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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第3章「異国(とつくに)の現場(ステージ)、踏破す!」

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第38話:邪神ナイアル、その名を騙る

空気が、変わった。


肌で分かるほどの変化だった。前世で一度だけ、大地震の前触れという不気味な静けさを経験したことがある。あれに似ていた。音が、消える。虫の声も、風の音も、何もかもが、一瞬、止まる。


「……来るぞ」


俺は、サイリウムを握り直した。


村の中心、瘴気が最も濃く渦巻いていた場所が、ぼこりと盛り上がった。


土が、生き物のように蠢いた。


「なんや、あれ……!」


ゴエモンが、刀を構えながら後退った。


盛り上がった土の中から、何かが、ゆっくりと姿を現した。


最初は、人型に見えた。だが、それは間違いだった。


輪郭は人型でも、その表面は、無数の黒い目玉に覆われていた。大小さまざまな目が、ぬめぬめと蠢きながら、こちらを見つめてくる。口はどこにあるのか分からない。声は、体全体から、直接響いてくるようだった。


「ようやく、お出ましか」


ミレイが、悲鳴を上げそうになるのを、必死に堪えていた。フィリアの顔から、完全に血の気が引いていた。


「……あれが」


俺の声も、震えていた。


「邪神ナイアルの、使徒」


「いかにも」


使徒の体表の目玉が、一斉に俺たちを向いた。全部で、いくつあるのか数えられなかった。


「我が主、邪神ナイアル様は、御自ら動く必要すらない。この程度の余興は、我一人で十分」


「……余興?」


「そうだ。人間ごときの信仰、女神の欠片程度の力。ナイアル様にとっては、路傍の石を払うにも等しい」


使徒が、ゆっくりと歩を進めた。


その一歩ごとに、地面が黒く染まっていった。触れた土から、命の気配が消えていくのが分かった。


「レナ、ゴエモンさん、下がって……!」


俺は叫んだ。


だが、遅かった。


使徒の腕——それが腕と呼べるものかは分からなかったが——が、一瞬で伸びた。


「うわっ……!」


ゴエモンが、咄嗟に飛び退いた。だが完全には躱しきれず、腕が掠めた。


「……っ、ぐ……」


ゴエモンの肩から、血が滲んだ。傷自体は浅い。だが、傷口の周りが、みるみるうちに黒ずんでいった。


「ゴエモンさん……!」


「あかん……この傷、なんか……変な感じがするで……」


ゴエモンの顔が、青ざめていく。


「毒か……!」


「毒より、質が悪いな」


使徒が、嗤った気配がした。


「触れた者から、生きる意志を奪う。それが我が主の力の欠片。抗うだけ、無駄なことよ」


レナが、剣を構え直した。


「……舐めるな」


低い声だった。


「あたしの仲間を傷つけて、無事で帰れると思うなよ」


レナが、地面を蹴った。


一撃。渾身の斬撃が、使徒の胴体を捉えた。


だが。


刃が、使徒の体を斬った瞬間、何の手応えもなかった。


「……え」


刃が通り抜けた場所から、黒い霧のようなものが噴き出しただけだった。使徒の体は、傷一つついていなかった。


「無駄だと言っただろう」


使徒の腕が、今度はレナに向かって伸びた。


「レナ……!」


俺は、サイリウムを投げ出す勢いで、レナの前に飛び出そうとした。


間に合わない。


そう思った、その時。


「――やらせるかよ」


低い、聞き慣れた声が、割り込んだ。


ゴエモンだった。


肩から血を流しながら、それでも刀を構えて、使徒とレナの間に割り込んでいた。


「ゴエモンさん、動くな……!」


「うるさいわ……!」


ゴエモンが、歯を食いしばりながら、伸びてきた腕を刀で受けた。今度は、完全に受け止めた。刃と腕がぶつかり合い、火花のような黒い粒子が散った。


「く……ぅ……」


ゴエモンの足が、地面にめり込むほど踏ん張っていた。


「五右衛門殿……!」


ツバキが、初めて悲鳴に近い声を上げた。



「……なぜ」


使徒が、初めて、感情らしきものを覗かせた。困惑、あるいは苛立ち。


「なぜ、その体で、我が力を受け止められる」


「知らんがな……!」ゴエモンが、歯を食いしばりながら言った。「守るって決めた奴を、目の前で傷つけさせるわけには、いかへんのや……!」


その言葉に、俺の中で何かが弾けた。


あの夜、ゴエモンから聞いた話が、頭を過った。


守れなかった過去。手柄より、守るもんを優先できなかった自分。


今、ゴエモンは、あの後悔をなぞろうとしていなかった。


「フィリアさん! 治癒を……!」


「は、はい……!」


フィリアが、震える手で治癒の光をゴエモンに向けた。だが、黒ずんだ傷は、光を跳ね返すように、治りが遅かった。


「これじゃ……間に合わない……!」


「なら」


俺は、サイリウムを構えた。


「演舞で、押し返す」


「アキ様……ナイアル本体は、まだ姿を見せていません……!」


「関係ない」


俺は、深呼吸をした。


前世で、何百回、何千回とやってきた構え。腹の底から声を出す、あの構え。


「ツバキさん、シル、ミレイ、レナ」


「……はい」「んっ」「はい……!」「おう」


四人が、それぞれの持ち場に構えた。


「今までで一番の声を出せ。ゴエモンさんを、あの化け物に負けさせない」


俺は、サイリウムを掲げた。


使徒の目玉が、一斉にこちらを見た。


「無駄なことを。ルミナごときの光では、ナイアル様には」


「うるさい」


俺は、使徒の言葉を遮った。


「お前、さっきから『ナイアル様には敵わない』しか言ってないな。そんなに、ルミナちゃんが怖いのか」


使徒の目玉が、一斉に動きを止めた。


「……何?」


「怖いから、そんなに繰り返すんだろ。図星か」


「……戯言を」


「戯言かどうか、教えてやる」


俺は、コールを放った。


「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー!」


サイリウムの光が、爆発的に広がった。


「ダイバー! バイバー! ジャージャー!!!」


純白の光が、村全体を包んだ。


使徒が、初めて、後退った。


「……なぜだ」


その声に、明確な動揺があった。


「なぜ、この程度の光が……ナイアル様の瘴気を……押し返す……!?」


「教えてやる理由はない」


俺は、サイリウムを強く握った。


「ただ、お前がそんなに怖がる女神を、俺は世界一の推し神にする。それだけだ」


使徒が、地面に突き立てていた瘴気の柱を、急速に引っ込め始めた。


「……今日のところは、退く」


「逃げるのか」


「ナイアル様の御業は、これしきのことでは揺るがぬ。だが」


使徒の輪郭が、黒い靄となって崩れ始めた。


「光の女神ルミナ。貴様の力が、なぜナイアル様にとって唯一の脅威なのか——貴様自身が知らぬまま、遠からず牙を剥かれることになろう」


その言葉を最後に、使徒の姿が、完全に消えた。


村に、静寂が戻った。



「ゴエモンさん……!」


俺は、駆け寄った。


ゴエモンは、地面に座り込んでいた。肩の傷は、まだ黒ずんでいたが、悪化は止まっていた。


「……悪いな、心配かけて」


「心配どころじゃないです。無茶しすぎです」


「へへ……守るって言ったからには、守らな格好つかんやろ」


レナが、無言でゴエモンの隣に膝をついた。


「……ありがとう」


「なんや、素直やな」


「一回だけだ」


「調子ええな」


軽口を叩きながらも、レナの目には、確かな安堵があった。


俺は、村の中心を見た。


使徒が最後に残した言葉が、耳の奥に残っていた。


「ルミナちゃんが、ナイアルにとって唯一の脅威……」


なぜだ。ただの女神じゃないのか。前世の推しに、生き写しの女神。


その正体に、何かとてつもないものが隠れている気がした。


「フィリアさん」


「……はい」


「ルミナちゃんについて、もっと調べる必要があるかもしれない」


フィリアが、真剣な顔で頷いた。


「アルベルト大神官長を助け出したら、その次は」


俺は、空を見上げた。


雲の切れ間から、光が差し込んでいた。


「ルミナちゃんの、本当の正体に向き合う番だ」


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