第43話:全員(オールスタンディング)で、コールしろ!
瘴気の柱が、震えた。
柱の中心から、何かが、ゆっくりと形をなしていく。人型でも、獣型でもない。無数の黒い触手のようなものが絡み合い、その中心に、一つの巨大な「目」のようなものが浮かび上がっていた。
「あれが……ナイアル……」
フィリアの声が、震えていた。
その目が、開いた。
瞬間、聖地の広場全体が、重い圧力に包まれた。ヤマトの民の何人かが、膝をついた。太陽神教の神官の何人かが、後ずさった。
「ひ……っ」
ミレイが、思わず声を漏らした。
俺は、その圧力の中で、サイリウムを強く握った。前世で一度も経験したことのない重圧だった。でも、退く理由にはならない。
「怯むな」
「無論よ」とアルベルトが、杖を構え直した。「これしきで、退けるものか」
「あたしも、まだ立ってる」とレナが、剣を構えた。その声に、震えはなかった。
シルが、サイリウムを両手で掲げた。ツバキが、深く息を吸った。ミレイが、震える手を、もう一度強く握り直した。
「行くぞ」
俺は、コールの構えを取った。
◇
「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー!」
サイリウムの光が、夜の聖地に爆発した。
「ダイバー! バイバー! ジャージャー!!!」
純白の光が、瘴気の柱に向かって、まっすぐに突き刺さった。
柱が、揺らいだ。
「今だ! 続け!」
レナが、剣を掲げながら叫んだ。ミレイが、声を張り上げた。シルの倍音が、広場全体に響いた。ツバキの、心の込もった歌声が、その全てに重なった。
四人の力が、光となって、瘴気の柱に食い込んでいく。
だが。
「ぐ……ぅ……」
柱は、揺らぐだけで、崩れなかった。
「足りない……!」
フィリアが叫んだ。
「四人だけの力では……ナイアル本体には……!」
その言葉に、俺は、振り返った。
広場に集まった、何百人という人々。
「みんな」
俺は、声を張った。
「力を貸してくれ!」
◇
一瞬の静寂があった。
それから。
「「「おおおおおおっ!!!」」」
広場全体が、声で満ちた。
ヤマトの民が、両手を掲げた。太陽神教の神官たちが、祈りの言葉を唱え始めた。エルドラドの騎士団が、剣を掲げて雄叫びを上げた。
「タイガー! ファイヤー!」
俺のコールに、ヤマトの民の一部が、見よう見まねで唱和し始めた。
「タ、タイガー……! ファイヤー……!」
最初はぎこちなかった。発音も、リズムも、バラバラだった。
でも、それが、少しずつ、揃い始めた。
「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー!」
太陽神教の神官たちの祈りの声が、そのリズムに重なった。ヤマトの民の掛け声が、それに続いた。エルドラドの騎士団の雄叫びが、地響きのように響いた。
「ダイバー! バイバー! ジャージャー!!!」
何百人という声が、一つになった。
聖地の広場に、光の柱が、立った。
俺たちの光と、何百人の声が重なった、巨大な光の柱だった。
◇
「これは……!」
アルベルトが、目を見開いた。
「儂の見たこともない規模の……光の奔流……!」
瘴気の柱が、その光に押されて、大きく揺らいだ。
ナイアルの「目」が、初めて、明確な苦悶の色を見せた。
「ば、馬鹿な……! この程度の人間どもの声が……!」
「人間どもの声、じゃない」
俺は、光の中で、はっきりと言った。
「一人一人が、それぞれの理由で、ここに立ってる。守りたいもののために、信じるもののために。それが集まったら、お前の瘴気なんかより、よっぽど強い」
ゴエモンが、刀を掲げながら叫んだ。「せやせや! 舐めたらあかんで、俺らを!」
「儂の信仰も、伊達ではない!」とアルベルトが続いた。
ヴァルターが、剣を高く掲げた。「近衛騎士団の誇りにかけて!」
ツバキが、深く歌い続けながら、涙を流していた。「わっちの歌も……もう、独りよがりではありんせん……!」
シルの声が、これまでで一番強く、広場に響いた。
「みんな……とどけ……!」
その声に呼応するように、光が、さらに強くなった。
◇
「和MIXだ!」
俺は、叫んだ。
「ヤマトの言葉のコールを、みんなに教える! 俺に合わせろ!」
和MIXは、前世で培ったコールをヤマト風に読み替えたものだ。この国の民には、こちらの方が声に出しやすいはずだった。
「虎! 火! 人造! 繊維!」
俺が声を張ると、最初はヤマトの民が戸惑った顔をした。意味の分からない言葉の羅列に聞こえただろう。でも、リズムだけは、体で感じ取れたはずだ。
「「「虎! 火! 人造! 繊維!」」」
ぎこちなかった発音が、二度目、三度目と繰り返すうちに、揃い始めた。
「海女! 振動! 化繊飛除去!」
「「「海女! 振動! 化繊飛除去!」」」
ヤマトの言葉のコールが、広場中に響き渡った。
エルドラドのスタンダードMIXと、ヤマトの和MIXが、混ざり合った。
二つの国の声が、一つの光になった。
瘴気の柱が、悲鳴のような音を立てて、大きく揺らいだ。
「ば、馬鹿な……ばかな……!」
ナイアルの目が、光に呑まれていく。
「ここまで……人間の声が……集まるとは……!」
「集まるんだよ」
俺は、光の中心で、静かに言った。
「一人のヲタクの推し事が、世界中の声を集めるまでになった。それが、今日、証明された」
光の柱が、天まで届くほどの高さに、伸びていった。
聖地の夜空を、純白とオレンジの光が、埋め尽くしていった。
これまでのどんな戦いよりも、大きな、光の奔流だった。
広場に集まった何百人の顔を、俺は見渡した。
誰もが、光を見上げていた。恐怖ではなく、希望を込めた目で。
ナイアルの目が、その光に呑まれながら、最後にもう一度、声を絞り出した。
「小癪な……小癪な人間どもが……! だが、これで終わりだと思うな……儂は、また……」
その声が、光の奥に、溶けるように消えていった。
瘴気の柱が、音を立てて崩れ始めた。黒い靄が、まるで悲鳴を上げるように四散し、夜空に溶けて消えていく。
広場に、静寂が戻った。
だが、それは、恐怖の静寂ではなかった。
安堵と、達成感に満ちた、温かい静寂だった。
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