第3話:エルフの天才魔術師、現場に乱入する
「――どうか、どうか我が弟子になっていただきたい! いや、むしろ私をあなたの『追っかけ(門下生)』にしてくださいッ!!」
ゴブリンの群れを一本の光る棒と奇妙な踊り(OAD)で壊滅させた翌日。
村の宿屋で、俺は、熱烈なスライディング土下座をキメられていた。
床に綺麗な額をこすりつけているのは、見事な金髪と尖った耳を持つ、息を呑むほど美形なエルフの少女だった。
名前はフィリア。これでも国家資格を持つ高名な『一級魔術師』らしいのだが、そのプライドをすべてドブに捨てたような姿勢で俺を見上げている。
「いや、立ち上がってくれフィリアさん。俺はただの無職のヲタクだし、弟子とかそういうのはちょっと……」
「謙遜なさらないでください、アキ・ラベイン聖下! 私は昨日、この目で見たのです! あなたが大気中のマナを一瞬で掌握し、詠唱破棄どころか『言語破棄』の領域で展開した、あの伝説の超魔法【ワシンジ】を!」
フィリアの目はギラギラとした狂信的な光を放っていた。
「あの両腕を激しく上下させる神聖なる演舞……! あれは、世界の因果律を強制的にねじ曲げる【光の絶対障壁】の起動キーですね!? 私のような凡百の魔術師がどれほど魔導書を読み込んでも、あのような高次元の術式には至れません!」
「いや、あれ、ただのオタ芸だから。アイドルのコンサートでみんなが打つ、ただの運動だから」
「お、おたげい……? 『御・多・啓』……! なんと深い言葉だ。多くの人々に神の啓示を分け与える、という意味ですか……!」
ダメだ。このエルフ、話が1ミリも通じない。
俺の言う「ヲタク用語」を、すべて勝手に古代の高等魔術理論に翻訳して解釈しやがる。完全な重度の勘違い(ポジティブオタク)だ。
「フィリアさん、俺は本当に魔力測定でも『ゼロ』って言われた無能なんだって」
「それこそが至高の証明です! 偉大なるアキ聖下の肉体は、マナを貯めるだけの『器』ではない! 世界そのものと同期する『回路』なのです! だから水晶玉ごときでは計測不可能なのですよ!」
フンス、と鼻息を荒くして胸を張るフィリア。
一級魔術師の彼女が大真面目に解説するものだから、宿屋の主人や周囲の村人たちまで「おおお……やっぱりあの人は生ける伝説だったんだ!」と納得の表情を浮かべている。完全に外堀が埋められていく。
「……まぁ、いいや。とにかく弟子は取らない。俺はこれから、前世の推しにそっくりな『光の女神ルミナ』様の教会に行って、布教活動(ヲタ活)をしなきゃいけないんだ」
そう、俺の目的は決まっている。
この世界にいるという女神ルミナ様の教勢を拡大し、彼女を世界一のトップアイドル(神)に押し上げること。そのためには、こんな辺境の村で燻っている暇はない。まずは隣の大きな街「ギルバート」へ移動するつもりだった。
「街へ行くのですか!? なら、なおさら私も同行します! ギルバートまでの道中には、巨大なミノタウロスが縄張りにしている危険な渓谷があるのです。私のアシストがあれば、移動もスムーズかと!」
ミノタウロス。異世界の定番モンスターか。
確かに、俺一人では道に迷うかもしれないし、旅慣れた現地人のサポートがあるのはありがたい。
「……わかった。じゃあ、同行だけなら」
「ありがとうございます、師匠! いえ、アキ様!」
フィリアはパッと表情を輝かせると、いそいそと旅の支度を始めた。
こうして、俺は「勘違い系ポンコツエルフ」という、ちょっと騒がしい同行者を連れて、初めての旅路へと一歩を踏み出すことになった。
◇
数日後。俺たちの前に、切り立った崖が続く険しい渓谷が姿を現した。
ギルバートへ続く唯一の街道。しかし、その中央に、そいつはどっかりと居座っていた。
「ブモォォォォォォン!!」
体長4メートルはあろうかという、筋肉の塊のような牛頭の魔獣――ミノタウロス。
手には巨大な鉄の棍棒を握りしめ、鼻から荒い息を吹き出している。ゴブリンとは比べ物にならない威圧感だ。
「出ました、渓谷の主です……! アキ様、ここは私の『一級魔術』の真髄をお見せする絶好の機会! 私の術式をご覧ください!」
フィリアが格好良く前に出ると、木製の杖を掲げて呪文を唱え始めた。
「大気にとどまる烈火の精霊よ、我が魔力を糧に集い、敵を穿つ焔の槍となれ――『フレイム・ランス』!」
フィリアの杖の先から、激しい炎の槍が放たれ、ミノタウロスの胸元へと直撃した。
ドォン! と大きな爆発音が響き、周囲に煙が立ち込める。
「ふふん、どうですかアキ様! これが一級魔術師の――」
「ブモォォォッ!!」
煙の向こうから、無傷のミノタウロスが激怒しながら突進してきた。胸の皮が少し焦げた程度で、まったく効いていない。
「えっ……!? う、嘘、私の最大火力の魔術が、傷一つ付けられないなんて……!?」
フィリアの顔から一瞬で血の気が引き、杖を持つ手がガタガタと震えだす。
迫り来る巨大な影。鉄の棍棒が、フィリアの頭上めがけて振り下ろされる。
「ひゃ、うああああっ!?」
「チッ、おいフィリア! そこ、最前列(立ち位置)が危ねえ! 下がってろ!」
俺はフィリアの襟首を掴んで後ろへと引っ張ると、懐から昨日永久機関化した、あの『大閃光ウルトラオレンジ』のサイリウムを抜き放った。
「ブモッ!?」
ミノタウロスが動きを止め、俺の持つ光の棒を睨みつける。
「防御(OAD)の次は、攻撃(レス回収)だ……。おい牛モドキ、俺の魂の叫び、特等席で受け止めやがれッ!!」
俺はサイリウムを逆手に持ち、深く上体を沈め、獲物を狙う豹のように構えた。
繰り出すのは、オタ芸における最大にして最強の攻撃演舞――『ロマンス』。




