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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第4章「凍える大地に、コールは届くか」

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第50話:北の国は、笑わないらしい

「北方部族連合について、調べられる限りのことを、まとめて参りました」


出発を三日後に控えたその日、フィリアが分厚い羊皮紙の束を抱えて座敷に現れた。「王宮の文献庫と、商人組合の記録、両方から集めた資料です」


「助かる。読ませてくれ」


俺は、その束を受け取った。一枚目には、簡素な地図が描かれていた。エルドラド王国の北端から、さらに北へ延びる広大な土地。針葉樹の森が黒々と塗られ、その奥に「永久凍土地帯」と注釈のついた白い区域が広がっていた。


「これが、北方部族連合か」


「はい。王国とは、これまでほとんど交流がなかった地域です。文献も、驚くほど少のうございました」


「それだけ閉ざされてるってことか」


「そのようです」


俺は、次の羊皮紙をめくった。そこには、北方の文化についての記述があった。


「……なんだこれ」


俺は、思わず声を上げた。


「どうかなさいましたか」


「『感情を昂らせることは、恥である』って書いてある」


「はい。北方部族連合の根本的な気風のようです」


俺は、続きを読んだ。


『北方の民は、喜怒哀楽を表に出すことを、戦士としての未熟さと見なす。涙を見せることは敗北の証であり、大声で笑うことは軽薄の証である。すべての感情は、内に秘め、行動でのみ示すべきものとされる』


「……つまり」


俺は、羊皮紙から顔を上げた。


「歌って踊って感情爆発させる俺たちは、完全にアウトってことか」


「その可能性が、高いかと」


座敷に、重い沈黙が落ちた。



「わっちの歌、届くでありんしょうか……」


ツバキが、青ざめた顔で呟いた。「感情を昂らせることを恥とする方々に、心を込めた歌が、通じるのでありんすか」


「分からない」と俺は、正直に言った。


「分からない、って」


「今までも、分からないまま突っ込んできた。ヤマトのときもそうだった」


「それは、そうでありんすが……」


ツバキの声が、小さくなった。「わっちは、まだ歌い始めて日が浅いでありんす。もし、北方の地で、心を込めた歌が届かなかったら……」


「届かなかったら、どうする」


「……分かりんせん」


俺は、ツバキの目を見た。「届かなかったら、また考える。それだけだ」


「それだけ、でありんすか」


「そうだ。俺たちは、いつもそうやってきた。宵ノ國でも、王宮でも、最初から上手くいったことなんて一度もない」


ツバキは、しばらく黙っていた。それから、小さく頷いた。


「……そうでありんしたね」


「今度も、きっと同じだ」



「レナ、笑わない文化、どう思う」とミレイが、隣で聞いた。


「別に。あたしも普段、そんなに笑わないし」とレナが、腕を組みながら答えた。


「そういう問題じゃないと思います」とミレイが、すかさず突っ込んだ。


「そうか?」とレナが、心底不思議そうな顔をした。


「そうですよ!」


そのやり取りを横目に、シルが、静かにサイリウムを抱きしめていた。それから、地面に指で文字を書いた。


「わたしも、こわい」


「シルさんもですか……」とミレイが、少し驚いた顔をした。


シルは、小さく頷いてから、続けて書いた。


「でも、アキが、いつもだいじょうぶって、いう」


その一言に、座敷の空気が、少し和らいだ。


「そうだな」と俺は言った。「大丈夫だ。多分」


「多分なんですか……!」とミレイが、ずっこけた。


「多分としか言えない。行ったことないんだから」


「それはそうですけど……!」


その時、庭の方から、やたら明るい声が響いてきた。


「聖歌隊様ー! お邪魔しますよー!」


バルトロが、荷車を引いて庭に入ってきた。


「バルトロさん、今日は何の用ですか」


「実は、北方行きについて、耳寄りな話がありましてね」


バルトロは、にんまりと笑った。「わたくし、北方にも、いくらか顔が利くんですよ」


「本当ですか」


「はい! 商売柄、あちこち回っておりますので。北方の民とも、多少の付き合いがございます」


「それは、心強いな」


「でしょう? というわけで」


バルトロは、両手を揉み合わせた。「わたくしも、北方行きに同行させていただけないかと」


「……記念品の商売、向こうでもやる気ですか」


「もちろんです! いや、それだけでなく」


バルトロの顔から、一瞬、いつもの軽薄な笑みが消えた。「聖下たちが、あの厳しい地でどう戦われるのか。見てみたいという気持ちも、正直ございます」


その言葉に、俺は少し驚いた。


「意外と、まともなこと言うんですね」


「わたくしとて、たまにはまともなことを申します」


バルトロは、また、いつもの調子で笑った。


「では、同行、お願いしていいですか」


「お任せください! 道中の食料調達から、北方語の簡単な通訳まで、なんでもいたしますよ!」


「北方語、話せるんですか」


「片言ですが」


「それは頼りになる」


俺は、フィリアと顔を見合わせた。フィリアも、少し安堵した顔をしていた。



出発の前夜、教会の座敷に、全員が集まった。レナ、ミレイ、シル、ツバキ、フィリア、ゴエモン、そしてバルトロ。ガルドが、いつものシチューとパンを、少し多めに用意してくれていた。


「明日から、また長い旅になるのう」


ガルドが、目を細めて言った。


「留守を頼みます」


「任せておけ」


ガルドは、そう言ってから、少し間を置いた。「北の国というのは、儂も昔、噂に聞いたことがある。厳しい土地じゃと」


「知ってるんですか」


「若い頃、旅の商人から聞いた話じゃ。あの地では、涙一つ見せぬまま、何十年も戦い続ける者がおるという。儂には、とても真似できん生き方じゃ」


「厳しそうですね」


「じゃが」


ガルドは、俺を見て、静かに笑った。「厳しい土地にこそ、光は届く価値がある。ルミナ様の教えは、そういうものじゃろう」


その言葉に、俺は、少し胸が熱くなった。


「……そうですね」


「無理はするなよ。じゃが、届けたいものがあるなら、届けてくるといい」


「はい」


俺は、サイリウムを取り出した。オレンジの光が、座敷の灯りに重なった。


「北方部族連合。感情を出すことを恥とする、厳しい戦士の国」


俺は、みんなを見渡した。「正直、今までで一番、勝算が読めない相手だ」


「知ってるで」とゴエモンが、軽く肩をすくめた。


「でも」


俺は、続けた。「俺たちの歌は、心を込めて届けるものだ。恥だと言われようが、届けるまでやめる理由にはならない」


ツバキが、深く頷いた。「わっちも、そう思いんす」


「シルは」と俺が聞くと、シルが力強く頷いた。「んっ」


「ミレイは」


「わたし、頑張ります」


「レナは」


「言うまでもない」


レナが、剣の柄に手をかけながら、不敵に笑った。


「行くぞ」


俺は、サイリウムを掲げた。「北の大地に、コールを届けに」



翌朝、教会の前に、王都からの隊列が到着していた。馬車が三台、荷馬車が二台、護衛の騎士が十数名。北方への長旅を見越した、大掛かりな編成だった。


「見送りに来たぞ」


ガルドが、教会の前に立っていた。その後ろに、街の人々も、ちらほらと集まっていた。


「聖歌隊様、いってらっしゃいませ!」「無事のお帰りを、お待ちしております!」


推し護符を握りしめた子供たちが、こちらに手を振っていた。聖光棒を掲げる者もいた。


「……なんか、また凄いことになってるな」とレナが、苦笑いした。


「見送りだけでこの人数か」とミレイも、目を丸くしていた。


俺は、馬車に乗り込む前に、もう一度、教会を振り返った。修復された右腕のルミナ像が、朝の光に照らされて、静かに微笑んでいた。


「行ってきます」


俺は、それだけ言って、馬車に乗り込んだ。隊列が、ゆっくりと動き出した。


馬車の窓から見える景色が、少しずつ、緑から白へと変わっていった。石畳の道が、土の道になり、やがて針葉樹の森が両側に迫ってくる。空気が、日を追うごとに冷たくなっていった。


「寒くなってきたでありんすね」とツバキが、外套の襟を合わせながら言った。


「まだ序の口や」とゴエモンが言った。「北に行けば行くほど、もっと冷えるで」


シルが、窓の外に降り始めた小雪を見つめていた。息が、白く曇っていた。


俺は、その景色を眺めながら、心の中で呟いた。


(ルミナちゃん。北の大地にも、お前の光を届けてくるから)


サイリウムを、そっと握りしめた。まだ見ぬ、北方の民との出会いが、もうすぐそこまで近づいていた。


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