第49話:公式記念品、まさかの大ヒット
『推し護符』『聖光棒』『聖歌隊 応援布』——。
三つの記念品が、正式に売り出されたのは、それから五日後のことだった。
「売れ行きは、どうですか」
俺が聞くと、バルトロは満面の笑みで答えた。
「売れ行きも何も……聖下、これをご覧ください!」
バルトロが差し出した帳簿には、びっしりと数字が書き込まれていた。
「初日で、推し護符が三百個完売! 聖光棒が二百五十本! 応援布に至っては、追加生産が間に合わないほどでして!」
「……三百個」
「はい!」
「五日で、それだけ?」
「五日ではございません、聖下。**初日**でございます」
俺は、絶句した。
前世でいえば、これは、もう即完売の伝説イベントレベルだ。限定グッズが開店と同時に売り切れる、あの熱狂と同じものが、この異世界で、しかも自分たちの名前で起きている。
「二日目以降は、どうなったんですか」と俺は、恐る恐る聞いた。
「もちろん、追加生産いたしました! ですが、それもまた瞬く間に……。今では、隣町からも買い付けに来る方がいる始末でして」
「隣町から」
「はい。噂を聞きつけて、馬車で三日かけて来られた方もいらっしゃいました」
「三日……」
俺は、その距離を思い浮かべた。前世でいえば、わざわざ新幹線に乗って遠征してくるヲタクと同じだ。あの熱量を、こんなにも早く、この世界で目の当たりにするとは思っていなかった。
「ゴエモンさん、聞きましたか、これ」
俺が声をかけると、ゴエモンが荷車の脇でにやにやしていた。
「聞いたで。すごいもんやな、ほんまに」
「他人事みたいですね」
「他人事やないで。俺かて、ちょっと嬉しいわ。自分らが関わったもんが、こんだけの人に喜ばれとるんやから」
ゴエモンは、そう言いながら、応援布の一枚を手に取った。扇と椿の意匠を、指でそっとなぞる。
「ツバキの分、ようできとる」
「そう思いますか」
「思うで。あいつの雰囲気、よう捉えとる」
その言葉に、少し離れた場所にいたツバキが、耳を赤くしていた。聞こえていたらしい。
◇
街を歩くと、変化は一目瞭然だった。
推し護符を懐に忍ばせた老人。聖光棒を握りしめて走り回る子供たち。応援布を肩にかけた若い女性たち。
「これ、本当に俺たちが作ったやつなのか」とレナが、呆然とした顔で街を眺めていた。
「そうみたいだな」
「なんか、変な感じだ」
「分かる」
前世でも、応援していたグループのグッズを、街中で見知らぬ誰かが身につけているのを見ると、不思議な気持ちになったものだった。自分だけの推しだと思っていたものが、実は多くの人に届いている——その事実に、嬉しさと、少しの寂しさが同時に湧いてくる。
「わっちの意匠の布、あちらに」
ツバキが、指差した先に、扇と椿の模様の布を身につけた女性がいた。
「……不思議な心地でありんす」
「悪い気分か」
「いいえ」ツバキは、首を振った。「むしろ、誇らしいでありんす。わっちの名が、この地の方々の暮らしに、少しでも溶け込んでいるということでありんすから」
シルも、光る棒を持った子供たちを見て、耳をぴんと立てていた。サイリウムを抱きしめる手に、少し力がこもっていた。
「みんな、たのしそう」
「そうだな」
ミレイが、魔法陣の意匠が入った布を持つ若者を見つけて、思わず駆け寄っていた。
「あの、それ……」
「あ、これですか? 推し護符とお揃いで買ったんです! この魔法陣の意匠、格好いいですよね!」
「そ、そうですか……」ミレイの顔が、みるみる赤くなっていった。「ありがとうございます……」
若者が去ったあと、ミレイは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「……わたし、今、なんか、変な汗をかいてます」
「緊張したのか」
「はい……でも、悪い緊張じゃないです。なんというか……」
ミレイは、少し照れたように笑った。
「頑張ってきてよかった、と思いました」
その言葉に、俺は少し胸が温かくなった。
◇
だが、良いことばかりでもなかった。
「聖下! 次はぜひ、こちらも!」
バルトロが、新しい設計図を広げた。目が、これまで以上に輝いていた。
「聖歌隊様の等身大の人形、いかがでしょう! 街の広場に飾れば、それはもう大変な話題になること請け合いです! いや、それだけでなく、各家庭に一体ずつ置いていただければ、毎日聖歌隊様のお姿を拝めるという寸法で……!」
「等身大の人形」
「はい! これがまた飛ぶように……」
「待て」
俺は、その設計図を、そっと押し戻した。
「なんでしょう」
「言っただろ、本質を見失うな」
「見失っておりません! むしろ本質のど真ん中を突いているかと!」
「それは違う」
俺は、静かに、でもはっきりと言った。
「グッズは、応援したい気持ちを形にするための道具だ。金儲けが目的になったら、それは本質からズレる」
バルトロが、ぴたりと動きを止めた。
「……厳しいお言葉ですねぇ」
「厳しくない。当たり前のことだ」
「儲かる話でも、駄目なんですか」
「儲かる話だからこそ、駄目だ」
俺は、バルトロの目を見た。
「今、みんなが記念品を買ってくれてるのは、聖歌隊を応援したいからだ。その気持ちに、余計なものを乗せるな」
バルトロは、しばらく黙っていた。
それから、深く息を吐いた。
「……申し訳ございません。少し、浮かれておりました」
「分かればいい」
「聖下は、本当に、変わった商売相手ですねぇ」
「よく言われる」
バルトロが、力なく笑った。それから、設計図を丸めて、荷車の奥にしまい込んだ。
「等身大人形は、封印いたします」
「賢明な判断だ」
◇
その夜、教会の座敷で、フィリアが一人、記念品の売上帳を眺めていた。
「フィリアさん」
俺が声をかけると、フィリアは、はっとした顔で振り返った。
「アキ様……お疲れ様です」
「何を見てたんだ」
「売上の記録です。今日の分を、まとめておりました」
フィリアは、そう言って、また帳簿に目を落とした。
だが、その目は、数字を追っているようで、どこか別のことを考えているようにも見えた。
「フィリアさん」
「はい」
「最近、何か気になることでもあるのか」
フィリアの手が、一瞬止まった。
「……なぜ、そのように」
「なんとなく」
フィリアは、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「……ツバキさんの意匠の布が、街の方々に大変喜ばれていて」
「そうだな」
「わたくしは、それを見て……嬉しかったのです。仲間の活躍が、こうして人々に届いているのですから」
「うん」
「でも」
フィリアの声が、少し小さくなった。
「同時に、何か、胸の奥が、ちくりとする瞬間があって」
俺は、黙って聞いていた。
「それが、何なのか、まだよく分からないのです。ツバキさんを妬んでいるのか、それとも……」
フィリアは、そこで言葉を止めた。
「それとも?」
「……分かりません」
フィリアは、首を振った。
「ただ、これは対抗心なのだろうか、と、最近よく考えます。でも、対抗心という言葉だけでは、うまく言い表せない何かがある気がして」
俺は、少し考えてから言った。
「無理に言葉にしなくていいと思う」
「……よろしいのですか」
「気持ちって、そんなにすぐ、綺麗な言葉にならないものだろ」
フィリアは、俺を見た。
「アキ様も、そう思われますか」
「前世でも、そういうことはよくあった。何か引っかかってるのに、それが何か分からない。無理に名前をつけようとすると、逆に嘘っぽくなる」
フィリアは、しばらく俺の顔を見ていた。
それから、小さく微笑んだ。
「……そうですね。もう少し、自分の心と、向き合ってみます」
「そうしてくれ」
フィリアは、また帳簿に視線を戻した。
だが、その横顔は、さっきより少しだけ、柔らかくなっていた。
◇
数日後、王宮からの使者が、再び教会を訪れた。
「聖下、北方への出発の準備が整いました。三日後には、王都から出立の隊列が組まれる予定です」
「……もう、そんな時期か」
俺は、教会の外を見た。
記念品を持った街の人々が、今日も楽しそうに行き交っていた。
「行くのか、本当に」とレナが、隣で聞いた。
「行く」
俺は、サイリウムを、そっと握った。
「ルミナちゃんの布教は、まだまだ終わらない」
北の大地には、どんな現場が待っているのか。
まだ、想像もつかなかった。
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