第2話:初めての現場(実戦)は、突然に
「おい、そこの無能! いつまでそんなところでボケッとしている! 早く村の外へ出ていけ!」
神殿の裏口から追い出されて数分。俺が、現世の形見であるプラスチック製のサイリウムを見つめて途方に暮れていると、槍を持った村の門番が容赦なく怒声を浴びせてきた。
世知辛い。世知辛すぎるぞ異世界。せめてハローワーク的な場所を紹介してくれてもいいじゃないか。
「へいへい、今行きますよ……」
力なく立ち上がり、泥を払いながら村の出口へと歩き出す。
のどかな田園風景が広がるリプレの村。しかし、平和な空気は、突如として激変した。
地響きのような不気味な足音。そして、キチキチキチと、大気を引っ掻くような不快な鳴き声が、村を囲む森の奥から押し寄せてきたのだ。
「――っ!? 魔獣だ! ゴブリンの群れが襲ってきたぞォォォ!!」
門番が顔を真っ青にして叫ぶ。
直後、森の木々をなぎ倒し、緑色の醜悪な肌をした小鬼――ゴブリンの集団が姿を現した。その数、およそ数十匹。しかも、先頭にいるやつらは、体長が人間の倍ほどもある『ホブゴブリン』だ。
「おい、神殿の神官長を呼べ! 結界魔術を展開するんだ!」
「だ、ダメです! 先ほどの召喚の儀式で魔石を使い果たし、結界を張るだけのマナがありません!」
村中がパニックに陥る。
逃げ惑う村人たち。武器を構えるも、圧倒的な数の暴力を前に足が震えている門番たち。ホブゴブリンが濁った声をあげ、今まさに一人の幼い少女に向けて錆びた斧を振り下ろそうとした、その時。
俺の脳が、極限の危機を前にして、またしても致命的なバグ(職業病)を起こした。
(――おいおい、ちょっと待て。あの怒号の交錯、地面を揺らす重低音、逃げ惑う観客、そしてステージ(最前列)で今まさに危機に瀕している命……)
どこからどう見ても、これは――。
「……完全に、超満員の『荒れる現場』じゃねえかッ!!」
カチリ、と俺の中で何かのスイッチが入った。
気がつけば、俺は少女とゴブリンの間に割り込んでいた。
右手に握るは、100円ショップの使い古したサイリウム。ただのプラスチックの棒だ。
「おい無能! 何をしている、死にたいのか!」
後ろで門番が叫ぶが、そんな声は耳に入らない。
現場の最前列に立ったなら、やるべきことは一つだけだ。
俺は前世で何万回と繰り返したルーティン通り、体内の全神経を指先に集中させ、サイリウムを『パキッ』と折るイメージで、ぐっと拳を握りしめた。
――その瞬間。
俺の体を通路にして、大気中に漂う膨大なマナが、プラスチックの棒へと猛烈な勢いで逆流し始めた。
鑑定の水晶が「ゼロ」と判定したのは、俺に魔力がないからではない。俺の体が「周囲のマナを無条件で吸い込み、別のエネルギーに変換するブラックホール」だったからだ。
キィィィィィィン!!
ただのプラスチックの棒が、太陽をも凌駕するほどの超高輝度オレンジ――『大閃光ウルトラオレンジ』の光を放って爆発的に発光した。
「ま、眩しいッ!? なんだその光の質量は!?」
ゴブリンも、門番も、あまりの光量に目を焼かれて動きを止める。
「おいお前ら、爆音が足りねえぞ……。現場とあらば――打つしかねえだろォォォッ!!」
俺はすっと腰を落とし、深く膝を曲げて構えた。
繰り出すのは、オタ芸における絶対的基礎にして、最も激しい始動技――『OAD』。
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」
大閃光を両手に持ち、猛烈なスピードで腕を上下に振り回す。
異世界人たちの目には、アキラの両手から放たれるオレンジの閃光が、空間に幾重もの幾何学的な光の紋章を、目にも留まらぬ速さで刻みつけているように見えた。
「な……何という速度の無詠唱魔術……! いや、あれは手振りのみで世界を再構築する『印』の結び方か!?」
神殿から飛び出してきた神官長が、その光景を見て顎が外れるほど驚愕する。
「うおおお! ジャージャーッ!!」
俺は最後のステップと共に、両手のサイリウムを天へと突き上げた。
その瞬間、刻まれた光の紋章が爆発的に膨れ上がり、村の全域を覆い尽くすほどの、巨大なオレンジ色の半球形ドームを形成した。
ドォォォォォン!!!
ホブゴブリンの斧がドームに触れた瞬間、凄まじい衝撃波と共に斧が粉々に砕け散った。それどころか、結界に触れたゴブリンたちが、次々と光の反動で遥か彼方の森へと消し飛ばされていく。
「な、何なんだこれは……! 我が国の宮廷魔術師が十人がかりで一時間かけて詠唱する【聖なる光の絶対障壁】を……一人で、しかも変な踊りだけで一瞬にして展開したというのか……!?」
神官長はガクガクと震えながらその場にへたり込んだ。
「間違いない……。あれは、古代の文献にのみ記されていた、世界の理を強制的に書き換える失われた超魔法――『ワシンジ』の儀式舞踊だ……!」
いや、ただのOADである。
「ふぅ……。やっぱり引退コンサートの後の現場は、ちょっとキレが鈍るな」
すべてのゴブリンを文字通り「出禁(消滅)」にした俺は、額の汗を拭いながら、まだ光り輝くサイリウムをくるりと回した。
静まり返る村。
少女も、門番も、神官長も、全員が完全にキャパオーバーの顔で、俺のことを「神の化身」を見るかのような目で凝視していた。




