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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第3章「異国(とつくに)の現場(ステージ)、踏破す!」

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第39話:アルベルトを、取り戻せ

使徒が退いた後、村には束の間の静けさが戻った。


だが、それも長くは続かなかった。


「アキ様」


フィリアが、村の奥を指さした。


「瘴気の気配が、まだ残っています。おそらく、あの奥に……」


「アルベルト大神官長が」


俺は、サイリウムを握り直した。


ゴエモンの肩の傷は、フィリアの治癒でかろうじて悪化を止めていたが、完全には塞がっていなかった。それでも、ゴエモンは立ち上がった。


「動けるんですか」とミレイが心配そうに聞いた。


「腕は動く。それで十分や」


「無理はしないでください」


「お前らに言われとうないわ。さっきから無理しとるんはお前らも一緒やろ」


軽口の応酬に、少しだけ空気が緩んだ。


「行くぞ」と俺は言った。「アルベルト大神官長を、取り戻す」



村の奥、社の裏手に、アルベルトはいた。


黒い靄に、下半身を取り込まれるような形で、地面に立っていた。目は、また虚ろに沈んでいた。杖を握る手だけが、かろうじて人間のものだった。


社の朱色の柱にも、靄が這い上がっていた。ヤマトの神域が、邪神の気配に侵食されつつあった。


「アキ様……」フィリアが、震える声で言った。「あの靄の濃さ……先ほどより、深く根を張っています」


俺は答えなかった。ただ、アルベルトの状態が、さっきよりも悪化していることだけは、見れば分かった。


「……儂は……ここで……」


譫言のような呟きが、聞こえた。


「アルベルト大神官長」


俺は、慎重に近づいた。


「聖……下……?」虚ろな目が、こちらを向いた。「まだ……いたのか……」


「あんたを置いて帰れるわけないだろ」


「無駄だ……儂はもう……ナイアル様に……魂を、明け渡した……」


「まだ渡してない」


俺は、はっきりと言った。


「さっき、あんたは一瞬、自分の意志を取り戻した。それは、まだ全部持っていかれてないってことだ」


「……」


「アルベルト大神官長。あんたの信仰は、偽物じゃない。思い出せ」


アルベルトの目が、揺れた。


「信仰……」


「二百年、太陽神教を守ってきたのは、あんたたちだろ。それは邪神なんかに踏みにじられていいものじゃない」


「……儂の、信仰……」


アルベルトの声が、震えた。


だが、次の瞬間、靄がさらに濃くなり、アルベルトの体を包み込んだ。


「儂の中の、儂では、ない何かが……儂を、内側から食い潰そうと……!」


「アキ様、危険です……!」フィリアが叫んだ。「あの靄、さらに濃くなって……!」


「ケチャだ」


俺は、決めていた。


「ケチャで、浄化する」


「王妃陛下のときと同じですか……!」


「ああ。あのときは、呪いを光で分解した。今回も、同じ原理でいけるはずだ」


俺は、両手を広げた。


「みんな、力を貸してくれ」



聖歌隊全員が、アルベルトを囲むように立った。


レナ、ミレイ、シル、ツバキ。そしてフィリアとゴエモンとヴァルターも、少し離れた場所で見守った。


「アキ様に合わせて、ケチャを」とフィリアが叫んだ。「両手をひらひらと、命を捧げるように……!」


俺は、両手を掲げた。


指先から手首まで、波打たせるように動かす。前世で何百回とやった動きだ。神への祈り、命の共鳴、そういうものすべてを込めた、ヲタ芸の中でも特別な所作。


レナが、ぎこちなく両手を動かし始めた。「これで、いいのか」


「感覚でいい。心を込めればいい」


ミレイも、両手を波打たせた。「わ、わたしもやります……!」


シルは、すでに完璧なリズムで両手を動かしていた。


ツバキは、少し戸惑いながらも、両手をひらひらと揺らした。「このような所作、初めてでありんすが……」


「大丈夫です。歌と同じです。届けようとすればいい」


「……分かりんした」


五人の手の動きが、少しずつ、揃い始めた。


離れた場所で見ていたゴエモンが、「なんや、あれ……」と目を丸くした。「踊りにも見えへんし、術にも見えへんし……なんなんや、ほんまに」


「知らない」とレナが、両手を動かしながら答えた。「あたしも未だに分からん」


ヴァルターが、剣を鞘に収めたまま、静かに言った。「王宮でも、同じ光景を見た。理屈は分からんが、効くのだ」


サイリウムの光が、俺の手の動きに合わせて、波のように広がっていく。オレンジの光が、アルベルトを包む黒い靄に、じわじわと染み込んでいった。


「……ぐ……お……」


アルベルトが、呻いた。


靄が、抵抗するように渦を巻いた。


「効いています……!」とフィリアが叫んだ。「でも、まだ足りません……!」


「歌を」


俺は、ツバキとシルに向かって言った。


「二人の歌が必要だ」


ツバキが、頷いた。


深く息を吸って、目を閉じる。


そして、歌い始めた。


技術と心が、両方乗った声だった。あの夏越の祭りで見せた、完成された歌声。


シルの声も、重なった。倍音を含んだ、独特の響き。


二つの声が、光と共鳴した。


靄が、さらに薄くなっていった。


「儂は……」


アルベルトの声に、涙が混じっていた。


「儂は……なんということを……」



靄が、少しずつ、剥がれ落ちていった。


黒い霧が、アルベルトの体から離れて、地面に溶けるように消えていく。


最後の一筋が消えたとき、アルベルトは、ゆっくりとその場に膝をついた。


「アルベルト大神官長!」


俺は、駆け寄った。


アルベルトは、肩で息をしていた。だが、その目には、もう虚ろさはなかった。あの、鷹のような光が戻っていた。


「聖下……」


「……戻ったか」


「戻り申した」


アルベルトは、深く息をついてから、静かに頭を下げた。過度にへりくだるでもなく、それでいて確かな重みのある一礼だった。


「太陽神教の頂点として、二百年の信仰を担う立場にありながら……邪神の力に付け入られ、信じる者たちの村を、この手で滅ぼそうとした。弁解のしようもない」


「あんたのせいじゃない」


「いや」アルベルトは、首を振った。鷹のような目に、自嘲の色が浮かんだ。「儂の心に、隙があったのだ。国教の座を奪われた妬み、聖歌隊への対抗心……そういう澱みに、ナイアルは付け込んだ」


「……澱み、というのは」


「聖下が公開試験でスタンダードMIXとやらを見せたあの日から、儂の中に、消えない棘があった。二百年守り続けた太陽神教が、たった数ヶ月の新興宗教に取って代わられる屈辱。それを、認めたくなかった」


アルベルトは、拳を握りしめた。


「その屈辱こそが、ナイアルにとって都合の良い隙間だったのだろう。付け入られていることにすら、気づけなかった」


「……」


「聖下」アルベルトが、俺をまっすぐに見た。「罰するというなら、受けよう」


「罰する気はない」


俺は、正直に言った。


「あんたが今、正気に戻って、自分のしたことを悔いてる。それで十分だ」


「……なぜ、そこまで甘くする」


「甘くはない」


俺は、アルベルトを見据えた。


「あんたの信仰は、本物だった。それを俺は、あの日の目で見た。二百年守り続けた信仰を、簡単に切り捨てたりしない。それだけだ」


アルベルトの目に、光るものが滲んだ。すぐに、鷹のような目に戻ったが、確かに一瞬、揺れていた。


「……聖下」


「立てるか」


「もとより、儂は立たねばならぬ身だ」


アルベルトが、ゆっくりと、しかし確かな足取りで立ち上がった。


村に、静かな夕暮れが訪れていた。


亀裂は、まだ地面に残っていたが、瘴気はもう噴き出していなかった。


「ゴエモンさん」と俺は言った。


「なんや」


「肩、大丈夫ですか」


「まだ痛いけど、まあ、死にはせん」


「フィリアさん、もう一度治癒を」


「はい……!」


フィリアが、ゴエモンに向けて治癒魔術を展開した。今度は、光がすんなりと傷に染み込んでいった。


「……効くようになったな」


「村全体の瘴気が薄まったからだと思います。さっきまでは、傷の中の瘴気が治癒を弾いていたので」


村の空を、夕陽が赤く染めていた。


アルベルトが、ふらつきながらも、俺の隣に立った。


「聖下」


「なんだ」


「儂に、一つ、やらせてほしいことがある」


アルベルトの目に、確かな決意があった。


「太陽神教として、光の女神ルミナ様に、正式な謝罪と……共闘の意を、表したい」


俺は、アルベルトを見た。


「……本気か」


「本気だ」


アルベルトは、深く頭を下げた。


「儂の信仰と、聖下の信仰は、対立するものではないと、ようやく分かった」


夕陽が、村全体を、静かに照らしていた。


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