第5話:お前らの詠唱(じゅもん)は長すぎる
渓谷の主であるミノタウロスを『ロマンス』で出禁にした俺とフィリアは、ついに大都会ギルバートへと到着した。
高くそびえ立つ城壁、行き交う多くの馬車、そして賑わう露店。まさにファンタジーの王都を思わせる大活気だ。
「ここがギルバートです、アキ様! さあ、まずは我が『光の女神ルミナ』の教会へ――」
フィリアが案内しようとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!
突如として、ギルバートの街の中心地から、禍々しい漆黒の魔力が噴出した。
見上げれば、天を覆うほどの巨大な魔法陣が展開されている。
「な、何ですかあれは……!? あの不吉な術式は、まさか邪教徒の――」
「ギャァァァァァォォォォォッ!!!」
魔法陣を突き破り、姿を現したのは、全身が黒い鱗に覆われた伝説の魔獣『暗黒竜』だった。
その巨体から放たれる圧倒的な絶望感。咆哮一発で周囲の建物が消し飛び、街の人々はパニックに陥って逃げ惑う。
「だ、ダークドラゴン!? 世界を滅ぼす災厄の獣が、なぜこんな場所に……! アキ様、大変です! 街の結界魔術師たちが総出で迎撃の詠唱を始めていますが、あの規模の魔獣相手では、詠唱が完了する前に街が焼き尽くされてしまいます!」
見れば、城壁の上で数十人の魔術師たちが、必死の形相で長い呪文をブツブツと唱えている。だが、暗黒竜の口元には、すでに街を一撃で灰にする【暗黒の息吹】のエネルギーがチャージされつつあった。
タイムリミットまで、あと数十秒。
(――おいおい、冗談だろ。これから俺の『ヲタ活』が本格始動するって街だぞ。ここを潰されてたまるか!)
俺はフィリアの肩を掴み、街の広場にある一番高い時計塔の屋根へと跳び上がった。
広場には、逃げ遅れて恐怖に震える何千人もの避難民(観客)が集まっている。
「フィリア! お前の一級魔術で、俺の声がこの広場全体……いや、街全体に響くように【拡声魔法】をかけろ!」
「えっ!? は、はいっ! 『サウンド・アンプリファイ』!」
フィリアの魔法が俺の喉に宿る。
俺は大きく息を吸い込み、絶望に沈むギルバートの街に向けて、魂の底から怒声を張り上げた。
『おいそこでおびえてるお前らァッ!! 死にたくなければ、今から俺の言う通りに声を出せ! 恥を捨てろ、命を燃やせ! 俺の動きに合わせて、一言一句違わず叫ぶんだッ!!!』
街中の人々が、突然天から降り注いだ圧倒的な声に驚き、時計塔の上を見上げる。
そこに立つのは、両手に激しく輝くオレンジのサイリウムを掲げた、一人の男。
「ブモォォォォォ!」
暗黒竜が俺の存在に気づき、その巨大な顎をこちらへ向けた。極大の破滅の光が放たれようとする。
「お前らの詠唱は長すぎる。……俺たちのミックス(コール)を喰らいやがれッ!!」
俺は右手のサイリウムを鋭く振り下ろし、カウントを入れた。
「――あー! よっしゃ行くぞォォォッ!!」
俺の声に呼応するように、フィリアが死に物狂いで、避難民たちの恐怖を「熱狂」へと変換するマナの誘導を行う。アキの圧倒的なカリスマ性に引きずられるように、何千人もの民衆が、本能的に言葉を唱和した。
『タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!!』
ドゴォォォォォォンッ!!!
世界が揺れた。
ただのヲタクのコールの羅列――『スタンダードMIX』。
しかし、何千人もの人間が完全に息を合わせて放ったその【言霊】は、異世界の魔力規則を致命的にバグらせた。大気中のマナが1万倍に増幅され、天を割って、眩い純白の光の柱が暗黒竜へと直撃したのだ。
「グギャァァァァ!?!?」
暗黒竜のダーク・ブレスが、放たれる前に口内で爆散する。
「まだまだ足りねえ! 限界突破だ! もう一発いくぞォォォ!」
俺がさらに激しくサイリウムを振り回す。民衆も、もはや恐怖を忘れてトランス状態になり、手を掲げながら絶叫する。
『虎! 火! 人造! 繊維! 海女! 振動! 化繊飛除去ーーーッッ!!!』
バリバリバリッ!!!
日本語の『和MIX』が大音量で街に響き渡った瞬間、暗黒竜の巨体が、天から降り注いだ無数の光の剣によって完全に縫い付けられた。
そして仕上げだ。俺はすっと腰を落とし、両手を前方の暗黒竜に向けてひらひらと波打たせた。
命のエネルギーを全霊で捧げる聖なる儀式――『ケチャ』である。
「うおおおおおおお! ルミナ様に届けぇぇぇぇぇ!!!」
『うおおおおおおおおお!!!』
何千人の民衆が、俺の真似をして暗黒竜に向けて両手をひらひらと捧げる。
その瞬間、人々の純粋な祈りと熱狂のエネルギーが一点に集中し、暗黒竜の足元から、巨大な「光の女神ルミナ」の幻影が顕現した。
女神の幻影は、まるでステージの上のアイドルのような眩い笑顔を浮かべると、暗黒竜に向けて優しく手を差し伸べた。
シュゥゥゥゥ……。
世界を滅ぼすはずだった暗黒竜は、その聖なる光を浴びて、何一つ抵抗できぬまま、サラサラとした綺麗な光の粒子となって消滅していったのだった。
後に残されたのは、抜けるような青空と、静まり返るギルバートの街。
「な……何という奇跡だ……」
城壁の上で、ようやく詠唱を終えようとしていた宮廷魔術師たちが、杖を落としてへたり込む。
「ただの言葉の羅列で天変地異を起こし、神の幻影すら呼び出すとは……。あの御方こそ、世界の信仰を束ねる真の『聖下』……いや、光の御使い様に違いない……!」
民衆の間に、じわじわと感動と興奮が広がっていく。
「聖下!」「アキ聖下!」「ワシンジの救世主様だ!」
割れんばかりの拍手と大歓声が街を包み込んだ。
「はぁ、はぁ……。よし、これでこの街の奴らは全員、ルミナちゃんの『ファン(信者)』だな」
俺は滝のような汗を拭いながら、不敵に笑った。
ただオタ芸を打ち、コールをしただけなのに、気がつけば一国の救世主として祀り上げられてしまった限界ヲタク。
「アキ様、凄いです! これで『光の女神ルミナ』の教会は世界一になれます!」
「いや、フィリア。これはまだ始まりだ。これからこの世界中の可愛い女の子を集めて、最強のアイドルグループ(聖歌隊)を結成する。世界中をルミナちゃんの色に染め上げてやるよ」
一人のヲタクの情熱(オタ芸)が、異世界の歴史を本格的に狂わせ始めるのは、まさにここからだった――。




