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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第3章「異国(とつくに)の現場(ステージ)、踏破す!」

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第28話:花街(はなまち)の歌巫女は、心がこもらない

翌朝、ゴエモンの案内で「宵ノよいのくに」へ向かった。


花街というのは、ヤマトでは歌や舞で神に奉納を捧げる者たちが集まる特別な区画だという。普通の商家や武家が立ち並ぶ通りとは空気がまるで違って、細い石畳の路地に、赤い提灯がずらりと吊るされていた。


「宵ノ國って、夜の国って意味ですか」とミレイが聞いた。


「そや。日が暮れてから賑わう場所やから、そう呼ばれとる。まあ、今は昼やから静かやけどな」


昼間の花街は、確かに静かだった。提灯は灯っておらず、茶屋の暖簾がゆらゆらと風に揺れているだけだ。


それでも、どこかから歌が聞こえてきた。


「……」


俺は思わず足を止めた。


遠く、路地の奥から聞こえてくる声だった。高くて、澄んでいて、技術的には間違いなく一流だと分かる声だった。音程が完璧で、息の使い方が美しくて、どんな歌い手でも一聴で「うまい」と認める声だ。


なのに。


「……なんだろう、これ」


「どうした?」とゴエモンが聞いた。


「うまい、のに」


「うまいやろ。宵ノ國で一番の歌巫女や」


「うまいんだけど……」


俺はその声に耳を澄ませた。前世で何千時間とライブの音源を聴き込んできた耳が、何かを察していた。


音に、体温がない。


技術は完璧だ。音程も、リズムも、声量の制御も。でも、その声を聴いても、胸の中で何かが動かない。前世のルミナちゃんの歌を聴いたときのように、胸が締め付けられるような感覚が、まるでない。


「心が、入ってない」


「……そう思うか」とゴエモンが、少し驚いた顔で言った。「俺もずっとそう思っとったんやけど、うまく言えんくて」


「誰に届けようとしているか、分からない歌だ」


ゴエモンが「ほーん」と唸った。「よう分かるな、一発で」


「まあ、仕事柄」


「仕事って何の仕事や……」



声の主に会いたい、と俺は言った。


ゴエモンが「ちょっと待てや」と言いながらも顔見知りの茶屋の女将に話をつけてくれて、俺たちは奥の座敷に通された。


待つこと少し。


ふすまが開いた。


「お呼びでありんすか」


声は、低く、穏やかで、礼儀正しかった。


入ってきたのは、若い女性だった。歳は十六か七か、そのくらい。白粉を塗った顔に、細く引かれた眉。艶のある黒髪を高く結い上げて、白地に青の花模様の着物を纏っている。立ち姿が、まるで絵に描いたように整っていた。


だが、その目が。


感情の色を、ほとんど持っていなかった。


「初めてお目にかかりありんす。わっちはカムロ・ツバキと申しありんす。宵ノ國の歌巫女をしておりんす」


「アキ・ラベインです。エルドラド王国から来ました」


「異国から、でありんすか」


「そうです。あなたの歌が聴こえてきたので、ぜひ話がしたいと思って」


ツバキは俺を見た。表情は変わらない。ただ、目だけが、一瞬だけ動いた。


「……歌を、聴かれたのでありんすか」


「ええ。素晴らしかった」


「ありがとうございんす」


「うまかった」


「ありがとうございんす」


「でも」


ツバキの目が、俺を見た。


「心が入っていなかった」


座敷の空気が、一瞬だけ変わった。


ツバキはしばらく俺を見ていた。それから、涼しい顔のまま言った。


「……異国の方が、わっちの歌を評するのは、初めてのことでありんす」


「聴けば分かります」


「歌巫女の歌に、心を込める必要はありんせん。神に捧げる奉納の歌は、正確で美しければそれで十分ありんす」


「そうですか」


「そうありんす」


ツバキは静かに言った。反論でも反発でもない、事務的な答えだった。


俺はその答えを聞いて、なるほど、と思った。


この人は、「心を込めることが必要だと思っていない」のではない。「心を込めることを、考えたことがない」のだと分かった。技術だけを磨き続けてきた人間の、当たり前の前提として。


「一つ聞いていいですか」


「なんでありんしょう」


「あなたは、歌が好きですか」


ツバキが、一瞬、固まった。


一瞬だけだった。すぐに元の表情に戻ったが、確かに、一瞬だけ、何かが揺れた。


「……歌巫女として生まれたのでありんす。好きも嫌いも、関係ありんせん」


「そうか」


「はい。歌は、家業でありんす。わっちには生まれたときから決まっていたことでありんす」


ツバキは、そう言い切った。


きれいに言い切ったが、その声に、少しだけ棘があった。俺が聞いたから答えたのではなく、早く終わらせたかったように聞こえた。


「レナ、ミレイ、シル」


俺は三人に声をかけた。


「はい?」とミレイが言った。


「ツバキさんの前で、一曲歌ってみてくれ」


「「「……え?」」」


三人が一斉に戸惑った。


「今ですか」とミレイが言った。


「今だ」


「場所が……座敷ですよ?」


「場所は関係ない」


「楽器も何もない」とレナが言った。


「いらない」


「……まあ、やるけどな」とレナがため息をついた。


「あたしは」ミレイが「えっと……」と言いながらも立ち上がった。「分かりました」


シルは、こくりと頷いた。


「アキ様……!」フィリアが後ろで「これはワシンジの異文化間交流儀礼……!」と言い始めたが、俺は「静かに見ててください」と止めた。


三人が、座敷の中に並んだ。


アキラがサイリウムを取り出して、軽くリズムを刻み始める。


そして——三人が、声を出した。


曲は、合宿で覚えたあの曲だ。ルミナちゃんへの奉納曲。シンプルで、伸びやかで、でも確かに魂が込められた一曲。


座敷に、三人の声が響いた。


レナの低くてぶれない声。ミレイの音程が正確で前に飛ぶ声。シルの、複数の音が重なるような獣人の声。


三つが混ざって、ひとつになる。


「……」


ツバキが、動きを止めた。


さっきまでの事務的な顔が、どこかへ消えていた。その目が、三人を見ていた。


歌が終わった。


座敷がしんと静まり返った。


「……」


ツバキはしばらく、黙っていた。


それから、静かに言った。


「……上手くは、ありんせん」


「そうだな」と俺は頷いた。


「音程が乱れるところがありんす。声量も、揃っておりんせん」


「そうだな」


「なのに」


ツバキの視線が、三人から俺へ動いた。


「……なのに、なぜ、胸に来るのでありんしょう」


俺はツバキを見た。その目に、さっきまでなかった何かがあった。


困惑、だろうか。


「分かりますか」


「……分からないから、聞いておりんす」


俺は少し考えてから、答えた。


「あの三人は、誰かに届けようとして歌ってる。それだけです」


ツバキは、また黙った。


「誰かに……届けようとして」


「そうです」


「……わっちの歌は」


そこで、ツバキは言葉を切った。


続きは、言わなかった。


でも、言わなくても分かった。


「わっちの歌は、誰かに届けようとしていない」


言葉の代わりに、ツバキの目がそう語っていた。


「また来てもいいですか」と俺は聞いた。


ツバキは少し間を置いてから、答えた。


「……ご自由に」


「ありがとうございます」


「お帰りの際は、足元にお気をつけを」


ツバキは、また事務的な顔に戻っていた。


でも、俺たちが座敷を出るとき、後ろを振り返ると、ツバキがまだ三人が立っていた場所を見ていた。


その目は、さっきより少しだけ、温度を持っていた。



宵ノ國を出て、石畳の路地を歩きながら、ゴエモンが言った。


「お前、なかなかやるな」


「何が」


「あの子、あんな顔するの、初めて見たわ。いつも能面みたいな顔しとるのに」


「能面……」


「あ、知らんか。ヤマトの仮面やな。表情のない、白い」


「そうか。確かに、そんな感じだった」


「なんで気づいたんや、一回聴いただけで」


「歌に心が入ってるかどうかは、聴けば分かる。前世でさんざん聴いてきたから」


「前世って、なんや」


「気にしなくていいです」


「……お前、そればっかりやな」


ゴエモンが「まあええか」と呟いた。


「また行くんか?」


「明日も行きます」


「ほーん。あの子、なかなか心を開かんで。俺も何度か話したことあるけど、毎回すぐ締め出される」


「そうですか」


「お前は違うかもしれんけど、まあ、覚悟はしといたほうがええで」


「大丈夫です」


「根拠は?」


「あの子、最後に振り返ってた」


ゴエモンが「……お前、目ええな」と呟いた。


レナが俺の隣を歩きながら、小声で言った。「あの歌巫女、どこか似てるな」


「誰に」


「あたしだよ。歌を諦めて、しまい込んでいた頃に」


「……そうかもな」


「なら、あんたのやり方は分かってる。時間をかけろ。急かすな」


「分かってる」


「……まあ、そういうことだ」


レナはそれだけ言って、また黙った。


夕暮れが近づいていた。


宵ノ國の提灯に、少しずつ灯りがともり始めていた。

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