第40話:太陽神教と光の女神、手を取る
村を出て、宵ノ國に戻る道すがら、アルベルトは終始無言だった。
肩を並べて歩くヴァルターが、時折心配そうにアルベルトを見ていたが、何も声をかけなかった。ゴエモンは、治療を受けた肩をぐるぐると回しながら、「まあ、動くには動くわ」と呟いていた。完全に治ったわけではないが、命に別状はなさそうだった。
レナが、その様子を横目で見ながら「無理するなよ」と言うと、ゴエモンは「お前に言われとうないわ、さっき無茶しとったんお互い様やろ」と返した。二人のやり取りに、いつもの空気が少しだけ戻っていた。
シルとミレイは、少し離れた場所で歩きながら、静かに肩を寄せ合っていた。今日の戦いの余韻が、まだ二人の中に残っているようだった。
「大丈夫か」
俺が声をかけると、アルベルトは小さく頷いた。
「儂のことより、聖下」
「なんだ」
「王都には、儂が正気を失っている間に指示を出した神官たちがいる。おそらく今頃、太陽神教の各所で、邪神教団に通じる動きが広がっているだろう」
俺は、足を止めた。
「……どういうことだ」
「儂の名で、王国各地の神殿に、密使を送っていた。ルミナ教への敵対行動を強めよ、と」
フィリアが、青ざめた。「それは……」
「儂が、意図してやらせたことではない。だが、儂の名で発せられた指示だ。それを止めなければ、太陽神教全体が、知らぬ間に邪神の手駒になりかねん」
アルベルトの声には、深い悔恨があった。
「一刻も早く、王都に戻り、儂の口から訂正を伝えねばならん」
◇
宵ノ國に戻ると、ツバキが用意していた宿で、俺たちは今後について話し合った。
「王都に戻るのは、儂とヴァルター殿だけでよい」とアルベルトが言った。「聖下たちは、ここヤマトでの使命を果たされよ」
「一人で大丈夫か」
「儂は太陽神教の頂点だ。神官たちを説得するのは、儂の役目であり、儂にしかできぬ」
その口調に、迷いはなかった。俺が王宮で見た、あの「見下ろす者」の眼光が、今は違う方向を向いていた。
「分かった」と俺は言った。「でも、一つだけ」
「なんだ」
「王都に戻る前に、一つやってほしいことがある」
アルベルトが、俺を見た。
「太陽神教とルミナ教が、正式に手を組んだという証を、ここヤマトで示してほしい」
「……証、とは」
「あんたの言葉で、直接、それを伝えてほしい。太陽神教の頂点が、俺たちを認めたと」
アルベルトは、しばらく黙っていた。
それから、深く頷いた。
「よかろう」
◇
その夜、宵ノ國の広場に、簡素な祭壇が組まれた。
ヤマトの民、エルドラドから同行した聖歌隊、そしてアルベルトと、ヴァルターが立ち会った。
アルベルトが、祭壇の前に立った。
「儂は、太陽神教大神官長、アルベルト・ゼノン」
声が、静かな夜に響いた。
「今日ここに、光の女神ルミナ様と、その聖歌隊に対し、正式な謝罪を述べる」
アルベルトが、深く頭を下げた。二百年の歴史を持つ宗教の頂点が、他宗教に頭を下げる。それがどれほど異例なことか、周囲の空気で分かった。
集まったヤマトの民の中にも、ざわめきが広がっていた。異国の宗教同士の対立と和解という、彼らにとっても馴染みのない光景を、固唾を呑んで見守っていた。
「儂は、己の心の隙を邪神に付け込まれ、聖歌隊とヤマトの民に、大いなる災厄をもたらすところであった。この過ちは、太陽神教の名において、深く恥じるべきものである」
アルベルトが、顔を上げた。
「だが」
その声が、力を増した。
「光あるところに影あり。影が深いほど、光は強く輝く。太陽神教もまた、光を信じる者たちだ。ならば、我ら太陽の信徒も、光の女神の聖歌隊と共に、邪神に抗おう」
集まった人々から、どよめきが起きた。
「異国の二つの宗教が、手を組むというのか……!」「太陽神教が、頭を下げるとは……!」
アルベルトは、俺を見た。
「聖下」
「はい」
「儂からも、一つ、聞きたいことがある」
「なんだ」
「なぜ、儂を助けた」
俺は、少し考えてから答えた。
「あんたは俺にとって、最初はただの邪魔な権力者だった。公開試験のときも、正直、面倒な奴だと思ってた」
アルベルトが、かすかに口の端を上げた。
「でも」
俺は続けた。
「あんたの信仰は本物だった。二百年、太陽神教を守り続けたのは、あんたの矜持だ。それを邪神なんかに好き勝手させたくなかった。それだけだ」
「……そうか」
アルベルトが、目を閉じた。
「儂は、聖下のことを見誤っていたようだ」
「よく言われる」
「ふ……」
アルベルトが、初めて、小さく笑った。
◇
儀式が終わったあと、ツバキが俺の隣に来た。
「見事なものでありんしたね」
「そうだな」
「太陽神教の頂点があのように頭を下げるとは、想像もしんせんでした」
「アルベルト大神官長も、大変だったと思う」
「……わっちも、少し分かりんす」ツバキが、静かに言った。「己の信じてきたものを、一度捨てて、新しく歩み出す辛さが」
俺は、ツバキを見た。
「あんたも、その一人だ」
「わっちのことは、まだ小さな話でありんす。でも……アルベルト様の姿を見て、わっちも今の自分を誇りに思いたいと、そう思いんした」
ツバキが、少し笑った。
夜空を見上げると、星が瞬いていた。
「フィリアさん」
俺は、羊皮紙を抱えたフィリアに声をかけた。
「太陽神教との和解、記録しといてくれ」
「もちろんです……!」フィリアが、目を輝かせた。「これぞワシンジと太陽の教えが結ばれた、歴史的瞬間……!」
「いつもの解釈だな」
「いつものです……!」
その軽いやり取りに、緊張が少しほぐれた。
◇
翌朝、アルベルトとヴァルターは、王都へ向けて発った。
「聖下」
出発の前、アルベルトが最後に言った。
「邪神ナイアルとやらは、まだ姿を現していない。あの使徒は『余興』と言っていたが、それが本気で動いたとき、儂らの想像を超える災厄が来るだろう」
「分かってる」
「太陽神教は、王国での備えを固める。何かあれば、いつでも呼んでくれ」
「ありがとう」
アルベルトが、深く頷いて、馬車に乗り込んだ。ヴァルターが、最後にもう一度こちらを振り返り、小さく敬礼をしてから、御者台の隣に腰を下ろした。
馬車が、朝靄の中を遠ざかっていく。
その背中を見送りながら、俺はサイリウムを握った。
レナが、隣に並んで言った。「あの爺さん、思ったより骨のある奴だったな」
「あの爺さんって、大神官長にそんな言い方していいのか」
「本人がいないんだから構わないだろ」
ミレイが「レナさん、それはさすがに……」と苦笑いした。シルが、こくこくと頷いていた。同意しているのか、面白がっているのか、判断がつかなかった。
ツバキが、静かに言った。「和解の証を見届けられて、よろしゅうありんした」
「そうだな」
太陽神教と手を組んだ。宗教対立の伏線は、ここで一つ、区切りがついた。
だが、本当の脅威は、まだ姿を見せていない。
「フィリアさん」
「はい」
「ルミナちゃんについて、調べは進んでるか」
「まだ、これといった手がかりは……」
「そうか」
俺は、空を見上げた。
なぜ、ルミナちゃんがナイアルにとって唯一の脅威なのか。
その答えに、まだ手が届いていなかった。
「……次は、ルミナちゃんの謎に向き合う番だな」
夜明けの光が、宵ノ國をゆっくりと照らし始めていた。
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