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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第4章「凍える大地に、コールは届くか」

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第52話:美しすぎる戦士は、鼻で笑う

「ジークリンデ」


その名を、俺はもう一度、口の中で反芻した。


「あんたも、この北方の戦士か」


「……」


女は答えなかった。ただ、俺のサイリウムを見つめていた。オレンジの光が、彼女の瞳に、静かに揺らめいていた。


その視線には、警戒でも敵意でもない、もっと別の何かがあった。前世でいえば、値踏みされているような、あるいは、観察されているような、そんな感覚。


「その光は、なに」


「サイリウムだ。俺の……まあ、仕事道具みたいなもんだ」


「仕事」


「歌と踊りで、心を届ける仕事」


ジークリンデの表情が、わずかに動いた。それは、笑みではなかった。むしろ、何か冷たいものが差したような、そんな変化だった。


「聞いている」


「なにを」


「異国の使者は、歌い、踊る」


ジークリンデは、感情の起伏をほとんど見せずに続けた。


「戦うことも知らぬまま」


その言葉には、明確な棘があった。


「戦うことなら、多少は知ってるつもりだけどな」


「……そう」


ジークリンデは、それだけ言うと、踵を返した。長い銀髪が、月明かりの中でひと揺れした。


「明日、見せてもらう」


「なにを」


「お前たちの、正体を」


そう言い残して、ジークリンデは、雪を踏みながら夜の闇へと去っていった。


俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


「……なんか、とんでもないのが出てきたな」


心の中で、そう呟くしかなかった。



翌日。


長老会議は、集落の広場で、再び開かれることになった。


理由は、グドムンドの一言だった。


「昨夜、ジークリンデ殿が、直接見たいと申された。ならば、この場で示すがよい」


「ジークリンデ、殿……」


俺は、その呼び方に、少し引っかかりを覚えた。


「殿、というのは」とフィリアが、小声で聞いてきた。


「特別な敬称のようです」と、隣にいたバルトロが答えた。「わたくしの記憶が正しければ……あの御方は、この地で最も戦の腕が立つと言われる部族の、長の一族かと」


「戦の腕が立つ一族……」


俺は、昨夜聞いた噂を思い出した。


(バルトロの言ってた「名うての戦士」って、まさか)


広場の中央に、ジークリンデが立っていた。


昼の光の下で見る彼女は、夜よりもさらに、その存在感が際立っていた。分厚い防寒着の上からでも分かる、鍛え上げられた身のこなし。腰には、大振りの剣が下げられていた。


その周りを、七部族の長老たち、そして何十人もの戦士たちが取り囲んでいる。


「聖歌隊とやら」


ジークリンデが、静かに言った。


「見せろ」



俺は、みんなと顔を見合わせた。


「……やるしかないな」


「もちろんです」とフィリアが、深く頷いた。


「本気でいくで」とゴエモンが、腕まくりをした。


俺は、サイリウムを掲げた。


「行くぞ」


いつものように、俺たちは、演舞を始めた。


タイガー。ファイヤー。オレンジの光が、雪原に舞う。ミレイの魔力が、澄んだ音色となって空気を震わせる。レナの剣舞が、鋭い軌道を描く。シルが、光の粒を纏いながら跳ねる。ツバキの扇が、風を切る。


寒さなど、もう感じなかった。息が白く弾け、雪の上に汗の一滴が落ちても、体は止まらなかった。心を込めることに、寒暖差は関係なかった。


いつもなら、この瞬間から、観客の空気が変わる。


驚き、歓声、感動——そういう反応が、当たり前のように返ってくる。


だが。


広場は、しんと静まり返ったままだった。


戦士たちは、誰一人として、表情を動かさなかった。長老たちも、無言のまま、その光景を見つめているだけだった。


演舞が終わった。


沈黙が続いた。


やがて、ジークリンデが、口を開いた。


「……それだけ?」


その一言が、広場に、冷たく響いた。



「軟弱」


ジークリンデは、短く言った。


「感情に任せて、体を振り回しているだけ。武ではない」


「武じゃない、って」


俺は、思わず言い返した。


「これは、心を届けるための表現だ。武術とは違う」


「心」


ジークリンデが、鼻で笑った。文字通り、鼻を鳴らして。


「心など、見えぬものに、何の価値がある」


「見えないから、価値がないってことにはならないだろ」


「北方では、価値はない」


ジークリンデは、剣の柄に、静かに手を添えた。


「行動でしか、示せぬものがある。涙も、笑いも、歌も——すべて、弱さの表れ」


「それは、あんたたちの文化だろ。俺たちの文化は違う」


「文化の違いなど、興味がない」


ジークリンデの声は、あくまで平坦だった。だが、その奥に、確かな強さがあった。


「見せたのが、それだけなら、認められない」


俺は、その言葉に、少しむっとした。


「じゃあ聞くけど、あんたは、感情を表に出したことが、一度もないのか」


ジークリンデの目が、わずかに、揺れたように見えた。


「……関係ない」


「関係あるだろ。人間なら、誰だって、何か感じてるはずだ。それを外に出すか出さないかだけの違いだ」


「北方の戦士は、出さない」


「出さないのと、感じてないのは、違う」


俺の言葉に、ジークリンデは、しばらく沈黙した。


その沈黙は、これまでの平坦な態度とは、明らかに質が違っていた。


俺とジークリンデの間に、張り詰めた空気が流れた。


その時、レナが、一歩前に出た。


「あんた、腕は立ちそうだな」


ジークリンデが、初めて、レナに視線を移した。値踏みするような、静かな視線だった。


「……多少は」


「あたしも、多少はやる」


レナが、剣の柄に手をかけた。


二人の間に、無言の緊張が走った。武人同士だけが分かる、何かの気配だった。誰も口を挟めない、張り詰めた沈黙が、広場を包んだ。


ジークリンデの視線が、レナの構えを、じっくりと検分するように動いた。剣の柄の握り方、重心の置き方、視線の配り方。それだけで、何かを読み取ろうとしているようだった。


「……面白い」


ジークリンデが、ぽつりと言った。それは、初めて彼女が見せた、感情らしい感情だった。


「お前は、少し違う」


「どう違うんだ」


「行動で、語ろうとしている」


ジークリンデは、それだけ言うと、俺の方に向き直った。


「聖歌隊とやら」


「なんだ」


「歌や踊りが、本当に力を持つというなら」


ジークリンデの瞳が、まっすぐに俺を見据えた。


「力を、示せ」


「……力って、具体的には」


「それは、お前たちが考えろ」


ジークリンデは、それだけ言うと、踵を返した。


戦士たちが、彼女に続いて、静かに散っていく。


広場には、俺たちと、困惑した表情の長老たちだけが残された。


「……なんか、めちゃくちゃハードル上げられたな」とレナが、苦笑した。


「ですね……」とミレイが、ため息をついた。


ツバキが、去っていったジークリンデの背中を見つめながら、小さく呟いた。「あの御方、なんというか……底が見えないでありんすね」


「底が見えない、か」


「はい。ただ厳しいだけではない、何かを、内側に、深く抱えていらっしゃるような」


俺は、その言葉に、少し考えさせられた。ツバキの言う通りかもしれない。ジークリンデの平坦な態度の奥には、単なる文化的な信条以上の、何か個人的なものが潜んでいる気がした。


俺は、ジークリンデが去っていった方向を、しばらく見つめていた。


(力を示せ、か)


まだ、答えは見つからなかった。


でも、逃げるつもりは、なかった。


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