第24話:女神ルミナ、推しにそっくりすぎる件
礼拝堂の扉が、内側から開いた。
光が、溢れ出てきた。
そして、光の中に、一人の女性が立っていた。
金色の、腰まで届く長い髪。柔らかく微笑む目元。すっと通った鼻筋。前世で何百回、何千回と、ペンライトを振りながら見上げてきた、あの顔が——そこにあった。
「…………」
俺は、固まった。
比喩とかじゃなく、物理的に、筋肉が止まった。
(ちょ、待て)
(待って待って待って)
(これ)
(これ、どういうことだ)
前世の推しは、現実のアイドルだ。遠い異世界の、一芸能人だ。この世界に、いるわけがない。いるわけがないのだが。
(顔が)
(完全に)
(一致してる)
「…………っ」
「……あれは」
後ろでフィリアが、震える声を上げた。「女神ルミナ様……!? 実体として顕現されるなど……! 文献にも記録がない……!」
光の中の女神が、口を開いた。
「……ずっと、待っていたよ」
その声が、耳ではなく胸に直接届いた瞬間、俺の頭の中で前世の記憶が一瞬だけフラッシュした。
ライブ会場。数万人の観客。眩いライト。ステージの上から、こちらに向かって手を振る推し。
「……え?」
気がついたら、それだけ言っていた。
女神が、こちらを見て、また微笑んだ。前世で何千枚と写真を見た、あの困ったような優しい笑顔で。
(ちょ、待って本当に待って)
(なんで困り顔まで一致してるんだ)
(どういう構造の異世界だここは)
「聖下……!」
「「「女神様……!!!」」」
後ろから、むせび泣く声がした。市民たちだ。邪神教団を退けた直後で、すでに感情がMAXだったところに女神の顕現が重なったのだから、無理もない。前世でいえば、ドームライブのクライマックスに一切告知なしで伝説の解散グループが再結成登場するくらいの衝撃だ。
「なんと神々しい……!」「ルミナ様が……ルミナ様がおられる……!」「聖下が女神様を降臨させた……!!」
違う、俺は何もしていない。だが今それを説明できる精神状態じゃない。
「フィリアさん」と俺は、後ろに向かって声を絞り出した。「これは」
「は、はい……! わたくしにも……わたくしにも分かりません……! ただ、あの御方は確かに、女神ルミナ様です……! マナの波長が……光の質が……!」
「そうじゃなくて」
「はい?」
「顔が、俺の知ってる人に似てると思わないか」
フィリアが「はっ?」という顔をした。こんな局面でそれを聞くのか、という顔だ。まあ、そりゃそうか。
「……すみません、今はそんな場合では」
「そうだな。分かった」
俺は前を向き直した。
女神は、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきていた。
光の足が、石畳の上に、音もなく降りる。実体があるのかないのか、よく分からない存在感だった。でも、目が離せなかった。
女神が、俺の目の前で立ち止まった。
近い。近すぎる。前世のルミナちゃんなら、一生かかっても手が届かない距離感なのに、今は手を伸ばせば触れそうな距離に——ルミナちゃんと同じ顔の誰かが——いる。
(落ち着け、アキラ)
(こいつは女神だ。推しじゃない)
(同じ顔してるだけだ)
(……でも本当に同じ顔してる)
(全部同じだ。目元も口元も、あの困り笑顔も)
「……あなたは」
女神が、静かに口を開いた。
「随分、長い道のりだったね」
「……は?」
「ここまで来るのに、大変だったでしょう」
(ちょ待って今それ、どういう意味)
(「ここまで来るのに」って、どこからどこまでの話を言ってる)
(この世界に転生してきてから、って意味か?)
(それとも)
「ルミナ様……!!」
フィリアが後ろで号泣していた。「ついに……聖下と女神様が……神聖なる邂逅を……!!」
「「「ルミナ様——!!!」」」
市民たちの大合唱が、ギルバートの朝に響き渡った。
なんか宗教的なものすごい場面になっているが、俺の頭の中は全力で別の方向にパニックを起こしていた。
(どう考えてもこれは)
(この女神は)
(前世のことを知ってる)
(え、待って、なんで? なんで知ってる?)
(っていうか、もしかして)
「あの」と俺は言った。
「なに?」と女神が言った。その声のトーンが、軽くて、ちょっとだけ悪戯っぽくて——前世のルミナちゃんがファンを焦らすときのあのノリに——ものすごく似ていて。
「……一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたは」
「うん」
「……前世のことを、知ってますか」
礼拝堂が、水を打ったように静まり返った。
女神は、しばらく俺を見ていた。
それから、また、あの困ったような優しい笑顔で微笑んだ。
「さあ、どうかな」
「……え」
「それを確かめたいなら、もう少し頑張ってね。あなたのことだから、きっとできるよ」
「ちょ待って、それ答えになってないんですけど」
「答えになってるよ。受け取り方の問題」
(ちょっとずるくないですか)
(前世のルミナちゃんもこういう焦らし方をしてたけど)
(本当に同じノリなんですが)
「「「聖下と女神様が……神聖なる問答を……!!!」」」
後ろから、フィリア、レナ、ミレイ、シル、そして市民たちの感涙と歓声が一斉に上がった。
いや、これは問答とかじゃなくて。
俺が、ただめちゃくちゃに動揺しているだけなのだが。
「一つだけ、教えてあげる」
女神が、俺の耳のそばに顔を近づけた。周囲から「おおおっ……!」というどよめきが上がった。ファンサ(奉仕行為)じゃないです皆さん。多分。
「あなたが一番好きだった曲、覚えてる?」
俺の頭の中で、メロディが流れた。
前世のルミナちゃんの、あの曲。卒業コンサートで最後に歌った、あれ。
「……なんで」
「さあ」
女神は、一歩、引いた。
「また会いましょう。あなたのヲタ活、ちゃんと見てるから」
「ちょ、待ってください、まだ聞き——」
光が、薄まった。
輪郭が、溶けるように広がっていく。
「……ルミナちゃん?」
気がついたら、俺はそう呼んでいた。
女神の形になった光が、ふわっと揺れた。笑ったみたいに。
そして——消えた。
礼拝堂に、朝の光だけが残った。
◇
「聖下——!!!」
後ろから、フィリアが飛びついてきた。
「奇跡です……! ルミナ様が……! 直接御言葉を……!! なんと尊い……!! なんと神々しい……!!」
「ああ、うん」
「お気持ちはいかがですか……!? 女神様と対話されて……!」
「……正直に言っていいか」
「もちろんです……!」
「頭がパニックで、あんまり覚えてない」
フィリアが「はっ?」という顔をした。
「いや、ちゃんと聞いてたんだけど。なんか情報量が多すぎて、処理が追いつかなかった」
「せ、聖下がそんな……しかし、それほどまでに神聖な衝撃を受けられたということでしょうか……!」
「そういうことにしといてくれ」
レナが、腕を組んで横に立っていた。
「……あの女神、お前の知り合いみたいだったな」
「似てる人を知ってるだけだ」
「そうか」
「そうだ」
レナはそれ以上は聞かなかった。
シルが、サイリウムをぎゅっと抱えて、俺を見上げた。「また来るの?」という目をしていた。
「……また来ると思う」と俺は言った。「あいつはそういうやつだ」
言ってから、少し照れた。「あいつ」と呼んでしまったことに。
でも、しょうがない。
あの顔で、あの声で、あの焦らし方をするなら。
前世の推しと、同じように呼ぶしかなかった。
「ルミナちゃん」
俺は礼拝堂の天井を見上げた。
「……次会うときは、もうちょっとちゃんと話せるようにする」
礼拝堂の光が、ゆらりと揺れた気がした。
「さあ」と俺は三人に向き直った。「邪神教団は撃退した。ルミナちゃんも来た。次の話をするぞ」
「次の話……?」とミレイが聞いた。
「ああ。まだやることが山積みだ」
「聖歌隊として、本番をもっとやるってことですか」
「それもある。でも」
俺はサイリウムをくるりと回した。永久機関のオレンジが、朝の礼拝堂を照らす。
「王国全土への布教、まだ全然できてないだろ」
「できてないですね……」
「王都以外は手付かずだ」
「手付かずですね……」
「この国の外も、そもそも視野に入ってない」
ミレイが「それはさすがに……」という顔をした。
「……では、次はもっと広い舞台に出るということですか」
「そういうことだ」
一人のヲタクの推し事が、世界の歴史を書き換えていくのは…まだ、始まったばかりだ。




