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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第4章「凍える大地に、コールは届くか」

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第46話:ただいま、ギルバート

ヤマトから船で二日、王都から馬車で半日。


長い旅路の果てに、見慣れた教会の尖塔が見えてきたとき、俺は思わず声を漏らした。


「……帰ってきたな」


隣で馬車に揺られていたレナが、窓の外を見て頷いた。


「ギルバートだ」


「懐かしいです……」とミレイが、窓に頬を寄せながら呟いた。「魔術学校にも、しばらく顔を出していませんでした」


「あたしもだ」とレナが言った。「随分長い旅だった気がする」


「まあ、二月近く旅をしとったんやから、そら長いわな」とゴエモンが伸びをしながら言った。「せやけど、俺にとってはこっちの景色、全部初めてやから、逆に新鮮やわ」


「ゴエモンさんは、エルドラドは初めてでしたね」と俺は言った。


「せやで。石造りの街いうんは、ヤマトにはあらへんからな。見るもの全部珍しいわ」


シルが、窓に張り付くようにして外を見ていた。サイリウムを両手で抱えたまま、耳がぴんと立っている。


「みんな、げんき?」


「元気だといいな」


俺は、窓の外に流れる景色を見た。


見慣れた石畳の道、見慣れた畑、見慣れた城壁。前世の言葉でいえば、実家に帰ってきたときの、あの安心感に似ていた。


ただ、その安心感は、教会の坂道に差し掛かった瞬間、粉々に砕け散ることになる。



「な……」


俺は、絶句した。


教会前の広場に、人だかりができていた。


それも、尋常な数ではなかった。少なく見積もって百人、いや二百人はいるだろうか。広場からあふれた人々が、坂道の下まで列を作っていた。


「な、なんですかこれ……!」とミレイが目を丸くした。


「フィリアさん、これは」


「わ、わたくしにも……分かりません……!」


馬車が近づくにつれ、人々がこちらに気づき始めた。


「あ……あれは……!」「聖歌隊だ……! 聖歌隊が帰ってきたぞ……!」「聖下……! 聖下がお戻りに……!」


歓声が、一気に膨れ上がった。


「「「お帰りなさいませ、聖歌隊様――――!!!」」」


その声量に、馬車が揺れるかと錯覚するほどだった。


俺は、窓に張り付いて、その光景を見た。


前世でいえば、これは、もう凱旋ライブの規模だ。国内ツアーから帰ってきたトップアイドルが空港に到着したときの、あの熱狂そのものだった。


「……なんでこんなことになってるんだ」


「アキ様の武勇伝が、この二月で王国中に広まったのだと思います」とフィリアが震える声で言った。「王妃陛下のご快癒、邪神教団の撃退、そしてヤマトでの……その、女神様の再臨まで……!」


「まさか、そこまで広まってるとは……」


「ワシンジの噂というのは、想像以上に速く伝わるものなのです……!」


「いつもの解釈だな」


「今回は本当のことだと思います……!」


馬車が、教会の前で停まった。


扉が開いた瞬間、歓声が爆発した。



「聖下ー!」「レナ様ー!」「ミレイ様、お帰りなさーい!」「あ、新しい方だ……! あの着物の方、どなた……!?」


俺たちが馬車から降りると、人々が我先にと近づこうとして、慌てて設置された縄の柵に押し戻されていた。柵まで用意してあるあたり、この熱狂は今日始まったものではないのだと分かった。


ツバキが、その光景に少し圧倒された顔をしていた。「……これが、聖歌隊というものの、日常でありんすか」


「いつもはこんなじゃない」と俺は正直に言った。「多分、今日が特別だ」


「特別、でありんすね」


「たぶん」


ツバキは、教会や周囲の石造りの建物を見渡した。「それにしても、瓦屋根の宵ノ國とは、まるで違う眺めでありんすね。この石造りの街並みも、悪くありんせん」


ゴエモンが、辺りを見回しながら「けったいな熱気やな……」と呟いていた。


その時、人だかりをかき分けて、白髪の老人が現れた。


「お前さんたち……!」


「ガルドさん!」


俺は、思わず駆け寄った。


ガルドは、いつもの穏やかな顔で、俺たちを見ていた。目が、少し潤んでいた。


「よう、無事に帰ってきたのう」


「留守中、大変だったんじゃないですか」


「大変というか……」ガルドが、苦笑いした。「毎日、教会に人が押し寄せての。祈りに来る者、噂を聞きに来る者、単に見物に来る者。椅子の数が全然足りんくなった」


「すみません、ご迷惑を」


「迷惑なものか」ガルドは、首を振った。「ルミナ様の教えが、これほど多くの人の心に届いておるということじゃ。喜ばしいことじゃよ」


ガルドは、そこでツバキとゴエモンに目を向けた。


「して、こちらの御二方は」


「ツバキさんと、ゴエモンさんです。ヤマトで仲間になりました」


「よろしくお願いいたしんす」とツバキが、深く頭を下げた。


「よろしゅうな、爺さん」とゴエモンが、軽く手を上げた。


ガルドは、二人を見て、目を細めた。


「また、賑やかになったのう」


「賑やかすぎるくらいです」とミレイが、少し疲れた顔で言った。


「それがええんじゃよ」ガルドは、そう言って、笑った。「一人より、二人。二人より、大勢。ルミナ様も、きっとお喜びじゃ」


俺は、教会を見上げた。


修復した右腕のルミナ像が、以前と変わらず、静かに微笑んでいた。だが、その周りには、以前よりずっと多くの花や供物が置かれていた。


「……すごいことになってるんだな、本当に」


「お前さんのおかげじゃ」


「みんなのおかげです」


ガルドが、また目を細めて笑った。



その日の夜、教会の座敷で、久しぶりの食事会が開かれた。


シチューとパン、いつものメニューだったが、いつもより品数が多かった。ガルドが「今日くらいは奮発せんとな」と、街の市場で買い出しをしてきたらしい。


「それで」と俺は、食事の合間に切り出した。「留守中、他に何かありましたか」


「そういえば」とガルドが、少し考える顔をした。「ここ最近、王宮からの使者が何度も来ておってな。お前さんが戻ったら、すぐに知らせてほしいとのことじゃった」


「何の用でしょうか」


「そこまでは、儂には分からんかった。ただ、随分と急いでおる様子じゃったよ」


その言葉の直後だった。


教会の外から、馬の蹄の音が聞こえてきた。


「まさか」とフィリアが呟いた。


扉が開き、見覚えのある近衛騎士の一人が姿を現した。


「聖下、突然の訪問をお許しください。国王陛下より、火急のご用向きがございます」


俺は、レナと顔を見合わせた。


「帰ってきて早々か」


「らしいな」


「陛下は、聖下がお戻りになり次第、王宮にてお目にかかりたいと仰せです」と騎士が言った。「明朝、お迎えの馬車を差し向けますので、どうかご都合をつけていただけますでしょうか」


「分かりました。行きます」



翌朝、俺たちは王宮へ向かった。


謁見室に足を踏み入れると、以前と変わらない、荘厳な空気が漂っていた。玉座には国王が座り、その傍らにヴァルターが控えている。


「聖下、よくぞ戻った」


国王の声が、謁見室に響いた。


「ヤマトでの働き、王都まで轟いておる。王妃の恩人として、そしてルミナ教の聖下として、心から労いたい」


「ありがとうございます」


「早速本題に入る。休む間もなく申し訳ないが、新たな任がある」


国王が、一枚の地図を広げさせた。エルドラド王国の北方に広がる、広大な土地が示されていた。


「北方の部族連合だ。これまで我が国とは、ほとんど国交がなかった」


「国交が、ない……」


「うむ。あの地は長老会議による部族連合制を敷いており、他国との関わりを極端に避けてきた。だが、最近になって、彼らの方から接触があった」


「接触、というのは」


「北方でも、ルミナ教とヤマトでの奇跡の噂が届いているようだ。詳しい経緯は分からぬが、同盟の可能性を探りたいという打診があった。願ってもない好機だ」


国王は、こちらをまっすぐに見た。


「聖歌隊を、北方へ派遣してほしい。同盟締結の橋渡しとして」


俺は、その地図を見た。


針葉樹の森、その奥に広がる雪原地帯。ヤマトとは、まるで違う土地だった。


「厳格な戦士の文化を持つ地と聞いております」とヴァルターが補足した。「感情を昂らせることを、軟弱と見なす気風があるとか」


「厳格な戦士の文化……」


ツバキが、少し不安そうな顔をした。「わっちの歌、届くでありんしょうか」


「行ってみないと分からない」と俺は言った。


でも、心の中では、既に何かが動き出していた。


ヤマトを踏破し、今度は北の大地。ルミナちゃんの布教は、まだまだ終わらない。


「分かりました。行きます」


国王が、深く頷いた。


「頼んだぞ、聖下」



謁見を終えて、教会に戻った俺たちは、庭に集まった。


「行くぞ」


俺は、サイリウムを取り出した。


永久機関のオレンジの光が、夕暮れの庭に重なった。


「三箇所目の現場だ」


レナが、小さく笑った。「またか」


「またです」とミレイが、諦めたような、でも少し楽しそうな顔で言った。


シルが、こくこくと頷いた。


ツバキが、深呼吸をしてから、静かに言った。「わっちも、参ります」



翌朝、俺は一人で教会の前に出た。


坂道の下に、まだ昨日の熱狂の余韻が残っていた。花や供物が、教会の周りにたくさん置かれている。


その中に、見慣れないものが混ざっていた。


小さな木の棒に、布切れを巻きつけたもの。よく見ると、聖歌隊の紋章らしきものが描かれていた。


「……これは」


俺は、それを手に取った。


サイリウムに、似せて作られたもの、なのだろうか。


「アキ様、それは」


後ろから来たフィリアが、俺の手元を覗き込んだ。


「なんでしょうか、これ」


「さあ」


俺は、その手作りの棒を、しばらく眺めた。


前世でいえば、これは、まさに「グッズ」だった。


前世のヲタクたちが作っていた、応援うちわや、手作りのサイリウム風の光る棒。あれと、同じ匂いがした。


「……これ、誰が作ったんだろうな」


「街の方々でしょうか」


「かもな」


俺は、その棒を、そっと懐にしまった。


フィリアが、隣で静かに、教会の周りに置かれた花や供物を眺めていた。その中には、ツバキ宛てと思しき小さな贈り物もあった。「異国の歌姫様へ」と書かれた木札が添えられている。


フィリアは、それを見て、少しだけ視線を落とした。


「フィリアさん?」


「……いえ、なんでもありません」


フィリアは、すぐにいつもの調子に戻って、羊皮紙を広げ始めた。


「これはワシンジにおける『信徒からの奉納』の一種と考えられます……! 記録しておかなければ……!」


「いつもの解釈だな」


「いつものです……!」


その様子に、俺は少しだけ引っかかりを覚えたが、今はまだ、それが何なのか分からなかった。


何かが、始まろうとしている予感がした。


北方への旅と、もう一つ。


まだ形になっていない、何かが。


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