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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第3章「異国(とつくに)の現場(ステージ)、踏破す!」

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第26話:王国の外は、未知の現場(ステージ)だらけ

邪神教団を退けてから、一ヶ月が経った。


その一ヶ月で、ルミナ教はエルドラド王国の主要都市に広まった。


王国公認・光の女神ルミナ聖歌隊の名は、王都から辺境まで轟いた。ギルバートの教会には毎朝、参拝者が列を作った。フィリアが「これぞワシンジの普及……!」と泣きながら記録し続けた信者名簿は、すでに三冊目に突入していた。


ルミナちゃんは、いま確実に王国一の推し神(トップ神)に近づいている。


前世でいえば、デビューしたばかりのアイドルが、リリースから一ヶ月でオリコン一位を獲ったくらいの快進撃だ。


「アキ様!」


教会の庭で俺がOADの基礎練習をしていると、フィリアが羊皮紙の束を抱えて駆け込んできた。走り方が珍しく急いでいる。


「なんだ」


「国王陛下からの親書です。至急とのことで……!」


「至急か。珍しいな」


「はい。それと……内容を先に読んでしまったのですが、アキ様、これは……!」


フィリアが羊皮紙を差し出す。受け取って読んだ。


内容は短かった。


『聖下に依頼がある。隣国ヤマトとの外交使節として、ルミナ教の奉納演舞を披露してほしい。詳細は使者に聞け』


「……ヤマト」


「エルドラド王国の東に位置する島国です。文化・言語・宗教、すべてが我が国とは全く異なると言われています」


俺は羊皮紙を返した。


そして、心の中でスイッチが入った音を聞いた。


カチリ、と。


「ワールドツアーだ」


「は?」


海外遠征ワールドツアー。国外初公演だ。やるに決まってる」


フィリアが「は、はあ……!?」という顔をした。それはもはや驚きでも困惑でもなく、「またか」という、疲れた一級魔術師の顔だった。



全員を集めて、話を伝えた。


「ヤマト国への外交使節として、奉納演舞を披露してほしいと国王から頼まれた。行くかどうか、意見を聞く」


「行く」とレナが即答した。


「え、もう決めたんですか」とミレイが驚いた。


「どうせ行くんだろ、あんたは」とレナが俺を見た。


「まあ、そうだ」


「なら行く。センターが行かなくてどうする」


レナは腕を組み直した。相変わらず素直じゃないが、言っていることは筋が通っている。センターとしての自覚が、一ヶ月でだいぶ育ってきていた。


「わたしも行きます……!」とミレイが手を挙げた。「異国の魔術を見てみたいです。魔力の波長が変わるかもしれないですし」


「ヲタク的には正しい動機じゃないが、まあいい」


シルは、サイリウムを胸に抱えてこくりと頷いた。それから地面に指で書いた。「もっとおおきなところでうたいたい」。


「大きな現場で歌いたい、か。ヤマトはちょうどいいかもしれないな」


「アキ様……!」


フィリアが、感動に顔を上げた。


「異国への布教……これはまさにワシンジの大陸伝道……! 古代の記録にも、聖なる術者が海を越えてワシンジを伝えたという伝説が……!! わたくし、わたくしも参ります……!! 記録します……! この歴史的瞬間を……!!」


「まあ、来ると思ってた」


「……当然ですっ」


フィリアが、珍しく胸を張った。



翌日。


王都からヴァルターが来た。


「護衛として同行しましょう」と言ったとき、ヴァルターの顔には「また聖下に付き合うことになった」という複雑な表情が浮かんでいた。でも拒否はしなかった。この人は本当に真面目だ。


「ヴァルターさん、ありがとうございます」


「いえ……陛下の命ですので」


「まあ、そう言わず」


「……貴公と旅をすると、毎回何かとんでもないことが起きますが」


「そうかな」


「そうです」


「今回は海外だから、もっととんでもないかもしれない」


ヴァルターが目を閉じた。覚悟を決める顔だった。


旅の準備が始まった。


ここで問題が発生した。旅装(旅の荷物と服装)をどうするか、だ。


「アキ様、こちらをどうぞ」とフィリアが羊皮紙を広げた。「異国での礼装として、エルドラド王国の公式使節に相応しい衣装を用意しました。ただし、これはワシンジにおける『移動の礼装トラベルコーデ』の伝統に則ったもので……!」


「フィリアさん、トラベルコーデって何ですか」


「アキ様のヲタク語を参考に命名しました!」


「そのまま使わないでほしいんだが」


「アキ様のお言葉はすべてワシンジです……!」


いや違う、と言いかけて止めた。説明する気力がなくなってきた。一ヶ月でだいぶ心が磨耗してきている。前世でいえば、声優業と偶像業を兼任しながら全国ツアーをやらされているアイドルの精神状態に近い。


「これ以上アイテムが増えると荷物が重くなります」とミレイが冷静に言った。


「そうだな。必要最小限にしろ」


「でも、ワシンジの施術道具は必須ですっ」とフィリアが言った。


「俺の施術道具はこれだけだ」


俺はサイリウムを取り出した。永久機関のオレンジの光が、朝の教会庭を照らした。


フィリアが「……それだけでよく世界が救えるものですね」という顔をした。


「救えてるんだからいいだろ」


「……まあ、そうですね」



出発の前夜、ガルドが見送りのための夕食を用意してくれた。


シチューとパン。いつもと同じメニューだった。でも、いつもより少し丁寧に作ってあった。


「遠くへ行くんじゃな」とガルドが言った。


「海を越えます」


「海か。わしは若い頃、海を一度だけ見たことがある」


「どうでしたか」


「……でかかったのう」


「そうですか」


「ルミナ様のご加護があることを祈っておるよ」


ガルドは、白い頭を深く下げた。五十年間一人で守ってきた教会の老神官が、こうして毎回見送ってくれることに、俺は毎回なんとなく背筋が伸びる気がした。


「留守を頼みます」


「任せておけ。椅子磨きと花壇の水やりは欠かさんよ」


「……ありがとうございます」


「ルミナ様は、広いところへ広がってこそじゃ。行っておいで」



翌朝、俺たちはギルバートを出た。


王都経由で港へ向かい、そこからヤマト行きの船に乗る。王国と隣国を結ぶ定期便で、片道二日の船旅だという。


「船か」とレナが、港で船を見上げながら言った。


「乗ったことあるか」


「冒険者時代に一度だけ。……あまり得意ではない」


「酔うのか」


「……そういうことは聞くな」


「了解」


ミレイは「海、初めてです……!」と目を輝かせていた。旅装の魔術書がいつもより一冊多い。勉強する気満々だ。


シルは港の匂い(潮風・魚・木材)を鼻でふんふん嗅いで、耳をあちこちに向けていた。好奇心の塊だった。


フィリアは既に羊皮紙を広げて、港の地形と船の構造を記録し始めていた。「これはワシンジにおける『聖地間移動の経路』として後世に残さなければ……!」と言っていた。後世に残すな。


俺は港から見える水平線を眺めた。


前世でも、海外のライブに遠征したことがある。飛行機で十時間以上かかる国まで、推しを追いかけていった。あの感覚に、少し似ていた。


「……行くか」


舷梯タラップを上りながら、俺はサイリウムを一度だけ揺らした。


オレンジの光が、港の空気の中で弧を描いた。


出港の合図の鐘が、港に鳴り響いた。



二日間の船旅は、半分以上がギャグだった。


レナが三時間で船酔いになり、甲板で青い顔をして「あたしは陸の上の生き物だ」と言い続けた。ミレイが「海上での魔力の分散係数が陸上と違う……!」と発見して一人で騒いでいた。シルは最初から最後まで船首に立って、風と波の音を全身で受けていた。その耳と尻尾がずっとぴんと立っていた。


俺は?


船の揺れも潮風も気にならなかった。前世のライブ遠征で鍛えられた胃腸は、異世界の船旅くらいではびくともしない。ヲタクの体は資本であり、資本は鍛えてこそだ。


フィリアが「アキ様は何でも平気なんですね」と呆れた顔で言った。


「前世の修行の賜物だ」


「修行というか……ただの現場通いですよね」


「それが修行だ」


「……修行、ですか」


そして二日目の昼過ぎ。


「見えてきた」


ヴァルターが、船の舳先で指をさした。


水平線の向こうに、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がっていた。


山が、多い。


緑が濃い。


そして、見慣れない形の屋根が、崖の上に並んでいるのが見えた。


瓦屋根。反り上がった軒先。朱色の大きな門。


「……」


俺は、その国影を見つめた。


胸の中で、前世の記憶が一瞬、ざわめいた。


神社。祭り。縁日の屋台。浴衣を着た人々。


「アキ様、あれがヤマト国です」とフィリアが言った。


「……そうか」


「どうしましたか? お顔が少し赤いですよ」


「気のせいだ。風が強かっただけだ」


「……そうですか」


シルが、俺の袖をそっと引っ張った。そして船の前方を指した。「あっちいく?」という目をしていた。


「ああ」


俺はサイリウムを懐にしまい直した。


「初めての現場ステージだ。何が待ってるか分からないが」


レナが「あんた、もう少し不安を持て」と船酔いのまま言った。


「不安があっても行くなら、持つ必要はない」


「……まあな」


レナが渋々同意した。


ヤマトが、近づいてくる。


波の音と潮風の中、光の女神の聖歌隊は、生まれて初めての異国の港へ、向かっていった。


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