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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第3章「異国(とつくに)の現場(ステージ)、踏破す!」

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第27話:ヤマトの港は、コールが通じない

港に降り立った瞬間、俺の頭の中で何かが爆発した。


潮風の中に、醤油の匂いがした。


屋台が並んでいた。焼き鳥みたいな串焼きと、汁物の屋台。反り上がった瓦屋根の建物が、港沿いにずらりと続いている。暖簾がかかっている。看板の文字は読めないが、雰囲気が完全に前世の縁日だった。


「……日本だ」


「は?」とレナが言った。


「いや、こっちの話だ。なんでもない」


なんでもなくない。全然なんでもなくない。前世で何度も行った神社の縁日と、ほぼ同じ空気が漂っている。前世のルミナちゃんの夏イベで来た、あの神社の縁日だ。屋台の焼き鳥を買って、一人でサイリウムを握りしめていたあの夏。


なんで異世界でこれを再体験しているんだ俺は。


「すごい……! 異国の建築様式が……!」とフィリアが羊皮紙を広げて書き始めた。「これはワシンジにおける『異地文化接触儀礼』……! あの反り上がった屋根の角度には、大気のマナを上方へ逃がす古代建築理論が……!!」


「フィリアさん、それはただの瓦屋根だと思います」


「同じことですアキ様」


同じじゃない。


ミレイは「あ、あの人たち……なんですか、あの服! 袖が広くて、帯で締めてて……!」と目を輝かせていた。シルは耳と鼻を全方向に向けて、港の情報を全身で受け取っていた。ヴァルターは武骨な顔で周囲を警戒しながら「異国というのは、緊張するな」と呟いた。


「ヴァルターさん、護衛の人が緊張しないでください」


「私は騎士だ。緊張くらいする」


「……まあそうか」


そんな感じで、俺たちは港に一歩踏み出した。



問題が、すぐに起きた。


「こちらのお方方は、いずこからお越しでありますか」


港の役人らしき男が、流暢なエルドラド語で声をかけてきた。白い装束に、黒い烏帽子。背筋がまっすぐで、礼儀正しい雰囲気だった。


「エルドラド王国からの使節団です。国王陛下の親書をお持ちしています」とフィリアが答えた。


「ほほう、これはこれは」役人が親書を確認して深々と頭を下げた。「お待ちしておりました。ただ……」


役人の目が、俺の手元のサイリウムに止まった。


「……その棒は、なんでありましょうか」


「サイリウムです」


「さいりうむ……?」


「光る棒です」


「……武器、でしょうか」


「違います」


「では、儀式の道具でありましょうか」


「まあ、そうとも言えます」


役人が「ほほう……」と言いながら、明らかに怪しいものを見る目をした。後ろの役人たちも同じ目をしていた。こういう目は前世でも見たことがある。ライブ帰りに電車でサイリウムを持っていると、近隣の乗客全員がこういう目をする。


「中に入っていただく前に、その棒を預かることはできますでしょうか」


「できません」


「……はあ」


「これは俺の商売道具(必須アイテム)なので、手放せません」


役人が困り果てた顔をした。ヴァルターが「貴公、少し言い方を考えろ」と囁いた。


「いや、でも本当のことだし」


「本当のことでも言い方というものが……!」


そこへ。


「あーもう、えらい騒がしいな」


背後から、のんびりした声が割り込んできた。


振り返ると、港の柵にもたれて、男が一人、こちらを眺めていた。


歳は三十前後。くたびれた着物に、腰に刀を二本差している。ぼさぼさの黒髪。無精髭。全体的に緩い。ただ、腰の刀の柄に添えた手の位置だけが、異様に自然だった。


「あの棒な」と男が言った。「見た目はけったいやけど、別に刃物でも爆発物でもないやろ。通してやったらええやん」


「し、しかし……規則が」


「規則、規則ゆうてもなあ。この人ら、王様の使節やろ? そんな連中が港でいちゃもんつけられてたら、外交問題になるで?」


役人がびくっとした。「そ、それは……」


「まあ、俺が保証したるわ。揉め事は起こさん。ちゃんと目は光らせとく。それでええやろ?」


「……わ、分かりました。では、お通りを」


役人が引き下がった。


俺はその男を見た。男は「よっ」と軽く手を上げた。


「助かりました」


「別にええよ。なんか面白そうな連中やなーと思ってな」


男はそう言いながら、俺たちをじろじろと見た。フィリアを見て「お、エルフか。珍しいな」と言い、シルを見て「獣人……こんなとこまで来るんやな」と言い、レナを見て「……でかいな」と言い、レナに睨まれた。


「おっと、失礼。身長のことや。悪意はないで」


「……ふん」


ヴァルターを見て「騎士か。えらい立派な鎧やな」と言い、ミレイを見て「魔術師か? 若いな」と言い、最後に俺を見た。


「お前が頭か」


「そうです」


「ふーん」


男は俺の頭のてっぺんから足の先まで見て、それからサイリウムを見た。


「その光る棒、さっきから気になっとんねんけど」


「サイリウムです」


「なんや、さいりうむって」


「ルミナ様に祈りを捧げる道具です」


「ルミナ? 異国の神か」


「そうです」


「ほーん」と男は頷いた。「で、それ振ると何が起きるんや」


「いろいろ起きます」


「いろいろって何や、いろいろって」


「見てみますか」


「おっ、ええの?」


俺はサイリウムを構えた。港の朝の空気の中で、軽くOADの基礎ステップを踏んだ。サイリウムが幾何学の光跡を描いて、朝陽の中でオレンジと白が混ざって輝いた。


「「「「おおっ!!」」」」


周囲の港の人間が、一斉に反応した。役人も、屋台の主人も、積み荷を運んでいた人夫たちも。


「な、なんや、あれは……!」「光の術か……!」「異国の魔術師か!?」


「面白いやんけ!」


男が、満面の笑みになった。


「俺、こういうの好きやわ。お前ら、どこ行くつもりや?」


「とりあえず宿を探してます。あと、ヤマトの事情に詳しい案内人も」


「案内人か」


男は少し考えた。そして「ええわ」と言った。


「俺がやったるわ」


「……え」


「案内人。俺、今ちょうど暇やし、お前らは面白そうやし。金さえもらえれば文句ないで」


「それは助かりますが……あなたは何者ですか」


「あ、そうか、名乗ってなかったな」


男は腰の刀の柄を軽く叩いた。前世でいえば、名刺を取り出す前にポケットをはたくような仕草だった。


「影辻五右衛門。ゴエモンでええよ。元は武士やったんやけど、今は浪人や。まあ、用心棒みたいなことをして食っとる」


「……アキ・ラベインです。こっちはフィリア、レナ、ミレイ、シル、ヴァルターです」


「ええ名前やな。アキって呼んでええか?」


「どうぞ」


「よっしゃ。アキ、お前ら面白い連中やな。気に入った」


ゴエモンは気持ちいいほど軽い男だった。


フィリアが「あ、アキ様……この方は信用できるんですか……?」と耳打ちしてきた。


「さあ」と俺は言った。「でも、さっき助けてもらったし、土地勘があるのは確かだ」


「それだけで……」


「前世でも、ライブ会場の近くで声をかけてきた同志(ヲタク仲間)は、だいたい頼りになった」


「……それとこれとは関係ないと思いますが」


「同じだ。現場(旅先)での出会いは、大体本物だ」


フィリアが「アキ様の判断基準、毎回ヲタク軸なんですね……」という顔をした。



ゴエモンの案内で、まず宿を確保した。


港から少し入った通りにある、小ぢんまりとした宿屋だった。玄関に暖簾がかかっていて、靴を脱いで上がる形式になっていた。


「靴を脱ぐんですね」とミレイが言った。


「そや。ヤマトはそういう文化や」


「なぜですか」


「なんでやろな。子供の頃から当たり前やったから、理由は考えたことないわ」


「……合理的な習慣だと思います」


「そか、ありがとな」


レナが無言で靴を脱いだ。シルはもともと靴を履いていないので問題なかった。ヴァルターが重い鎧の足甲を外すのに苦労していた。フィリアが「これはワシンジにおける『聖地への入場礼装くつぬぎ儀礼』……!」と言い始めたのを、俺は「違います」と止めた。


宿の中は、畳敷きだった。


俺はその畳の感触を足の裏で感じた瞬間、心の中で確信した。


(やっぱり日本だ)


「アキ、なんかぼーっとしとるな」


ゴエモンが、隣で茶を飲みながら言った。宿の女将が出してくれた緑茶だった。


「少し、懐かしい感じがして」


「懐かしい? 来たことあんのか」


「……似た場所に、昔いたことがあります」


「ほーん」ゴエモンは深く聞かなかった。そういうことをさらっと流せる男らしかった。「で、明日からどうするんや? せっかく来たんなら、俺が案内したるで。どこ行きたい?」


「まず、この国で一番いい歌を聴けるところに行きたい」


「一番いい歌……」ゴエモンが少し考えた。「そやな、ほんなら宵ノ國やな。花街や。歌巫女うたみこがおる。まあ、ちょっとええ値段するけど」


「行きましょう」


「はや!? 着いた当日に行くか普通!?」


「明日でもいいです」


「明日にしてや……俺も段取りしなあかんし」


ゴエモンが「けったいな連中やな、ほんまに」と呟きながら茶を飲んだ。


「ゴエモンさんは、歌巫女の歌を聴いたことがありますか」


「あるで。宵ノ國は有名やから。あそこの歌は上手いんやけどな……なんか、こう、胸に来んのよな。うまく言えんけど」


「うまいのに、響かない」


「そや! それや! なんでやろな」


「……それを確かめに行きます」


「ふーん」ゴエモンは俺をじろっと見た。「お前、なんかただのお祈りの人とちゃう気がするんやけど」


「そうです。前世はトップヲタでした」


「……そか」


ゴエモンは意味が分からないながらも、「まあええか」という顔をした。この男の「まあええか」という処世術は、なかなか使い勝手がいいと思った。


窓の外、ヤマトの夕暮れが、朱色に街を染めていた。


瓦屋根の向こうに、鳥居が見えた。


俺は、それをしばらく眺めた。


前世の夏の縁日。浴衣の人込み。冷たいラムネ。そして、ステージの上で歌っていた、ルミナちゃん。


「ルミナちゃん」


俺は小さく呟いた。


「ここも、お前の現場ステージにするから。待ってろ」


夕風が、暖簾をやさしく揺らした。

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