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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第3章「異国(とつくに)の現場(ステージ)、踏破す!」

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第30話:奉納演舞、ヤマトに轟く

神社は、宵ノ國から歩いて十分ほどのところにあった。


石段を上がった先に、大きな木の鳥居が立っていた。その向こうに、玉砂利の参道が伸びていて、奥に社殿がある。朱色の柱と、反り上がった屋根。境内の隅には大きな木が数本、幹を太くして静かに立っていた。


「……でかいな」とレナが言った。


「いい箱(会場)だ」と俺は言った。


「箱とか言うな、神聖な場所だぞ」


現場ステージとして見てる。怒られるようなことは言っていない」


レナが「言い方の問題だ」と言ったが、俺は気にしなかった。実際、この場所は音の通りが良さそうだった。玉砂利と石段と木々が、絶妙な反響を生む。前世で神社の縁日ライブを見たとき、野外なのに音が気持ちよく広がっていた、あの感じに似ている。


神主らしき白装束の男性が、フィリアに深々と頭を下げながら「ようこそおいでくださいました。エルドラドの神職の皆様を、心よりお迎え申し上げます」と言った。


「神職ではないんですが」と俺は言いかけて、フィリアに「アキ様、黙っていてください」と静かに止められた。


「……なぜですか」


「神社をお借りするにあたって、わたくしが『ルミナ様の巫女として参りました』とお伝えしてしまったので」


「……フィリアさん、それは」


「ワシンジ的には正しいのです。アキ様もわたくしたちも、広義ではルミナ様にお仕えする神職にあたりますので……!」


「広義にも程がある」


「でも、お借りできたのですから、結果的には正しかったのです……!」


俺は何も言えなくなった。論理はめちゃくちゃだが、確かに結果的には正しかった。前世でいえば、チケットの抽選に「推しへの熱意」を理由書きに書いたら奇跡的に当選した、みたいなやつだ。理由は不明だが通ってしまった。



「で、ツバキさんはどこにいるんですか」


「あそこでありんす」


振り返ると、ツバキが参道の端に立っていた。昨日と同じ白粉の顔に、今日は淡い桜色の着物を纏っていた。神社の朱色の柱と、意外によく合っていた。


「来てくれましたね」と俺は言った。


「来ると言いありんした。わっちは約束を違えん性質でありんす」


「それは助かります」


「見るだけでありんすよ」


「分かってます」


ゴエモンが「ええのか、ここまで許したら」とツバキに言った。ツバキが「黙ってくださいませ、五右衛門殿」と冷たく返した。ゴエモンが「はいはい」と言いながら社殿の脇の木にもたれた。どうやらこの二人は知り合いらしかった。


「みんな、準備していいか」と俺は言った。


レナが無言で頷いた。ミレイが「は、はい……!」と緊張した声で言った。シルがサイリウムを握り直して、こくりと頷いた。


「緊張するな」


「するんですよ普通は」とミレイが言った。


「昨日みたいにやれ。誰かに届けようとして声を出せ。それだけだ」


「……誰に届ければ」


「ツバキさんに」


ミレイが、ツバキを見た。ツバキが、ミレイを見た。二人の視線が、一瞬交わった。


「……それならできます」


ミレイが、深く息を吸った。



俺はサイリウムを構えた。


玉砂利の上で、ステップを踏んだ。境内の空気が、変わった気がした。


神社という場所は、前世でも独特の空気があった。しんと静まりかえっていて、でも、どこか何かが満ちているような感じ。この異世界のヤマトの神社も、同じだった。


「行くぞ」


OAD、起動。


サイリウムが空を裂いた。オレンジの光が境内に弧を描き、玉砂利の白さに反射して、参道全体がほんのりと明るくなった。


レナが動いた。石段の上で足を踏み固めて、体の芯からステップを踏む。その重心の安定が、玉砂利の上でも揺れなかった。低くて、深い声が出た。


ミレイが声を出した。届けようとする相手を決めてから出す声は、座敷で聴かせたときより前に飛んでいた。境内の木々が、その声を受け取って、空に逃がしていく。


シルが、サイリウムを弧に描いた。


銀色の髪が、朝の光の中で揺れた。


それから、シルが声を出した。


倍音が混じった、複数の音が重なるような声。人間とは違う響きを持つ、シルだけの声。その声が、神社の境内に満ちたとき、玉砂利の上に、薄い光の層が広がった。


「「「おおっ……!!」」」


参道の脇で見ていた神主と、その周りに集まってきていた参拝客たちが、一斉に声を上げた。


「異国の神楽かぐらか……!」「あの光は何だ……!」「あの銀の髪の子の声が……!」


フィリアが素早く参拝客に向き直った。


「皆様! 今ご覧いただいているのは、エルドラド王国に伝わる古代神聖舞踊ワシンジ……! 光の女神ルミナ様への奉納の儀式にございます……!」


「なんと神々しい……!」「ルミナとは……どのような女神なのか……!」「あの光の棒が、術の核心か……!」


「さいりうむと申します……! 光の女神の御力の結晶にして、術者の魂の延長……!!」


「全然違う説明を付け加えないでください」と俺は演舞しながら言った。


「アキ様、今は演舞に集中してください……!」


「フィリアさんが余計なことを言うから……!」


「余計ではありません……! これはワシンジの広報活動です……!!」


広報活動は本当だが、内容がすべてフィリア独自の解釈だった。



演舞が終わった。


参道に集まった人々が、しばらく静かにしていた。それから、一人が手を叩き始めた。次々と続いて、境内が拍手で満ちた。


「すごかった……!」「もう一度見たい……!」「ルミナ、とはどこの神か……!」


神主が、深く頭を下げた。「これほどの奉納を、当社でご披露いただけるとは……心より御礼申し上げます」


「ありがとうございます」


俺はサイリウムを下ろして、ツバキを探した。


参道の端に、さっきと同じように立っていた。


だが、さっきとは違っていた。


表情が、あった。


事務的な能面のような顔ではなく、何かを懸命にこらえているような、そういう顔だった。


「ツバキさん」


俺が近づくと、ツバキは一度、強く瞬きをした。それから、いつもの表情に戻ろうとした。戻れなかった。


「……」


「どうでしたか」


「……」


ツバキはしばらく黙っていた。


「あの銀の髪の子」と、ツバキがやっと言った。「名はなんと申しんす」


「シルです」


「シル……」ツバキが、シルの方を見た。シルは演舞を終えて、サイリウムを静かに抱えていた。「あの子は、なぜあんな声をしているのでありんすか」


「獣人です。声帯の作りが人間と違う」


「そうでありんすか」ツバキは、また黙った。「……わっちは、最初、あの声が不思議だと思いありんした。人間の声ではないと。でも」


「でも?」


「聴いていたら……胸が、痛くなりありんした」


俺は何も言わなかった。


「痛い、というのは変でありんすか。傷ついたわけではありんせん。でも、何か、こう……」


「締め付けられる感じ、ですか」


「……そうでありんす」ツバキの目が、揺れていた。「あの子は、なぜあんなに必死に歌うのでありんすか。もっと、楽に歌えばいいのに」


「楽に歌えなかった時期があったからだと思います」と俺は言った。


「楽に歌えなかった……?」


「あの子は、ずっと声を封印していた。声を出すたびに傷ついてきたから。だから、今、声を出せることが、あの子にとってはまだ奇跡みたいなことなんです」


ツバキが、シルを見た。


シルはゴエモンに何かを話しかけられて(多分「ええ声やったで」とか言われたんだろう)、耳をぴんと立てて照れていた。


「……わっちには」


ツバキが、小さく言った。


「あの子が羨ましいのでありんす」


「羨ましい?」


「声を出せることを、あんなに大切にしている。当たり前のことを、当たり前だと思っていない」ツバキの視線が、自分の手に落ちた。「わっちは……歌うことを、ずっと当たり前だと思って来ありんした。生まれたときから歌っていたから。でも、もし歌えなくなったら……わっちは、あの子みたいに、あんなに必死になれるでありんしょうか」


「なれると思いますよ」


「……根拠はありんすか」


「今、シルを見て胸が痛くなった。それが根拠です」


ツバキは、しばらく黙った。


「……一つ、聞いてもよろしいでありんすか」


「どうぞ」


「心を込めて歌うというのは……どうやって学ぶのでありんすか」


俺はツバキを見た。


その目に、さっきまでなかったものがあった。


「一緒に考えましょう」と俺は言った。「すぐには分からないかもしれないけど」


ツバキが、小さく頷いた。


白粉の顔の下で、その頬が、ほんのわずかだけ、ゆるんだ気がした。



帰り道、ゴエモンが俺の隣を歩きながら言った。


「ツバキが自分から聞いたな。珍しいで、あの子が」


「そうですか」


「俺、あの子と宵ノ國でたまに話すんやけど、あの子から何か聞いてきたの、初めて見たわ」


「そうでしたか」


「お前、なんかやったんか」


「何もしてないです」


「嘘つけ」とゴエモンが笑った。「シルがええ声やったんやろ。それがツバキに刺さった」


「刺さったのはシルの歌ですよ」


「まあそやけど、あの場を作ったのはアキやんか」


俺は、特に返事をしなかった。


シルが隣を歩いていた。サイリウムを抱えたまま、静かに。


あの子が今日歌ったのは、誰かに届けようとしたからだ。届け先を持っていたからだ。かつて声を出せなかったあの子が、今こうして声を出せている。


それがツバキの胸を締め付けた。


ヲタ活というのは、そういうことだ。


本人が輝くことで、誰かの何かが動く。そのためにやってる。


「ルミナちゃん」


俺は空を見上げた。


「一人、もうすぐ動くかもしれないぞ」


石畳の路地に、昼の光が差していた。

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