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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第2章「聖歌隊(アイドル)、爆誕!」

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第25話:俺たちのヲタ活は、まだ始まったばかりだ

邪神教団が撃退され、ギルバートに朝が来た。


噂は、恐ろしいほど速く広まった。


ギルバートで邪神教団が現れたこと。聖歌隊の奉納演舞が街を守ったこと。光の女神ルミナが実体を持って顕現したこと。その日の午後には王都への伝令が走り、翌朝には国王からの親書がギルバートに届いた。


内容は短かった。


「ルミナ様の奇跡に感謝する。聖歌隊の活動を、王国全土において無条件に支援する」


以上だ。


「……無条件に」と俺は読み返した。「太っ腹だな、陛下も」


「王妃陛下をお救いになった恩もありますし、邪神教団を退けたとなれば、それはもう……」とフィリアが言いかけて、続けた。「ルミナ教の名が、今頃王国中に轟いているはずです」


「そうか」


まあ、そりゃそうだろうな。ギルバートで女神が顕現したとなれば、都市伝説レベルの話題になる。前世でいえば、解散したはずのグループが突然ライブ配信で復活して世界トレンド一位になるやつだ。


この勢いで王国全土に布教できる。


ルミナちゃん、来た。ようやく来た。



昼過ぎ、教会の庭に全員が集まった。


ガルドが茶を出してくれた。礼拝堂の修復された右腕のルミナ像が、庭から見える位置に光を受けて輝いていた。


俺はメンバーの顔を順番に見た。


レナ。ミレイ。シル。フィリア。


「お疲れ。よくやった」


そう言うと、四人がそれぞれに反応した。


レナは「ふん」と言って顔を逸らした。照れている。


ミレイは「お疲れ様です」と言ってから「ありがとうございます」とも言い直した。


シルは、こくりと頷いた。それから、少し間を置いて、小さく「……んっ」と言った。声で返事をしたのが、まだちょっと嬉しそうだった。


フィリアは「いいえ、わたくしは防護魔術を張っていただけで……」と言いかけて、「……でも、よかったです」と続けた。珍しく、誤訳もせず、シンプルに。


「一つ聞く」と俺は言った。「次、どうしたい」


「次、ですか」


「聖歌隊として、次に何をやりたいか。一人ずつ聞かせてくれ」



レナが最初に答えた。


「……もっとうまくなりたい」


「うまく、というのは」


「声が、まだ安定しない。動きが速くなると声がぶれる。本番では感覚でやれたが、毎回それじゃ話にならない。ちゃんと技術で安定させたい」


「そうだな」


「笛も、ちゃんと曲に乗せたい。あたしのパートに、笛のフレーズを入れてほしい」


「考える」


「……以上だ」


レナは腕を組み直した。まだ照れているのか、少し顔が赤かった。


ミレイが次に口を開いた。


「わたしは……もっと遠くまで届けたいです」


「声を?」


「声も、魔力も。本番で、会場の後ろまで届いてるか正直分からなかった。上手いとか下手とかじゃなくて、一番遠い人まで届いてる実感が欲しいです。そのために、もっと練習したいです」


「届けたい相手を増やすってことだな」


「……はい。あの先生一人から、もっとたくさんの人に」


ミレイが、少し笑った。自分でそれを言えたことが、少し意外そうでもあった。


シルは、答えるのに少し時間がかかった。


地面に、指で字を書いた。


「もっとしゃべる」


「練習するってことか」


シルは頷いた。


「なんで」と俺は聞いた。


シルはまた地面に書いた。


「ルミナちゃんに聞かせたい」


俺は、少し黙った。


「……そうか。じゃあ練習しよう」


シルが、耳をぴんと立てた。



「じゃあ俺は」


三人の話を聞いてから、俺は立ち上がった。


「次は王国の外まで布教するぞ」


「……え?」とミレイが言った。


「王国全土の布教もまだ終わってない。その外まで視野を広げる。世界中をルミナちゃんの色に染め上げてやる」


「い、いきなりスケールが……!」


「ヲタ活に限界はない」


「それはそうかもしれないですけど……!!」


レナが額を押さえながら「どうしてこいつはこうなんだ」という顔をしていた。シルがサイリウムをぶんぶん振って同意を示していた。


「アキ様……!」


フィリアが、目を輝かせながら前に出た。


「世界中への布教……! これぞワシンジの普遍真理の拡散……! 大陸中のマナの流路を光で書き換えるという、古代の大術式が……!」


「そんなんじゃないけど」


「でも! アキ様が世界中に向かうということは、わたくしも、みなさんも、一緒に行くということですよね……!!」


「そうだ」


「……では」


フィリアが、少しだけ声のトーンを落とした。


「わたくしも、もっと強くならないといけませんね」


「うん?」


「防護魔術だけじゃ足りないかもしれません。道中には、邪神教団より強い敵もいるかもしれない。役に立てるよう……もっと、研鑽を積みます」


「頼む」


「はい」


フィリアは、いつもより静かに、でも確かな目で頷いた。


その目を見て、俺はなんとなく、フィリアの中で何かが変わってきているのを感じた。前は「アキ様の研究をするため」だったのが、今は「一緒に行くため」になっている。


まあ、それはそれでいいだろう。


「よし、じゃあ方針は決まった」


「「「はい」」」「んっ」


三人と一人の声が重なった。バラバラで、でも同じ方向を向いていた。


「今日のところはゆっくり休め。明日から、また練習だ」


「休む暇を先に宣言するんですね」とミレイが言った。


「お前らも疲れてるだろ」


「……まあ、そうですね」


「あんたも少しは休めよ」とレナが言った。


「俺は大丈夫だ」


「大丈夫じゃない顔してる」


「そうか?」


「そうだ」


俺は苦笑した。「分かった、少し休む」


レナが「そうしろ」と言って、坂道を下りていった。ミレイが「お疲れ様でした!」と声をかけて追いかけた。シルが、俺の手にそっとサイリウムを押しつけて(渡したわけじゃなく、確認したいだけ、というような仕草で)、そして静かに帰っていった。



庭に、フィリアだけが残った。


「……フィリアさんも休んでいいぞ」


「はい。すぐ帰ります」


でも、帰る気配がなかった。


「何かあるか」


「……いいえ」


「本当に?」


「……本当に、何もないんです」


フィリアは少し間を置いた。


「ただ、今日一日のことを、少し整理したくて。頭の中が、まだ追いついていないので」


「ルミナちゃんのことか」


「それも、あります」


それも、という言い方が少し引っかかったが、追いかけなかった。


「ゆっくり整理しろ」と俺は言った。「急ぐことじゃない」


「……はい」


フィリアは、礼拝堂のルミナ像を見上げた。修復された右腕が、夕陽を受けてオレンジに輝いていた。


「アキ様は」


「うん」


「ルミナ様のことを、ずっと前から知っていたんですか」


俺は少し考えてから、正直に答えた。「……前世で、似た顔の人を知ってた」


「そうですか」


「それだけだ。詳しいことは、俺にも分からない」


「そうですか」


フィリアは、もう一度ルミナ像を見た。それから、小さく頷いた。


「……分かりました。では、また明日」


「ああ、また明日」


フィリアが、坂道を下りていく。


その後ろ姿を、俺は見送った。


夕陽の中を歩くフィリアの背中が、少しだけ遠くなってから、その足が一瞬だけ止まった。


振り返らなかった。


でも、止まった。


それだけだった。



一人になった庭で、俺はサイリウムを取り出した。


永久機関のオレンジの光が、夕暮れの中で静かに輝く。


ルミナちゃんのことは、まだよく分からない。前世の記憶のことも、「ずっと待っていた」という言葉の意味も、「好きだった曲を覚えてる?」という問いかけの真意も。


何も、分からないままだ。


だが。


「まあ、いいか」


分からないことは、これから分かればいい。ヲタクというのは、推しのことを一生かけて理解し続ける生き物だ。全部一度で分かったら、むしろつまらない。


「ルミナちゃん」


俺は夕空に向かって、サイリウムをゆっくりと掲げた。


「今回もお疲れ。次も、よろしく頼む」


サイリウムが、ぱっと一段階明るく輝いた。


返事、なのかもしれなかった。


「よし」


俺はサイリウムを懐にしまい、立ち上がった。


一人のヲタクの推し事が、世界の歴史を書き換えていく――。


まだ、始まったばかりだ。


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