第47話:これは、何のお守りですか
坂を下りたところに、露店が並んでいた。
正確には、昨日から気になっていた。教会の周りに、いつもより多くの物売りが出ている。旅の疲れも癒えないうちから、朝食もそこそこに、俺は様子を見に行くことにした。
「アキ様、これを」
フィリアが、興奮した様子で駆け寄ってきた。手には、木彫りの小さな女神像を持っている。
「これは」
「露店で売られておりました。『聖歌隊お守り』と称して」
「聖歌隊……お守り」
俺は、その木彫りを手に取った。
素朴な作りだった。粗削りだが、丁寧に彫られている。台座には「光の女神ルミナ聖歌隊」という文字が刻まれていた。手のひらに収まるほどの小ささなのに、彫り師の思い入れが伝わってくるような仕上がりだった。
「誰が作ったんだ、これ」
「街の職人のようです。詳しく聞いてみましょう」
俺たちは、坂の下の露店に向かった。
◇
露店は、思ったより数が多かった。
一つは木彫りのお守りを売る店。一つは、聖歌隊メンバーの似顔絵を刺繍した布を売る店。そして、教会前で見つけたものと似た、光る木の棒を売る店もあった。
「あの、すみません」
俺が声をかけると、店主の中年男が振り返った。
「おや、これはこれは! 聖下ではありませんか!」
「これ、勝手に作って売ってるんですか」
「勝手だなんて、とんでもない!」男は、大慌てで首を振った。「街のみんなで、聖歌隊様への感謝の気持ちを込めて作ったんですよ! 邪神教団から街を……いや、王妃様のご快癒から始まって、今度は異国の女神様まで……こんな凄いことをしてくださった方々に、何かお礼をしたくて」
「……そうだったんですか」
「もちろん、ちゃんとした許可もいただかず、申し訳ございません! でも、これがまた飛ぶように売れるもので……街の外から来た旅人たちも、面白がって買っていくんです」
俺は、光る木の棒を手に取った。
木彫りの棒の先端に、小さな発光石の欠片が埋め込まれている。振ると、ぽうっと淡い光が灯った。
「……サイリウム、意識してますよね、これ」
「はい! 聖下がいつも掲げているあの光る杖を真似て、子供たちが作り始めたのがきっかけで」
「杖じゃなくて、サイリウムです」
「サイリウム! なるほど、正式な名があったのですね!」
俺は、その光る棒を眺めた。
前世の記憶が、じわりと蘇ってくる。
ライブ会場の外に並ぶ、公式グッズ売り場。ペンライト。缶バッジ。うちわ。タオル。応援シャツ。ブロマイド。
推しの武器は、単なる商品じゃない。ファン同士を繋ぐ、大切な媒介だった。会場で同じ色のペンライトを振る、あの一体感。あれもまた、ヲタ活の一つの形だった。
(……これ、ちゃんとやったら、面白いことになるんじゃないか)
心の中で、何かが、静かに動き出した。
◇
「アキ様、いかがなさいましたか」
フィリアが、俺の顔を覗き込んだ。
「いや、なんでもない。ちょっと考えごとをしてただけだ」
「考えごと……もしや、これもワシンジの深い教えに関することでしょうか」
「違います」
「では、この木彫りのお守りは、ワシンジ的にはどう解釈すればよろしいのでしょうか」
「解釈しなくていいです」
「いいえ、解釈します」
フィリアは、羊皮紙を広げて、勝手に書き始めた。
「『聖なる意匠を模した護符』……これはすなわち、信徒が己の信仰心を形に残そうとする、極めて自然な営みであり……つまり、これぞ『公式ワシンジ護符』と呼ぶべきものであると……!」
「公式にしないでください、勝手に」
「もう遅うございます、アキ様。わたくし、既に商人組合に話を通してしまいました」
「え」
「昨日のうちに、露店の元締めの方と話をつけて参りました。『公式ワシンジ教典の品』の展開について……!」
「フィリアさん、いつの間にそんな暴走を」
「昨晩、アキ様がお休みになっている間に、いても立ってもいられず……!」
俺は、頭を抱えた。
だが、頭を抱えながらも、心のどこかで、これは面白いことになりそうだ、という予感があった。
◇
「アキ様、ご覧ください!」
フィリアが、羊皮紙に描いた設計図を広げた。
「これが、公式記念品第一弾の草案でございます!」
そこには、木彫りのお守り、光る棒、刺繍布、それぞれのデザイン案が、几帳面な文字と共に描かれていた。
「刺繍布のデザインは……レナさんは剣を模した意匠、ミレイさんは魔法陣、シルさんはサイリウムの光、ツバキさんは扇でどうかと」
「案外ちゃんと考えてるな」
「わたくし、こういうことは得意なのです」
フィリアが、少し胸を張った。
「それで、お守りの文言なのですが」
「文言?」
「『御・他・活・成就』というのはいかがでしょう。ワシンジの根本理念である『他者のために己を尽くす誓い』を、簡潔に表現できるかと」
「そのネーミングセンス、どこから来るんだ……」
「アキ様のお言葉を参考にしております」
「俺、そんなこと言ってない」
「言っておられました。『ヲタ活とは、他者のために己の全力を尽くす、崇高な誓い』であると」
「言ったけど、それとは違う……いや、まあ、いいか」
俺は、その羊皮紙を、もう一度見た。
正直、フィリアの誤訳センスは相変わらずめちゃくちゃだった。でも、根っこにある「聖歌隊を応援したい」という気持ちは、間違いなく本物だった。
前世のグッズ展開だって、最初はこういう、ファンの手作りから始まったものが多かった。
「よし」
俺は、頷いた。
「やるか、これ」
「本当ですか!?」
「ただし、ちゃんと考えてやる。適当にはしない」
「もちろんです……!」
フィリアが、目を輝かせた。
◇
「で、これからどうするんですか」とレナが、腕を組んで聞いた。
俺たちは、教会の庭に集まっていた。フィリアの設計図を囲んで、みんなで相談していた。
「まず、ちゃんとしたグッズを作る。今の手作りのやつは、正直出来にバラつきがある」
「出来って……」ミレイが、苦笑いした。「アキ様、そういうところ本気なんですね」
「本気だ。中途半端にやったら、応援してくれてる人たちに失礼だろ」
「……まあ、それは、そうかもしれないです」
シルが、光る木の棒を手に取って、じっと見つめていた。それから、こくりと頷いた。
「いいと、おもう」
「シルもか」
ツバキが、刺繍布のデザイン案を見て、少し照れたように言った。「わっちの意匠が、扇とは……なかなか粋な思いつきでありんすね」
「フィリアさんのセンスは侮れない」
「いつもの解釈は暴走してますが、こういう時は的確なんだな」
「フィリアさん、聞こえてます」
「聞こえてもいいです」
その時。
坂の下から、聞き覚えのない、やけに調子のいい声が響いてきた。
「おやおや、こちらに聖歌隊様がいらっしゃると聞いて参りましたよ!」
俺たちは、一斉にその声の方を見た。
坂道を、小柄な男が、やたら軽い足取りで登ってくるところだった。
派手な色合いの服、荷車いっぱいの商品、そして、如何にも「儲け話がありますよ」という顔。荷車には、木彫りのお守りや光る棒が山のように積まれていた。露店で見たのと、明らかに同じ品だった。
「初めまして! 行商人のバルトロと申します!」
男は、満面の笑みで、俺たちの前に立った。両手を揉み合わせながら、値踏みするような目で俺たちを見回している。
「聖歌隊様の記念の品の展開、儲かる話だと小耳に挟みまして……ぜひ、わたくしめにも一枚噛ませていただけないかと!」
俺とレナは、同時に顔を見合わせた。
「……なんか、来たな」
「来たな」
「あの荷車、もしかして」とミレイが、荷車を指差した。
「あの露店の商品、あの人が卸してたんじゃないでしょうか」
「……図星っぽい顔してるな」
バルトロは、指摘されても悪びれもせず、にこにこと笑っていた。むしろ「よく気づきましたね」とでも言いたげな顔だった。
フィリアが、羊皮紙を握りしめながら、値踏みするような目でバルトロを見た。
「アキ様、この方、信用できるのでしょうか」
「分からん」
「分からないのですか」
「見た目は胡散臭いことこの上ないが、まあ、話くらいは聞いてみるか」
俺は、バルトロに向き直った。
「一つ聞きたいんだが」
「なんなりと!」
「あんた、聖歌隊のことをどれくらい知ってる」
バルトロは、ぴたりと動きを止めた。
それから、少し考える顔をしてから、答えた。
「正直に申しますと……儲かりそうだ、というのが最初のきっかけでした」
「正直だな」
「ですが」バルトロは、荷車の上のお守りを一つ手に取った。「これを作った街の職人たちの顔を見ましてね。みんな、本当に嬉しそうに彫っておりました。ああいう顔を見ると、こちとら商売人でも、ちょっとばかり心が動くもんでして」
その言葉に、少しだけ、噓がないように聞こえた。
「まあ、それでも半分は金儲けが目的なのは、否定しませんがね」
「正直すぎるだろ」
「正直者が、一番信用されるんですよ、この商売」
バルトロが、にっと笑った。
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