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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第3章「異国(とつくに)の現場(ステージ)、踏破す!」

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第41話:シルの故郷は、瘴気の中にあった

太陽神教との和解から、数日が経った。


ヤマトでの活動は落ち着きを取り戻し、聖歌隊は宵ノ國での練習を再開していた。ツバキが正式に加わってからの初めての本格練習で、五人の呼吸は少しずつ馴染んできていた。


その日の夕方、俺は珍しく一人で庭にいるシルを見つけた。


サイリウムを抱えたまま、ぼんやりと空を見上げている。


「どうした」


声をかけると、シルは少し驚いたように振り返った。それから、小さく首を振った。何でもない、という仕草だった。


だが、その目は、いつもと違っていた。


どこか遠くを見ているような、そんな目だった。


「何か気になることがあるなら、話してくれ」


シルは、しばらく黙っていた。


それから、地面に指で文字を書き始めた。


「きょう においが した」


「匂い?」


シルが頷いた。


「こげたにおい」


俺は、その言葉の意味を、すぐには掴めなかった。


「焦げた匂い、か」


シルは、また頷いた。それから、両手で自分の体を抱くようにした。震えているように見えた。


「シル」


俺は、シルの隣に座った。


「何があったのか、話せるか」


シルは、長い間、黙っていた。


夕暮れの風が、庭の木々を揺らした。


やがて、シルは、ゆっくりと地面に文字を書き始めた。


「わたしの むら」


「お前の村?」


「もえた」


その一言に、俺は息を呑んだ。



シルが語った――正確には、地面に書いた――話は、こういうものだった。


シルの故郷は、山の奥深くにある、獣人だけの隠れ里だった。人間の目を避けて、ひっそりと暮らす小さな集落。シルは、そこで生まれ育った。


ある夜、突然、空が黒く染まった。


大地が割れ、瘴気が噴き出した。


大人たちは、子供たちを逃がそうとした。だが、逃げ場はなかった。里は山に囲まれていて、出口は一つしかなかった。その出口が、真っ先に瘴気に呑まれた。


「みんな……にげられなかった」


シルは、地面にそう書いた。


「わたしだけ、にげられた」


シルの手が、震えていた。


「なんで、わたしだけ」


その問いに、俺は答えられなかった。


「さけんだ」とシルは書いた。「たすけてって、さけんだ」


その声を、シルは思い出しているようだった。


「でも、とどかなかった」


シルの目に、涙が滲んだ。


「わたしのこえ、へんだから。とどかなかった」


俺は、ようやく理解した。


シルが声を封印していた理由。それは、人間社会で差別されたことだけが原因ではなかった。


あの夜、必死に助けを呼んだ声が、誰にも届かなかった。届く前に、里は瘴気に呑まれた。自分の声が、無力だったという記憶。声を出すことは、その夜の記憶と、直結していた。


「そうか」


俺は、静かに言った。これまで、どんな想いをシルは抱え込んできたのだろう。


シルは、地面に書いた。「みんな、しんだ」


「ああ」


俺は、否定しなかった。


「みんな死んだ。それは、変えられない事実だ。お前が声を出しても出さなくても、あの夜の結果は変わらなかった。それは、お前のせいじゃない」


「……」


「お前の声が届かなかったのは、瘴気があまりにも速すぎたからだ。声の問題じゃない」


シルは、しばらく黙っていた。


それから、また地面に書いた。


「わかってる。あたま では」


「でも、心が追いつかないか」


シルが、頷いた。



俺は、しばらく黙って、シルの隣に座っていた。


夕暮れが、少しずつ夜に変わっていく。


「シル」


「……」


「今のお前の声は、ちゃんと届く」


シルが、俺を見た。


「初めてお前が声を出したとき、礼拝堂中に光が満ちた。夏越の祭りで、ツバキさんの前で歌ったとき、みんなが泣いた。お前の声は、ちゃんと、みんなに届いてる」


シルは、まだ黙っていた。


「あの夜、届かなかった声と、今の声は、同じじゃない。お前は、ちゃんと届く声を、今、持ってる」


「……ほんとに?」


シルが、初めて声に出して言った。震える、小さな声だった。


「ああ、本当だ」


シルの目から、涙が、また一筋こぼれた。


「わたし……」


シルの声が、震えていた。


「わたし、こわかった。こえをだすの、こわかった。とどかなかったこえの、こと、おもいだすから」


「そうか」


「でも……アキが、とどくよって、いってくれたから」


シルは、両手で、サイリウムを強く抱きしめた。


「がんばれた」


俺は、シルの頭に、そっと手を置いた。


「これからも、頑張らなくていい。ただ、届けたいときに、届けたい人に、声を出せばいい」


「とどけたい……ひと」


シルは、少し考えるように、庭の外を見た。フィリアや、レナや、ミレイや、ツバキが練習をしている、あの声が聞こえる方向を。


それから、大きく息を吸った。


サイリウムを、両手で掲げた。


夕暮れの光と、サイリウムのオレンジの光が、重なった。


「みんな、きいて……」


シルの声が、庭に響いた。


小さいけれど、確かな、はっきりとした声だった。


「だいすき」


その一言に、俺は何も言えなかった。


シルが、笑った。


耳が、ぴんと立った。


尻尾が、揺れた。


その笑顔は、俺がこれまで見てきたどんなシルの表情よりも、明るかった。



「アキ様……!」


庭の入り口から、フィリアの声がした。


振り返ると、フィリア、レナ、ミレイ、ツバキが、揃って立っていた。どうやら、少し前から様子を見ていたらしい。


「シルさん……」ミレイが、目を潤ませていた。「わたし、知らなかったです。シルさんが、そんな辛いことを抱えていたなんて」


「知らなくていい」とレナが言った。「今、分かったんだから、それでいい」


レナは、何も言わずに、シルの頭をぽんと撫でた。シルが、嬉しそうに目を細めた。


「シルさん」とミレイが、そっと近づいた。「わたしも、あなたの声が好きです。初めて聞いたときから、ずっと」


シルが、こくこくと頷いた。それから、少し照れたように、耳を伏せた。


ツバキが、静かに言った。


「シルさん、よろしければ、今度、わっちにも聞かせてくださいませ。あなたの声を」


「わっちも、声を封じていた頃がありんした」とツバキは続けた。「理由は違えど、声を出すことの怖さは、少しだけ分かる気がいたしんす」


シルが、こくりと頷いた。それから、地面に小さく文字を書いた。


「うたう」


「約束でありんすね」


シルが、また頷いた。


「フィリアさん……!」フィリアが、感涙しながら手帳を広げた。「これぞワシンジの真髄……声という魂の欠片が、過去の呪縛を超えて、今この瞬間に解き放たれた……!」


「いつもの解釈だな」と俺は言った。


「いつものです……!」


その軽いやり取りに、シルが、また小さく笑った。


夕暮れの空に、一番星が瞬き始めていた。


「ルミナちゃん」


俺は、小さく呟いた。


「シルの声、ちゃんと届いたぞ」


サイリウムの光が、ふわりと、揺れた気がした。


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