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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第3章「異国(とつくに)の現場(ステージ)、踏破す!」

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第35話:黒い瘴気は、海を越えて

宴の翌朝の知らせから、半刻も経たないうちだった。


「エルドラドの使節殿に、火急の用向きにて参上いたしました」


宿の前に現れたのは、御所の使者だという男だった。烏帽子に正装、息を切らしている様子から、よほど急いで来たことが分かった。額には汗が浮かび、声も少し掠れていた。


「ミカド様より、お言葉を預かって参りました」


「ミカド様が、俺たちに?」


俺は驚いた。ゴエモンが「御所が直々に異国の使節に声をかけるなんて、滅多にないことやで」と小声で言った。普段の軽さが消えていた。


使者は、深く頭を下げてから続けた。


「北の村にて、忌まわしき異変が起きておりまする。土地の者たちは、これを『黒の祟り』と呼び、恐れおののいております。御所の陰陽師たちも手を尽くしましたが、効果なく……」


「効果がない、というのは」


「祓いの術が、まったく通じぬのです。むしろ、術者が近づくほど、靄が勢いを増すと」


俺は、フィリアと顔を見合わせた。互いに、同じことを思っていた。


メリオールの記録と、完全に符合していた。


「ミカド様は、異国より参られた光の女神の聖歌隊の噂を、すでにお聞きになっております。瘴気を退けた奇跡の御業を持つ方々と」


「それで、俺たちに」


「はい。不躾なお願いとは存じますが……どうか、お力をお貸しいただけませぬか」


使者が、地面に膝をついた。


「このままでは、北の村のみならず、この国全土に、災厄が広がるやもしれませぬ」


座敷に、しばらく沈黙が落ちた。


ツバキが、唇を引き結んでいた。加入してまだ一日も経っていない。最初の仕事が、こんな話だとは思っていなかったはずだ。シルが、サイリウムをぎゅっと握りしめて、ツバキの様子を窺っていた。


俺は、しばらく使者を見ていた。


それから、メンバーを見渡した。


レナが、無言で頷いた。剣のホルスターに、自然と手が伸びていた。ミレイが、緊張した顔で唇を結んだ。シルが、サイリウムを胸に抱きしめた。ツバキが、まだ加入して間もない不安を見せながらも、まっすぐ前を見ていた。


「行きます」と俺は言った。「ヤマトの現場も、潰させない」


使者が、安堵の表情を浮かべた。


「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」


何度も頭を下げる使者を見ながら、俺はサイリウムを懐から取り出した。永久機関のオレンジの光が、朝の宿に静かに灯った。



北の村へ向かう道中、誰も口を開かなかった。


ゴエモンが先導し、その後ろにヴァルター、レナ、ミレイ、シル、ツバキ、フィリア、そして俺が続いた。空は晴れていたが、進むほどに、空気が重くなっていくのが分かった。


道の途中、村から逃げてきたらしい荷車とすれ違った。荷車には、最低限の家財だけが積まれていた。引いている男が、俺たちとすれ違う瞬間、怯えた目でこちらを見た。何か言いたげだったが、結局何も言わずに、足早に去っていった。


その背中を見送りながら、フィリアが小さく呟いた。


「……怖いのでありんすね、みんな」


ヤマト語に少し混ざった花魁口調に、誰も突っ込まなかった。それだけ、空気が張り詰めていた。


村が見えてくる頃には、すでに異様な光景が広がっていた。


田畑の一部が、黒く枯れていた。


枯れているというより、色そのものが抜け落ちているような、不気味な黒さだった。地面に細い亀裂が走り、そこから薄く黒い靄が立ち上っていた。風もないのに、靄はゆっくりと、村の中心へ向かって流れているように見えた。


匂いがあった。


土が腐ったような、それでいて金属的な、嗅いだことのない匂い。前世では絶対に嗅いだことのない、異世界の異臭だった。鼻の奥にまとわりついて、離れなかった。


「……メリオールと、同じだ」


俺は呟いた。


フィリアの記憶にあった文献の描写と、目の前の光景が重なった。空が黒く染まり、大地から瘴気が噴き出す。あの記録通りの始まりだった。


「住民は……」とヴァルターが村を見渡しながら言った。


「逃げたみたいです」とミレイが、空き家になった軒先を見ながら言った。「でも、全員じゃ……」


村の中ほどに、数人の老人が、家の前にうずくまっていた。逃げ遅れたのだろう。足腰が弱く、若い者たちと一緒に走れなかったに違いない。一人の老婆が、地面に座り込んだまま、震える手で胸の前に何かを抱えていた。よく見ると、小さな位牌だった。


「フィリアさん、防護を」


「は、はい……!」


フィリアがすぐに防護魔術を展開した。淡い光の膜が、俺たちと老人たちを覆った。


「大丈夫ですか」


俺が駆け寄ると、老人の一人が震える声で言った。


「あ、あんたたちは……」


「エルドラドから来た者です。今、安全な場所に移動させます」


「お、お助けくださるんですかい……!」老人の目に、涙が滲んだ。「もう、駄目かと……このまま、村と一緒に消えるのかと……」


「もう大丈夫です」


位牌を抱えた老婆が、かすれた声で言った。


「先祖代々、この土地で生きてきましたんじゃ……それが、こんな……」


その声に、誰も何も言えなかった。


ゴエモンが、無言で老人たちを担いで運び始めた。「俺も手伝うで」とレナが続いた。二人は手慣れた様子で、震える老人たちを背負い、村の外へと運んでいった。


その間も、亀裂からは靄が立ち上り続けていた。


「これは……このままだと」


フィリアの声が、震えていた。


「村全体が、メリオールと同じことに」


俺は、サイリウムを握った。手のひらに、永久機関の光の熱が、じわりと伝わってくる。


「やらせない」



老人たちを村の外まで避難させたあと、俺たちは村の中央に戻った。


亀裂は、すでに村全体に広がりつつあった。地中から噴き出す靄が、徐々に空気を侵食していく。井戸の水が、黒く濁り始めていた。神社の鳥居の朱色も、足元から黒ずんでいくのが見えた。


「これ、どうにかなるんでありんすか」とツバキが、不安そうに聞いた。声の震えを隠せていなかった。


「分からない」と俺は正直に言った。「でも、何もしないよりはマシだ」


「演舞で、瘴気を抑えられるんですか」とミレイが聞いた。


「ギルバートで邪神教団と戦ったとき、コールと演舞の光が、瘴気を押し返した。今回も同じはずだ」


「分かりんした」とツバキが頷いた。深く息を吸って、自分に言い聞かせるように、もう一度頷いた。「やってみましょう」


「待て」


ヴァルターが、剣を抜きながら言った。


「来るぞ」


村の奥、社の方角から、黒いローブの集団が姿を現した。


足音は、しなかった。


地面を歩いているはずなのに、まるで影が滑るように、音もなく近づいてくる。数は五人。フードを目深に被り、顔は見えない。一人が、杖のようなものを掲げていた。先端に、見覚えのある紋章——八つの目を持つ蛇が、輪を描いて尾を喰らっている図——が刻まれていた。


「邪神教団……!」とフィリアが叫んだ。


先頭の一人が、ゆっくりと立ち止まった。


しばらく、誰も口を開かなかった。


風が、村の中を吹き抜けた。黒い靄が、その風に乗って、わずかに揺れた。


「光の女神の聖歌隊か」


ようやく、フードの奥から低い声がした。


「エルドラドだけでは飽き足らず、この国にまで足を伸ばすとは」


「お前らこそ」と俺は言った。「ここで何をしている」


「決まっている」フードの奥で、男が嗤った気配がした。「我らが主、邪神ナイアル様の御業を、この地にも広めるのみ」


「ナイアル……」


その名前を、俺は初めて聞いた。だが、フィリアの顔が、さらに青ざめた。


「アキ様……邪神教団の信仰する、その名」


「知ってるのか」


「文献に、一度だけ目にしたことがあります」とフィリアは、声を抑えながら言った。「世界各地の信仰を呑み込み、すべてを『無』に帰そうとする存在、と」


「無に帰す……」


フードの男が、杖を掲げた。


「問答は無用だ。ここを、新たな更地にするだけのこと」


地面の亀裂が、一斉に広がった。


黒い靄が、噴水のように噴き出した。村の空気が、一気に重くなった。空の青さが、急速に灰色に染まっていく。


「来るぞ……!」とヴァルターが叫んだ。


「全員、構えろ!」


俺は、サイリウムを構えた。


サイリウムの光が、噴き出す黒い靄に照らされて、いつもより力強く見えた。前世のライブで、暗闇の中でひと際輝くペンライトの光と、同じだった。


「迎え撃つより、やることがある」


「やること、とは」とゴエモンが聞いた。


「演舞だ」


「は? 今からか?」


「今からだ」


俺は、メンバーを見渡した。


レナが、剣を抜きかけて、止めた。ミレイが、魔術書を構えかけて、俺を見た。シルが、サイリウムを構えた。ツバキが、緊張した面持ちで頷いた。


四人の目に、迷いはなかった。


「これは戦いじゃない」と俺は言った。「ライブだ」


「……は?」


「奪われたものを取り返すんじゃない。届けるものを、届けるだけだ。それで、瘴気は押し返せる」


ゴエモンが「お前、ほんま変な奴やな……」と呟きながらも、刀の柄に手をかけた。その口元に、わずかだが、笑みが戻っていた。「ええわ、信じたるわ。前線は俺とレナで支える」


「頼む」


「あんさんは、歌う方に集中せえ」


レナとゴエモンが、瘴気の前に立った。レナが剣を抜き、ゴエモンが刀の鞘を払う。二人の間に、不思議な連携の気配が漂っていた。初めて組むはずなのに、すでに息が合っているように見えた。


「行くぞ」


俺はサイリウムを掲げた。


光が、夜明け前の村に灯った。

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