たちの間に、ざわめきが広がった。
「試練の儀とは、久しく行われておらぬはず」と、これまで沈黙していた別の長老が、初めて口を開いた。「ジークリンデ殿、本気で申されているのか」
「本気だ」
ジークリンデは、揺るがなかった。
「異国の者たちが、本当に、心の力とやらを信じているなら、この試練を恐れる理由はないはずだ」
「ジークリンデ殿、それは、あまりに」とフィンが、慌てた様子で口を挟んだ。
「これ以上の、公平な方法はない」ジークリンデは、動じなかった。「言葉で決着がつかぬなら、行動で示すしかない」
俺は、その提案を、しばらく反芻した。
(試練の儀、か)
危険な香りがした。だが、このまま議論が平行線を辿るよりは、何か、前に進む道が見えるかもしれなかった。
「アキ様」とフィリアが、小声で呼びかけてきた。「本当に、お受けになるのですか。詳細も分からぬ試練です」
「分からないから、逃げるってのも、違う気がする」
俺は、フィリアを見て、それから、メンバー全員を見渡した。
レナが、小さく頷いた。「あたしは、乗る方に賛成だ」
「わたしも、ここまで来て、逃げるのは……」とミレイも、緊張した声で続いた。
シルが、こくりと頷いた。ツバキも、深く息を吸い込んでから、静かに頷いた。
「……分かった」
俺は、静かに、頷いた。
「その試練、受けて立つ」
ジークリンデの目に、初めて、何か鋭い光が宿った。
「後悔するなよ」
「後悔なんてしない」
俺とジークリンデの視線が、真っ向からぶつかった。
広場に、重い沈黙が落ちた。
グドムンドが、静かに、片手を上げた。
「では、決まりだ。三日後、試練の儀を執り行う」
その宣言に、長老たちの間に、再びざわめきが広がった。賛同する者、不安げな者、様々な反応が入り混じっていた。
七部族の運命を賭けた、大きな賭けが、今、始まろうとしていた。
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