第42話:決戦の地は、世界で一番でかい現場(ステージ)
シルの一件から、数日が経った夜のことだった。
宵ノ國の空に、異変が起きた。
星々が、一つ、また一つと、黒い靄に覆われていく。まるで、夜空そのものが、腐り始めているようだった。
「アキ様……!」
フィリアが、俺の部屋に駆け込んできた。
「王都から、緊急の報せです……! アルベルト大神官長より」
俺は、フィリアの差し出す羊皮紙を受け取った。
『邪神ナイアル、動く。世界各地の瘴気が、ヤマトの聖地に向けて集結している模様。急ぎ備えられよ』
短い文面だったが、その緊張感は十分に伝わってきた。
「聖地……」
俺は、地図を思い浮かべた。ヤマトの中央にある、最も古い神社。ミカドの御所からもほど近い、この国の信仰の中心地。
「あそこに、集まってくるのか」
「はい……おそらく」フィリアの声が、震えていた。「各地の瘴気を集めて、ナイアル本体が、本格的に顕現しようとしているのだと思います」
俺は、サイリウムを握った。
「ついに、来るか」
◇
翌朝、宵ノ國の広場に、全員が集まった。
レナ、ミレイ、シル、ツバキ、フィリア。そしてゴエモン。
「聖地に、瘴気が集まってきている」と俺は言った。「ナイアルの本体が、姿を現そうとしてる」
「……ついに、か」とレナが呟いた。
ミレイが、緊張した面持ちで頷いた。シルは、サイリウムをぎゅっと抱きしめていた。ツバキは、静かに、でも確かな決意の目でこちらを見ていた。
「今までの戦いとは、規模が違う」と俺は続けた。「これは、みんなの力を全部合わせないと、太刀打ちできない」
「みんなって」とゴエモンが聞いた。「俺らだけやないんか」
「違う」
俺は、首を振った。
「太陽神教も、ヤマトの民も、エルドラドの騎士団も。全員だ」
◇
その日のうちに、動きが始まった。
ミカドの使者が、宵ノ國に駆けつけた。
「御所より、正式な要請にございます。ヤマトの民、そして御所の兵も、聖歌隊の方々と共に戦う所存です」
「ミカド様が、そう仰ってるんですか」
「はい。異国の神の力とはいえ、この国を守ってくださる方々を、見捨てるわけにはいかぬと」
俺は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
同じ頃、王都からも報せが届いた。
アルベルトが、太陽神教の神官たちを率いて、ヤマトへ向かっているという。ヴァルターも、近衛騎士団の一部を引き連れて、同行しているらしい。
「本当に、集まるんだな」とレナが、報せを聞いて呟いた。
「集まる」と俺は言った。「これだけの規模の現場、そうそうない」
「不謹慎な言い方だな、それ」
「これだけの人数が、力を貸そうとしてくれてるってことだ。悪い意味で言ってない」
レナが、小さく笑った。
◇
三日後、聖地への道に、続々と人々が集まり始めた。
ヤマトの民が、武器を持たずとも、祈りのための道具を手に集まってきた。太陽神教の神官たちが、白い法衣を纏って行進してきた。エルドラドの騎士団が、旗を掲げて到着した。
そして、聖地の広場に、アルベルトの姿があった。
「聖下」
「大神官長」
アルベルトが、深く頷いた。
「太陽神教は、全力を尽くす。儂らの信仰も、光あるものだ。邪神などに、好き勝手はさせん」
「頼りにしてる」
ヴァルターが、その隣に立った。
「近衛騎士団も、この地に馳せ参じました」
「ありがとうございます」
◇
聖地の広場に、これまで見たこともない規模の人々が集まっていた。
エルドラドの民、ヤマトの民。太陽神教の神官、ルミナ教の聖歌隊。騎士団、浪人、歌巫女。
全員が、一つの場所に、一つの目的で、集まっていた。
俺は、その光景を見渡した。
前世で見た、どんな大規模フェスよりも、この光景は圧巻だった。何万人という単位ではないかもしれない。でも、集まった人々の熱量は、それに匹敵する、いや、それ以上のものがあった。
レナが、周囲を見渡しながら言った。「こんな数の人間、初めて見た」
「あたしも」とミレイが頷いた。「緊張してきました……」
シルが、サイリウムを強く握りしめた。その目には、恐れよりも、確かな決意があった。
ツバキが、静かに言った。「わっちも、これほどの現場は、初めてでありんす」
「現場、って言葉、覚えたのか」と俺は聞いた。
「アキ様の口癖、うつってしまいんした」
その軽いやり取りに、張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
「アキ様……」
フィリアが、隣で声を震わせた。
「これほどの規模の集会は、ワシンジの歴史上でも……」
「ワシンジの話は今しなくていいです」
「し、失礼しました……!」
俺は、サイリウムを掲げた。
夕暮れの光が、聖地の広場を、オレンジ色に染めていた。
「みんな」
俺は、集まった人々に向かって、声を張った。
「これだけの観客が集まったんだ」
前世の言葉が、自然と口をついて出た。
「最高のライブにするぞ」
その言葉に、意味が分からない人々もいただろう。でも、その熱量だけは、確かに伝わったはずだった。
「「「おおおおおおっ……!!」」」
広場が、地鳴りのような歓声で満ちた。
◇
夜が更ける頃、聖地の奥、社の中央に、瘴気の柱が立ち始めた。
これまでとは、規模が違った。柱は空高くまで伸び、その先端が、まるで黒い太陽のように、禍々しく脈打っていた。空全体が、その柱を中心に、渦を巻くように歪んでいる。
広場に集まった人々の間に、動揺が走った。
「な、なんだあれは……!」「あんな瘴気、見たこともない……!」
ヤマトの民の何人かが、後ずさりした。太陽神教の神官の中にも、顔を青ざめさせる者がいた。
「怖じ気づくな!」
アルベルトが、杖を掲げて声を張った。
「我らはここに、共に立つと決めたのだ! 光あるところに、恐れることは何もない!」
その声に、動揺していた人々が、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「来る……!」
フィリアが叫んだ。
「アキ様……あれが、ナイアル本体の顕現……!」
俺は、サイリウムを構えた。
隣に、レナ、ミレイ、シル、ツバキが並んだ。ゴエモンが、刀を抜いた。アルベルトが、杖を構えた。ヴァルターが、剣を掲げた。
そして、その後ろに、何百人という人々が、それぞれの武器や祈りの道具を手に、並んでいた。
「準備はいいか」
俺は、みんなに向かって言った。
「「「はい」」」
「んっ」
「ありんす」
「おう」
「いつでも」
「儂も」
「私も」
声が、重なった。
俺は、瘴気の柱を見上げた。
その中心で、何かが、生まれようとしていた。
「行くぞ」
サイリウムの光が、夜の聖地に灯った。
決戦が、始まろうとしていた。
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