第34話:聖歌隊に、花のセンターが加わった
祭りの翌日、宵ノ國の茶屋にツバキから使いが来た。
「茶屋の座敷で、お話があるそうです」とフィリアが伝えてくれた。
俺たちが座敷に着くと、ツバキが正座をして待っていた。昨夜の祭り装束ではなく、いつもの桜色の着物に戻っていたが、纏う空気が明らかに違っていた。
「お呼びたてして、申し訳ありんせん」
「いえ。話というのは」
ツバキは、しばらく俯いていた。
それから、顔を上げて、はっきりと言った。
「わっちを、聖歌隊に加えていただけんでありんしょうか」
座敷が、一瞬静まった。
「わっちも、あなた様たちと一緒に、世界中に歌を届けたいありんす」
ツバキの目に、迷いはなかった。
「歌巫女としての役目は、まだ残っておりんす。でも、それとは別に、わっちは……自分の歌を、誰かに届けたいと思いんした。昨夜、初めてそう思いんした。この想いを、終わらせたくありんせん」
俺は、ツバキを見た。
「家のことは、いいんですか」
「師匠には、もう話してありんす」
「もう?」
「昨夜のうちに」とツバキは言った。「祭りが終わった、その足で参りんした。師匠は……驚いておりんしたが、最後には『お前の好きにせよ』と」
「驚いただけで、止められなかったんですか」
「止めようとはなさいんした」とツバキは少し笑った。「『歌巫女の務めを途中で投げ出すとは何事か』と、最初はそう仰いんした。でも、わっちが昨夜の祭りのことを話すと……師匠は、しばらく黙っておりんした」
「何を話したんですか」
「初めて、誰かに届けようとして歌ったということを。それで、観客が泣いたということを」
ツバキは、少し間を置いた。
「師匠は、ぽつりと仰いんした。『わしも、若い頃はそうやって歌っておったかもしれぬ』と。それから、何も言わず、行ってよいと」
「そうですか」
「歌巫女の家は、わっちが抜けても、別の者が継ぎんす。問題ありんせん」
ツバキは、深く頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いいたしんす」
俺は、しばらくその姿を見ていた。
それから、レナを見た。
「レナ、どう思う」
レナは、腕を組んだままツバキを見ていた。
「……あたしは構わない」とレナは言った。「祭りの歌、聴いた。あれだけのものを一晩で見せられたら、文句のつけようがない」
「ミレイは」
「わ、わたしも賛成です……!」ミレイが慌てて頷いた。「あの歌、本当にすごかったので……一緒にやれたら、絶対にもっと良いものになると思います」
「シルは」
シルは、こくこくと激しく頷いていた。耳がぴんと立って、サイリウムを抱える手に力が入っているのが分かった。
「シルは賛成みたいです」
ツバキが、シルを見た。シルも、ツバキを見た。二人の視線が合った瞬間、シルが小さく「……ん」と声を出した。
「……シルさん」
ツバキの目が、潤んだ。
「全員一致だな」と俺は言った。「フィリアさんは」
「もちろん大賛成です……! これはワシンジにおける『新たな巫女の合流』……!」
「いつもの解釈ですね」
「いつものです……!」
「ようこそ」と俺は言った。「聖歌隊に」
「……っ」
ツバキが、顔を伏せた。涙を堪えているのが分かった。
◇
「歓迎会や、歓迎会!」
ゴエモンが、すぐに酒と料理を手配し始めた。
「ゴエモンさん、急すぎませんか」
「こういうのは勢いが大事なんや。善は急げ言うやろ」
「ヤマトにもそういう言葉があるんですね」
「あるで。お前の前世にもあるんか」
「あります」
「ほーん、似たようなもんなんやな、案外」
茶屋の座敷に、急遽宴の準備が整えられた。レナが「飲みすぎるなよ」と言いながら自分が一番先に杯を空けていた。ミレイが「わたし、お酒初めてです……!」と緊張しながら一口飲んで、顔を真っ赤にして撃沈した。
「フィリアさん……!」
フィリアが感涙しながら手帳を広げていた。「これぞワシンジの仲間迎え入れの儀……! 異国の歌巫女が、光の女神の聖歌隊に加わるという、まさに歴史的瞬間が……!」
「いつものやつですね」とツバキが、すでに慣れた様子で言った。
「慣れるの早いですね」
「数日一緒にいれば、誰でも慣れんす」
ツバキが、少しだけ笑った。最初に会ったときの能面のような表情とは、まるで違う顔だった。
シルが、ツバキの隣にぴたりと座って、何か地面に書き始めた。
「うれしい」
ツバキが、それを見て、また泣きそうな顔になった。
「……わっちも、嬉しいでありんす」
宴は、夜遅くまで続いた。
提灯の灯りの下で、笑い声が絶えなかった。レナとゴエモンが酒の強さを競い合い、最初はレナが圧倒していたが、五杯目あたりでゴエモンが「待ってくれ、もう無理や」とギブアップした。「冒険者は酒に強いんだ」とレナが胸を張ると、ゴエモンが「サムライも強いはずやったんやがな……」と崩れ落ちた。
ミレイはフィリアに介抱されながら「まだ飲めます……飲めますから……」と呟き、フィリアが「ミレイさん、もう十分です」と水を飲ませていた。
シルとツバキは並んで座って、互いの言葉を教え合っていた。シルが地面に書いた文字をツバキが読み上げ、ツバキの花魁言葉をシルが真似して小さく声に出す。「ありんす」と言おうとして「あ……ん……」で止まってしまうシルに、ツバキが「ゆっくりでよろしいでありんすよ」と優しく声をかけていた。
俺は、その様子を少し離れた場所から眺めていた。
ルミナちゃんの聖歌隊が、また一人増えた。
王国を出て、まだひと月も経っていない。それなのに、もうこんなに賑やかになった。レナの剣士としての重み、ミレイの届けようとする声、シルの倍音の歌、そしてツバキの技術に心が宿った歌。それぞれ違う形で完成された四人が、同じ場所に立っている。
「ルミナちゃん」
俺は小さく呟いた。
「見てるか。お前の仲間が、また増えたぞ」
夜空に、星が瞬いていた。
◇
宴の翌朝。
俺たちは少し遅めに起きて、宿の縁側で茶を飲んでいた。
「今日からどうするんですか」とミレイが聞いた。
「ツバキさんを正式に聖歌隊に組み込んで、もう一度練習だな。あと、ヤマトの他の場所でも演舞を見せたい」
「ヤマトは広いで」とゴエモンが言った。「宵ノ國だけやのうて、もっと奥の方にも村があるし、御所もある」
「御所」
「ミカド様がおわす場所や。まあ、お前らみたいなんが急に行ける場所やないけどな」
「行きたいな」
「無理や言うたやろ」
そんな会話をしていたとき。
宿の女将が、慌てた様子で縁側に駆け寄ってきた。
「お、お客様方……!」
「どうしました」
「先ほど、町の北で……変な噂が」
女将の顔が、青ざめていた。
「北の村で、空が黒く染まったと……地面から、変な靄が出ていると……!」
座敷の空気が、一瞬で変わった。
ゴエモンの顔から、いつもの軽さが消えた。
「……それ、いつの話や」
「今朝方だと……! 村の者が逃げてきて……!」
俺は、フィリアを見た。
フィリアの顔が、青白くなっていた。
「アキ様……それは……」
「ああ」
俺は、サイリウムを握った。
「メリオールと、同じだ」
ツバキが「メリオール……?」と戸惑った顔をした。
「邪神教団の、災厄です」
ツバキの顔が、強張った。
「邪神教団……ヤマトにも、来ているのでありんすか」
「分からない。でも、可能性はある」
俺は立ち上がった。
ルミナちゃんの聖歌隊が、また一人増えたばかりだった。
幸せな空気が、まだ宴の余韻として残っていたのに。
その余韻を裂くように、北の空に、薄く黒い雲が広がり始めていた。
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