第48話:行商人バルトロ、口八丁で乗り込んでくる
「では、単刀直入に申し上げます」
バルトロは、荷車を教会の庭に停めると、両手を揉み合わせながら切り出した。
「聖歌隊様のお名前で、正式な記念の品を、お作りになりませんか」
「記念の品、ですか」とミレイが、警戒した顔で言った。
「はい! 今、街で出回っているものは、正直に申しますと、品質がまちまちでしてね。彫りが甘いもの、色が剥げやすいもの、中には形すら怪しいものまであります」
バルトロは、荷車から一つの木彫りを取り出した。
「これなど、ご覧ください」
その木彫りは、確かにひどかった。女神像のつもりらしいが、顔の造形が完全に崩壊している。目の位置が左右で明らかに違い、口元が異様に大きい。
「……これ、ルミナちゃんか?」
「そのつもりで彫ったそうです」
「……気持ちは伝わるけど」
「でしょう? 気持ちは本物なんですよ。ただ、腕が追いついていない」
バルトロは、その崩壊した木彫りを、そっと荷車に戻した。
「わたくしは、これまで王国中を回って商売をしてきました。腕のいい職人も、質のいい材料も、どこで手に入るか知っております。ですから」
バルトロは、俺を見た。
「聖歌隊様の名に恥じない、ちゃんとしたものを作らせていただきたい」
◇
俺は、しばらく黙って、その男を見ていた。
軽薄で、金の匂いに敏感で、明らかに商魂たくましい。
だが、さっきの崩壊した木彫りを扱う手つきが、意外にも丁寧だった。金にならない不良品なら、投げ捨てても不思議じゃないのに、そうしなかった。
「一つ、条件がある」
「なんなりと!」
「作るなら、本気で作れ。適当なものは絶対に出すな」
「もちろんです!」
「それと」
俺は、荷車の光る棒を手に取った。
「これ、サイリウムに似せてるけど、俺のとは別物だ。同じものだと誤解されるような売り方はするな」
「と、申しますと?」
「俺のサイリウムは、この世界のマナと同期して、勝手に光ってる。これは、発光石を仕込んで光らせてるだけだろ」
「その通りでございます」
「なら、それを正直に言え。『聖下の光を模したもの』として売れ。『同じ力がある』とは、絶対に言うな」
バルトロは、少し驚いた顔をした。
「……よろしいのですか? 『聖下と同じ力が宿る』と謳ったほうが、遥かに高く売れますが」
「売れなくていい」
俺は、はっきりと言った。
「嘘をついて売ったものは、いつか必ず、応援してくれてる人を裏切る。そういうのは、ヲタ活じゃない」
バルトロが、ぽかんとした顔で俺を見ていた。
それから、ゆっくりと、口の端を上げた。
「……いやはや。商人を三十年やっておりますが、そんなことを言う方は初めてですよ」
「そうか」
「面白い。実に面白い」
バルトロが、深々と頭を下げた。
「その条件、お受けいたします」
◇
こうして、公式の記念品計画が始まった。
問題は、そこからだった。
「では、まず商品名を決めましょう!」
バルトロが、意気揚々と羊皮紙を広げた。
「名前が肝心なんです、商売は! 人の心を掴む、覚えやすくて、ありがたい響きの名前が必要でして!」
「なるほど」
「アキ様、わたくしに案がございます!」
フィリアが、勢いよく手を挙げた。
俺は、嫌な予感がした。
「どうぞ」
「『御・他・活・成就 護符』でいかがでしょう!」
「長い」
「では『ワシンジ聖護符』は」
「まだ長い」
「『ワシンジ護』」
「なんか呪われそうだな」
バルトロが、目を輝かせながら口を挟んだ。
「いえいえ、聖下! むしろ長くて、意味の分からない、ありがたそうな名前のほうが売れるんですよ!」
「そうなのか?」
「はい! 人はですね、意味が分からないものほど『きっと凄いものに違いない』と思うのです!」
「……前世でも、それは、まあ、あったな」
そういえば、意味不明な横文字を並べた化粧品ほど高く売れる、という話を聞いたことがある。異世界でも人間の心理は変わらないらしい。
「では、フィリア様の案を採用いたしましょう!」
「待ってくれ」
「はい?」
「意味不明で売れるのはいいが、意味が間違ってるのは駄目だ」
「と、申しますと」
「『御他活』ってのは、フィリアさんの独自解釈なんだ。俺が言った『ヲタ活』とは、そもそも意味が違う」
「では、正しい意味とは?」
「推しを応援する活動のことだ」
バルトロとフィリアが、同時にきょとんとした顔をした。
「……推し?」
「心から応援したい誰かのことだ」
その言葉に、バルトロが「ほう」と唸った。
「それはまた……いい言葉ですねぇ」
「そうか?」
「ええ。人が金を払うのは、結局のところ『応援したい』という気持ちのためですから。それを表す言葉があるというのは、実に商売向きです」
「商売向きって言われると、ちょっと引っかかるな」
「褒め言葉です」
◇
商品名の議論は、その後も一時間ほど続いた。
最終的に決まったのは、こうだった。
木彫りのお守り——『推し護符』
光る棒——『聖光棒』
刺繍布——『聖歌隊 応援布』
「ちょっと安直じゃないか、これ」と俺は言った。
「安直が一番でございます!」バルトロが、力強く頷いた。「覚えやすく、口に出しやすく、意味が分かる。これに勝るものはありません!」
「フィリアさんの案は、どこ行った」
「……わたくしの案は、少々凝りすぎていたようです」フィリアが、しょんぼりと肩を落とした。
「まあ、また次の機会に」
「次があるのですか!?」
「作るものは、まだいくらでもある」
フィリアの目が、また輝いた。この人、切り替えが早い。
◇
次は、デザインの話になった。
「では、各メンバー様のご意匠を決めていきましょう!」
バルトロが、羊皮紙を広げた。
「レナ様は、剣のご意匠でよろしいですか」
「あたしはなんでもいい」とレナが、腕を組んだまま答えた。
「では、大剣を交差させた紋章で」
「……交差?」
「かっこいいでしょう?」
「……まあ、いいんじゃないか」
レナの耳が、少しだけ赤くなっていた。まんざらでもないらしい。
「ミレイ様は、魔法陣のご意匠で」
「わ、わたしですか」ミレイが、慌てた顔をした。「そんな、わたしなんて……」
「何を仰いますか! 空砲のミレイ様から、届ける声のミレイ様へ! その成長物語こそが、皆様の心を打つのです!」
「な、なんでそんなことまで知ってるんですか!?」
「商人の情報網は、王宮の密偵より広いのですよ」
バルトロが、にやりと笑った。恐ろしい男だった。
「シル様は、光のご意匠でよろしいですか」
シルが、こくりと頷いた。それから、地面に指で文字を書いた。
「サイリウム、いれてほしい」
「おお、素晴らしいご要望! サイリウムを中心に、光が広がる意匠で!」
「ツバキ様は……」
「わっちは、扇でお願いいたしんす」とツバキが答えた。
「では、扇と椿の花を組み合わせた意匠で!」
「椿の花」
「ツバキ様のお名前から。粋でしょう?」
ツバキが、少しだけ目を見開いた。
「……悪くありんせん」
その口元が、わずかに緩んでいた。
◇
「では、アキ様のご意匠は」
バルトロが、俺を見た。
「俺のは要らない」
「え?」
「俺はプロデューサーだ。表に立つのは、こいつらだ」
その言葉に、メンバー全員がこちらを見た。
「……アキ様」とフィリアが、何か言いたそうな顔をした。
「なんだ」
「いえ……なんでもありません」
バルトロが、しばらく俺を見てから、頷いた。
「かしこまりました。ですが」
「ですが?」
「街の方々は、聖下の意匠も欲しがると思いますよ。断言いたします」
「そうか?」
「商人の勘です。これは外れたことがありません」
俺は、少し考えてから、答えた。
「……もし本当に欲しがる人がいたら、その時考える」
「かしこまりました」
バルトロは、羊皮紙を丸めながら、満足そうに笑っていた。
その顔を見て、俺は思った。
この男、口は軽いが、意外と、仕事はちゃんとするのかもしれない。
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