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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第3章「異国(とつくに)の現場(ステージ)、踏破す!」

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第33話:歌巫女ツバキ、魂の一曲を歌う

数日後、宵ノ國で年に一度の祭りが開かれることになった。


夏越なごしの祭り」とゴエモンが教えてくれた。一年の半分が終わる節目に、穢れを払い、後半の無事を祈る祭りだという。花街の歌巫女が、その夜に奉納の歌を捧げるのが慣わしらしい。


「今年は、ツバキが歌うことになっとる」とゴエモンが言った。


「毎年やってることですか」


「そや。毎年、宵ノ國中の客が集まる、一番でかい現場やな」


その言葉に、俺は少し驚いた。ゴエモンが「現場」という単語を自然に使っていた。いつの間にか感染している。


「ツバキさんは、その話を知ってるんですか」


「知っとるで。今、めちゃくちゃ悩んどる」



その日の午後、宵ノ國の座敷でツバキと顔を合わせた。


ツバキは、いつもより硬い表情をしていた。


「祭りの話、聞きました」


「……はい」とツバキは頷いた。「夏越の祭りでありんす。宵ノ國始まって以来、毎年歌巫女が歌う行事でありんす」


「今年は、ツバキさんが歌う番ですか」


「……そうでありんす」


ツバキは、膝の上で手を握っていた。


「正直に申し上げますと」とツバキは続けた。「怖いのでありんす」


「怖い、というのは」


「今までは、ただ正確に歌えばよかりんした。技術だけで十分でありんした。でも、今は」


ツバキの声が、少し震えた。


「心を込めて歌おうとすると、何をどうすればいいか分からなくなりんす。今までの歌い方では駄目な気がして、でも、新しい歌い方も分からなくて」


「そうですか」


「もし、祭りの場で、何も込められないまま終わってしまったら……それなら、今まで通り、技術だけで歌った方がいいのではないかと」


俺は、ツバキの言葉を聞いていた。


「ツバキさん」


「……はい」


「失敗してもいいです」


ツバキが、顔を上げた。


「俺たちのコールも、最初は全然揃わなかった。何十回も失敗した。今でも完璧じゃない。でも、それでも前に進んでる。一回の祭りで完璧にする必要はないです」


「……でも、これは毎年一度の、大切な奉納で」


「大切だからこそ、ちゃんと自分の今の気持ちで歌った方がいい。技術だけの歌より、不完全でも心が乗った歌の方が、ずっと人に届きます」


ツバキは、しばらく俺を見ていた。


「……根拠は、ありんすか」


「俺たちが証明してます」


ツバキが、少しだけ笑った。困ったような、でも温かい笑い方だった。


「……そうでありんしたね」



夏越の祭りの夜。


宵ノ國の通りは、提灯と屋台で埋め尽くされていた。前世の夏祭りそのものだった。串焼きの匂い、太鼓の音、子供たちの笑い声。俺はその空気を吸い込むたびに、胸の奥が熱くなるのを感じた。


神社の境内に、特設の舞台が組まれていた。観客は、もう数百人を超えていた。ヤマトの民だけでなく、近隣の村からも人が集まってきているらしい。


「すごい人数でありんすね」とミレイが、舞台の袖で言った。


「毎年こうなんや」とゴエモンが言った。「夏越の歌巫女の奉納は、宵ノ國一番の見世物やからな」


レナが「緊張してきた」と珍しく弱音を吐いた。


「お前らが緊張してどうする」と俺は言った。「今日の主役はツバキさんだ」


舞台の中央に、ツバキが立っていた。


桜色ではなく、今日は白地に金の刺繍が入った特別な衣装を纏っていた。長い黒髪を高く結い上げ、白粉の顔は、いつもより張り詰めていた。


観客が静まり返った。


太鼓の音が、一度、鳴った。


ツバキが、目を閉じた。


俺は、舞台の袖から、その横顔を見ていた。


(誰を、思い浮かべてる)


ツバキは、しばらく目を閉じたままだった。


それから、ゆっくりと、口を開いた。


最初の一音が、夜の境内に響いた。



技術は、変わらず完璧だった。


音程は狂わない。声量も制御されている。それは、十年間積み上げてきたものだから、当然だった。


でも、何かが違った。


声に、震えがあった。


緊張からくる震えではない。何かを抱えながら、それでも前に進もうとする、確かな震えだった。


ツバキの目は、観客の方を見ていなかった。視線が、定まらず揺れていた。


俺は、それを見て分かった。


(誰を思い浮かべればいいか、まだ迷ってる)


歌は、まだ宙ぶらりんだった。技術はあるのに、行き先が定まらない声。空に向かって投げられた声が、誰にも受け止められずに消えていく。


このままだと、また、いつもの歌になる。


俺は、サイリウムを握った。


舞台に出るかどうか、迷った。でも、これはツバキが一人で乗り越えるべき瞬間だ。


その時。


ツバキの視線が、舞台の袖に、止まった。


シルが、そこに立っていた。


サイリウムを胸に抱えて、じっとツバキを見ていた。


ツバキの目が、シルに合った。


そして——歌が、変わった。



声の震えが、止まった。


代わりに、声に、芯が通った。


ツバキの目が、シルだけを見ていた。たった一人だけに、声を届けようとしていた。


シルが、サイリウムを掲げた。オレンジの光が、夜の境内に灯った。


ツバキの歌声が、その光に呼応するように、強くなった。


観客が、息を呑んだ。


「……あれは」「歌が……変わった……?」「なんと美しい……!」


レナが、隣で小さく言った。「……変わったな」


「ああ」


俺は、ツバキの歌を聴いていた。


技術は変わらない。でも、声に体温があった。シルに届けようとする一心が、声の中に確かに乗っていた。


歌が、続いた。


ツバキの目から、涙が一筋流れた。


歌いながら、泣いていた。声は乱れなかった。技術が、その涙を支えていた。


夜空に、光が満ちていった。


シルのサイリウムの光と、ツバキの歌声が共鳴して、境内全体がオレンジに包まれていく。提灯の灯りと混ざって、神社の屋根まで、温かい光が満ちた。


観客が、誰からともなく、すすり泣き始めた。


「……なんと美しい歌でありんしょう」「胸が、痛い……」「これが、心を込めた歌……」


ツバキの一曲が、終わった。


境内が、静まり返った。


それから、割れんばかりの拍手が、夜空に響いた。



ツバキは、舞台の上で、肩で息をしていた。


涙が、まだ頬を伝っていた。


俺は、舞台の袖から歩み出た。


「ツバキさん」


ツバキが、こちらを見た。


「……アキ様」


「いい歌じゃねえか」


その瞬間、ツバキの涙が、また溢れた。


「……これが」とツバキは言った。「これが、心を込めるということでありんすね……」


「そうです」


「わっち……」ツバキの声が、震えた。「初めて、分かりんした。歌を、誰かに届けるということが」


「シルさんを見て歌いましたね」


「……はい」ツバキが、舞台の袖を見た。シルが、サイリウムを抱えて、じっとこちらを見ていた。「あの子の光が見えたとき、急に、何を歌えばいいか分かりんした。あの子に、届けたいと思いんした」


「届きました」


「……本当に、でありんすか」


「観客みんな泣いてました。あなたの歌は、ちゃんと届きました」


ツバキは、もう一度、涙を拭った。


それから、深く頭を下げた。


「……ありがとうございんす」


その言葉は、十年間誰にも言ったことのない、心からの感謝だった。


夜空に、まだ光の余韻が、ゆらりと残っていた。


太鼓の音が、また一つ、祭りの続きを告げるように響いた。

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