第21話:聖歌隊、初の「合宿(特訓)」はカオスすぎた
「今日から三日間、合宿だ」
朝、教会の庭に三人を集めて、俺はそう宣言した。
「合宿……?」とミレイが首を傾げた。
「集中的な特訓のことだ。朝から晩まで練習する。ご飯はガルドさんが出してくれる。泊まり込みでもいいし、通いでもいい」
「あたしは通いでいい」とレナがすぐに言った。
「わたしは泊まります!」とミレイが対抗するように言った。特に理由はなさそうだが、とにかく張り合いたいらしい。
シルはというと、俺とミレイとレナを順番に見て、こくりと頷いた。どっちでもいい、という意思表示だ。
「メニューは俺が決める。口出し無用だ」
「……どんな練習をするんだ」とレナが腕を組んで聞いた。
「やってみれば分かる」
「その言い方が一番怖い」
まあ、怖くて当然だ。前世の現場で磨き上げたヲタク式特訓メニューを、この異世界で初めて展開するわけだから。
◇
一日目、午前。
「まず準備運動だ。俺の真似をしろ」
OADの基礎ステップ。両手を大きく上下に振りながら、足でリズムを踏む。見た目は完全に謎の宗教儀式だが、体幹を鍛えながらリズム感を養う優れた基礎練習(前世比)だ。
レナは器用にこなした。さすが元Aランク冒険者、体の使い方が違う。
ミレイはなんとかついてくるが、左右が逆になる。「右です右! なんで反対に行くんですか自分!」と自分に突っ込みながら頑張っていた。
シルはというと、俺のサイリウムの動きだけを目で追って、体は独自の解釈で動いていた。形はまったく違うのに、なぜかリズムだけはぴったり合っている。
ふと気になって庭の端を見ると、フィリアが手帳を広げて何かを書き込みながら、どこかに向かって声を上げていた。「今行われているのは、古代ワシンジにおける『身体解放儀式』の第一段階……! 両腕を天に向けて振ることで、体内のマナの流路を開き……!」
何を話しているんだ、と思って視線を追うと、教会の柵の外に人だかりができていた。早朝の買い物帰りらしき主婦、通りがかりの職人、近くの酒場の店主らしき人物。全員が、固唾をのんでこちらを見ている。
フィリアは、その野次馬たちに向かって実況解説をしていた。
「聖歌隊の儀式が始まったぞ」「おお……神々しい……!」「あの激しいステップが……ワシンジか……!」
なぜ人が集まる。まだ八時だぞ。
◇
一日目、午後。
「次は声出しだ。ただし、今日は音程じゃなく息のコントロールを練習する」
「息のコントロール……?」とミレイが聞いた。
「腹式呼吸だ。腹に手を当てて、息を吸うときに腹が膨らむように意識しろ」
前世の現場で長時間コールするために必須のスキルだ。腹式呼吸ができないヲタクは開演三十分で声が枯れる。俺は最前列で五時間コールし続けた実績があるので、この分野は自信がある。
レナが真剣な顔で腹に手を当てた。一分後、「あたし、ずっとこれやってたかもしれない」と呟いた。元冒険者の体の使い方は、すでに腹式だったらしい。
ミレイは「え、膨らむ……? 縮んでる気がする……!?」と混乱していた。
シルは俺の手の動きをじっと見てから、静かに息を吸った。腹がゆっくりと膨らんだ。完璧だった。
「……なんで一回でできるんだ」
俺が呟くと、シルは首を傾げた。「そういう体だからかな」という顔をしていた。
またフィリアが手帳に何かを書きながら、柵の外の野次馬に向かって解説していた。「今行われているのは、気息制御の秘法……! 体内の生命力を腹部に集め、発声の土台とする……! これこそワシンジの呼吸術……!」
「フィリアさん、これはただの腹式呼吸だ」
「同じことですアキ様」
違う。
◇
一日目、夕方。
最後の練習メニューは、コール(言霊)の基礎だった。
「全員で、俺のコールに合わせてみろ。最初は単音でいい。俺が『ハイ』と言ったら、全員で『ハイ』と返す」
「それだけですか」とミレイが拍子抜けした顔をした。
「それだけだ。簡単そうだろ」
「簡単ですね」
「じゃあ始めるぞ」
俺はサイリウムを構えた。
「ハイ!」
「「「ハイ!」」」
「ハイ! ハイ!」
「「「ハイ! ハイ!」」」
「ハイ! ハイ! ハイハイハイ!」
「「「ハイ! ハイ……ハイハイ……?」」」
崩れた。三人がそれぞれ違うタイミングで「ハイ」を言って、見事にバラバラになった。
レナが「速すぎる」と言い、ミレイが「リズムが変わりすぎです」と言い、シルは「……」と言った(言ってない)。
「もう一回」
「「「ハイ!」」」
また崩れた。
「もう一回」
また崩れた。
二十回目。
「「「ハイ! ハイ! ハイハイハイ!」」」
揃った。
「よし!」と俺が声を上げると、三人がそれぞれ全力でほっとした顔をした。レナが「なんで二十回もかかった」と額を押さえ、ミレイが「あなたのリズムが読めないからです」と言い、シルが「んっ」と言った。
フィリアが感涙しながら、柵の外のもはや五十人を超えた野次馬に向かって言った。「ご覧ください……! 聖歌隊の三名が、今この瞬間、ワシンジの言霊の同調を成し遂げました……! これぞ三魂共鳴……! 古代の術者でさえ数年を要したという境地を、たった一日で……!!」
「数年かかる境地を一日でというのは、盛りすぎだ」と俺は言った。
◇
二日目、午前。
「今日は動きと声を合わせる練習だ」
「昨日覚えたことを同時にやるということですか」とミレイが恐る恐る聞いた。
「そうだ」
「絶対に崩れますよ」
「崩れながら覚えるんだ」
「崩れながら……」
崩れた。
レナは動きが先走って声が遅れ、ミレイは声を出すと動きが止まり、シルは動きと声が完璧に合っているのになぜかリズムだけ独自の解釈になっていた。
「シル、なぜ俺より半拍速い」
シルが首を傾げた。「そっちの方が気持ちいいから」という顔をしていた。
「お前の気持ちよさを優先しないでくれ」
シルが「んん?」という顔をした。納得していない。
フィリアが今日も野次馬に向かって解説していた。昨日より増えた人だかりの中に、どこかから椅子を持ってきて座っている人まで現れていた。ギルバートの東区、朝の新名所になりつつあった。
「ワシンジの動作と言霊を同時に行使する複合術……! これは通常の魔術師には生涯修得できないとされる超絶技巧……! それを三名の修行者が同時に習得せんとしている……! なんという光景……!!」
「ただのダンスボイトレです」と俺は言った。
「同じことですアキ様」
だから違う。
◇
二日目、夕方。
ガルドが出してくれた夕食を庭で食べながら、俺はぼんやりと三人を見ていた。
レナは黙々と食べていた。食べ方が綺麗だった。元冒険者の習慣で、できるだけ早く、きちんと食べる。
ミレイはパンをちぎりながら、今日の練習内容をぶつぶつと復習していた。「動きが先、声があと……いや、同時……いや……」。寝言みたいになっていた。
シルは、サイリウムを食事の間も手放さず、左手にパン、右手にサイリウムで食べていた。前世でいえば、コンサートグッズを常に持ち歩くコアなヲタクみたいなものだ。お前、センスがある。
「明日で最終日だ」と俺は言った。「明日は、三人で一曲、通しでやってみる」
「……曲があるんですか」とミレイが顔を上げた。
「作った。簡単なやつだ」
「いつ作ったんですか」
「昨日の夜」
「一晩で……」
「ルミナちゃんへの奉納曲だから、いい加減なものは作れなかった。でも、今の三人ならできると思った」
レナが少し間を置いてから言った。「……聞かせてみろ」
俺はサイリウムを取り出して、軽くステップを踏みながら、メロディをハミングした。前世のルミナちゃんの曲を元にした、シンプルで伸びやかなメロディだ。
三人が、黙って聞いた。
夕暮れの庭に、ハミングが流れた。
「……きれいですね」とミレイが小さく言った。
レナは何も言わなかったが、聞いている目が、少し違った。
シルは、サイリウムをそっと胸に抱えた。
「明日、やるぞ」
三人が頷いた。
◇
三日目、午後。
初めての通し練習は、礼拝堂の中で行った。
外には、もはや百人を超える野次馬がいた。フィリアの三日間の実況解説が口コミで広がり、「聖歌隊の古代儀式が見られる」という謎の評判が東区に立ち上っていた。前世でいえば、口コミだけでソールドアウトする地下アイドルの現象に近い。なんで。
「外が気になる気持ちは分かるが、今は俺だけ見ろ」
三人が、それぞれの位置についた。レナが中央、ミレイが右、シルが左。俺は正面に立ち、サイリウムを構えた。
深呼吸を一回。
「行くぞ」
サイリウムが、光を放った。
最初の数小節は、バラバラだった。レナが先走り、ミレイが躊躇して、シルが独自解釈で動く。合宿一日目そのままだった。
だが、二十秒後。
何かが、噛み合った。
レナの足が、ぴたりと俺のリズムに乗った。それを感じたミレイが声を前に出した。シルのサイリウムが、そのふたつに呼応して弧を描いた。
「……!」
三人が、俺に向かって声を届けようとしていた。バラバラじゃなく、同じ方向に。
礼拝堂に、声と光が満ちた。
三人分の声が混ざって、ひとつの音になった。まだ粗くて、まだ揃っていない部分もあった。でも確かに、これは「演奏」だった。
そして最後のコール(言霊)の瞬間。
礼拝堂の奥の壁画が、ぼっ、と光った。
ルミナ像の壁画じゃない。それよりずっと古い、石に彫られた女神の図だ。いつもは薄暗くてよく見えない、礼拝堂の一番奥の壁のやつが、一瞬だけ、オレンジの光を帯びた。
「「「……!!」」」
三人が動きを止めた。
礼拝堂の空気が、しんと静まり返った。
「アキ様……」フィリアが、震える声で言った。「今のは……」
「ああ」
俺はサイリウムを下ろした。
奥の壁画はもう、元の薄暗い石に戻っていた。でも、確かに光った。
ルミナちゃん、聞こえてるか。
「……まだ本番じゃないぞ」
俺は三人に向かって言った。
「本番は、もっとでかい舞台で、もっとでかい声で、もっとたくさんの人間に届けるときだ。今日のは、その練習の一歩目に過ぎない」
「分かってる」とレナが言った。
「分かってます」とミレイが言った。
シルが、こくりと頷いた。
「よし」
俺はサイリウムをくるりと回した。
「じゃあ、もう一回やるぞ」
「「「えっ」」」
三人の声が、珍しくきれいに揃った。
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