第45話:俺たちのワールドツアーは、まだ二箇所目だ
決戦から、一週間が経った。
ヤマトの各地に、光の女神ルミナと聖歌隊の噂が広まっていた。宵ノ國はもちろん、ミカドの御所からも、正式な感謝状が届いた。
エルドラド王国からも、国王直筆の親書が届いた。
『聖下の武勇伝、王都まで轟いている。ヤマトとの友好、そしてルミナ教の名声、両方とも大きな成果である。ゆっくり休むといい』
「陛下、前は問答無用で国教化を決めてきたのに、今回はえらく気を遣ってくれるんだな」と俺は呟いた。
「昔から、根はお優しい方ですよ」とフィリアが言った。「表現が独特なだけで」
「独特すぎて伝わらなかっただけかもな」
宵ノ國の茶屋の座敷で、俺たちはようやく落ち着いた時間を過ごしていた。畳に寝転がったミレイが、「肩が凝りました……」と呟きながら、伸びをしていた。レナは、縁側で刀の手入れをするゴエモンを、興味深そうに眺めていた。シルは、ツバキの隣で、地面ではなく紙に文字を書く練習をしていた。ツバキが、一文字ずつ、丁寧に教えていた。
その光景を見ながら、俺は、この数ヶ月の旅を振り返っていた。ギルバートの小さな教会から始まった聖歌隊が、今では二つの国を巻き込む規模になっている。ヲタ活の力は、想像以上だった。
◇
「アキ様」
ツバキが、正座をして、俺の前に座った。
「改めて、お礼を言いたいのでありんす」
「礼なら、もう十分もらってる」
「いいえ、まだでありんす」
ツバキは、深く頭を下げた。
「わっちに、心を込める歌を教えてくださり、ありがとうございんした。そして、わっちの過去を、聞いてくださり」
「過去?」
「歌巫女として生まれ育った、あの息苦しさをでありんす」
ツバキが、顔を上げた。その目に、迷いはなかった。
「わっちは、これからも、あなた様たちと共に、世界中に歌を届けたいありんす」
「もう仲間だろ、それ」
「改めて、言いたかったのでありんす」
俺は、少し笑った。
「なら、これからもよろしく頼む」
「はい」
◇
「アキ」
ゴエモンが、刀を担ぎながら、隣に座った。
「俺も、一つ言うとかなあかんことがあるわ」
「なんですか」
「次、どこ行くんや」
「まだ決めてないです。ルミナちゃんの布教は、まだヤマトとエルドラドの二箇所だけなんで」
「ほな、俺も付いていったるわ」
俺は、ゴエモンを見た。
「いいんですか」
「ええも何も、もう決めとる」ゴエモンは、にやりと笑った。「お前らみたいな、けったいで面白い連中、他におらんしな。それに」
「それに?」
「守るって決めた奴らを、途中で放り出すわけにはいかんやろ」
その言葉に、レナが小さく笑った。
「なんや、笑うなや」
「いや、お前らしいと思って」
◇
「アキ様……!」
フィリアが、羊皮紙の束を抱えて、こちらに来た。
「今回の記録、まとめました……! ヤマトでの布教活動、邪神教団との死闘、太陽神教との和解、そしてルミナ様の再臨……全て、後世に語り継がれるべき偉業です……!」
「いつもの解釈だな」
「今回は、盛ってません! 本当に凄いことだったんですから!」
「珍しく強く言うな」
「当然です! だって……」
フィリアが、少し言葉を止めた。
「わたくしにとっても、忘れられない旅になりましたので」
その声のトーンが、いつもより、少し違っていた。
俺は、少しだけ、フィリアの顔を見た。
「フィリアさん、大丈夫か」
「え? は、はい、大丈夫です」
フィリアが、慌てたように羊皮紙を抱え直した。
「なんでもありません! それより、次の目的地についてですが!」
「ああ」
フィリアの様子が少し気になったが、今は聞かないでおいた。
◇
その夜、聖歌隊全員で、宵ノ國の広場に集まった。
「これから、どうしたい?」
俺は、みんなに聞いた。
レナが、最初に口を開いた。
「もっと強くなりたい。剣も、歌も」
「歌?」
「センターとして、もっと歌えるようになりたい。今のままじゃ、まだ足りない」
ミレイが、続いた。
「わたしは、もっと遠くまで届けたいです。ヤマトでの経験で、少し自信がつきました」
シルが、地面に文字を書いた。
「もっと、たくさんのひとに、きいてほしい」
ツバキが、静かに言った。
「わっちは、まだ知らない歌を、たくさん覚えたいでありんす。世界には、まだ知らない音楽があるはずでありんす」
俺は、全員の顔を見渡した。
それぞれが、この数ヶ月で、大きく変わった。レナは剣士から歌えるセンターへ。ミレイは空砲から届ける声を持つ者へ。シルは声を封じた少女から、みんなに気持ちを伝えられる歌い手へ。ツバキは技術だけの歌巫女から、心を込める歌い手へ。
まだ、みんな途中だ。でも、確実に、前に進んでいる。
「よし」
俺は、サイリウムを取り出した。
「世界はまだ広い。次の現場へ行くぞ」
「「「はい」」」「んっ」「ありんす」
俺は、夜空を見上げた。
「ルミナちゃんを、世界で一番の推しにするまで、止まらない」
サイリウムの光が、夜の宵ノ國に、静かに灯った。
◇
一人になった座敷で、フィリアは、羊皮紙に向かっていた。
でも、筆が、進まなかった。
(アキ様……)
今日のツバキとのやり取りを、思い出していた。
ツバキが、アキ様に向かって深く頭を下げる姿。アキ様が、それに柔らかく応える様子。
その光景を見たとき、フィリアの胸の中に、何か、小さな棘のようなものが刺さった。
(なんでしょう、これは)
自分でも、意味が分からなかった。
ツバキのことは、嫌いではない。むしろ、好ましい仲間だと思っている。
なのに、あの光景を見たとき、胸の奥が、ちくりとした。
(わたくしは……)
フィリアは、筆を置いた。
(アキ様……)
その名前を、心の中で呟くたびに、何かが、少しずつ、形になっていく気がした。
まだ、それが何なのか、はっきりとは分からない。
でも、確かに、何かが、動いていた。
◇
一人のヲタクの推し事が、世界の歴史を書き換えていく。
その旅は、まだ二箇所目を過ぎたばかりだ――。
第3章はここで終わりです。まだまだヲタ活布教は続きますので、お楽しみに!
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