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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第2章「聖歌隊(アイドル)、爆誕!」

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19/21

第19話:獣人少女が、初めて声を出した日

聖歌隊の練習は、毎日続いていた。


レナの動きは日ごとに安定し、ミレイは声量こそ小さいが音程の正確さで他の追随を許さない。二人がそれぞれ着実に伸びている一方で、俺にはずっと気になっていることがあった。


獣人の少女のことだ。


少女は毎日、練習に来る。サイリウムを握って、レナやミレイの動きを目で追って、リズムに合わせて体を揺らす。その動きはすでに三人の中で一番自然で、光の扱い方も一番上手い。


だが、声は出さない。


一度も。


「フィリアさん、あの子の名前、まだ分からないのか」


ある朝、練習前にフィリアに聞いた。


「……はい。自分から話してくれないので。近隣の住民に聞いても、あの子のことを知っている人がいなくて」


「そうか」


「アキ様……もしかして、あの子の声のことを」


「気になってる。声を出さないんじゃなくて、出せないのか、それとも出さないと決めてるのか」


フィリアは少し間を置いた。


「……以前、街の古参の住民から聞いたことがあります。ギルバートに流れ着いた獣人の子供が、路地裏で暮らしていると。獣人の声は人間とは違う響きを持っていて……それを気持ち悪いと言う人間が、少なくないそうです」


「……そうか」


「その子が声を出すたびに、石を投げられたり、罵倒されたりしていた、という話も。それで声を出すのをやめた、と」


「声を出すことで、傷つけられてきたわけか」


「はい。獣人の声帯は人間とは構造が違います。同じ言葉を発しても、倍音が混じって独特の響きになる。それが人間には『不気味』に聞こえることがあるそうで……」


フィリアが、珍しく歯切れ悪く続けた。


「……本当は、とても豊かな声なんですけどね。わたしには、そう聞こえます」


俺は黙った。


礼拝堂の庭では、少女が一人でサイリウムを振っていた。銀色の髪が、朝の光の中で静かに揺れている。



その日の練習は、礼拝堂の中で行った。


外が雨だったこともあるが、音の響きを確かめたかったという理由もある。礼拝堂は石造りで、音がよく反響する。


レナとミレイに基礎の動きを続けさせながら、俺は獣人の少女の隣に立った。


少女は俺を見上げた。大きな瞳が、静かにこちらを見ている。


「今日は少し、違うことをやってみる」


少女は、こくりと頷いた。


「声は出なくていい。ただ、これに合わせて体を動かせ」


俺は懐からサイリウムを取り出した。永久機関のオレンジの光が、薄暗い礼拝堂をぱっと照らす。少女の瞳が、その光を反射してきらりと光った。


俺はゆっくりと、サイリウムを動かし始めた。


単純なリズムだ。前世で何千回もやってきた、基礎中の基礎のOADの動き。大きく、ゆっくり、呼吸に合わせて。


少女が、動いた。


最初は小さく、探るように。だんだんと、サイリウムの軌跡を目で追いながら、体がついてくる。リズムが合ってくる。


「……そうだ、その調子だ」


少女の動きに、引き込まれるような質感があった。他の二人とは違う、サイリウムの光との同調の仕方だ。光が動く先に、もう少女の体が来ている。まるで最初から、光と呼吸が合っているみたいに。


「アキ様……」


後ろでフィリアが、息を呑む声がした。


「見てください。あの子のマナの流れが……サイリウムの光と、共鳴して……!」


俺は動きを止めずに、少女に言った。


「お前、光が好きか」


少女は動きながら、こくりと頷いた。


「そうか。ならいい。光に合わせて動くだけでいい。それがお前のパートだ」


少女の耳がぴんと立った。嬉しいときの反応だと、最近分かってきた。



そのまま、どのくらい続けただろう。


レナとミレイも途中から動きを止めて、少女とサイリウムのやり取りを見ていた。


礼拝堂に、静かな時間が流れた。


サイリウムの光が、石の壁に幾何学の紋章を描く。少女の体が、その光の軌跡を追う。ろうそくの灯りが揺れて、祭壇のルミナ像が柔らかく照らされる。


その瞬間だった。


「……あ」


小さな、本当に小さな声だった。


少女自身が、驚いたように動きを止めた。自分の喉に手を当てて、目を丸くしている。


俺は動きを止めなかった。


ただ、サイリウムをもう少しゆっくり、もう少し大きく動かした。


少女は、また体を動かし始めた。


そして。


「……んぁ……」


もう一度、声が出た。


今度は最初より少し長く、少し大きく。震えるような、でも確かな音だった。


人間の声とは、確かに違った。もっと深く、もっと豊かで、まるで複数の音が重なっているような、そんな響きだった。


礼拝堂の石壁が、その音を受け取った。


反響した。


一度、二度、三度。そのたびに音が重なって、礼拝堂の空気が振動するのが分かった。サイリウムの光が、その振動に反応するように、ぱっと一段階明るくなった。


「……っ」


ミレイが、口元を手で覆った。


レナが、腕を組んだまま、わずかに目を細めた。


フィリアが「ワシンジの……」と言いかけて、最後まで言わなかった。


礼拝堂全体が、温かいオレンジの光に包まれていた。祭壇のルミナ像が、まるで笑みを深めたように見えた。


少女は、両手でそっと自分の喉を押さえていた。信じられないものに触れたような顔で。


「……止まるな」


俺は静かに言った。


少女がこちらを見た。


「その声、続けてみろ」


少女は、しばらく俺を見ていた。その大きな瞳が、揺れていた。


それから、ゆっくりと、手を喉から離した。


「……んぁあ……」


今度は、もっと長く。


もっと自由に。


声が、礼拝堂に広がっていった。まだメロディにはなっていない。ただの音の連なりだ。でもその音には、ずっと封じられていたものが、ようやく解き放たれていくような、そういう力があった。


光が、揺れた。


ルミナ像が、光の中で微笑んでいた。



しばらくして、少女が声を止めた。


礼拝堂に、しんとした静寂が戻った。


少女はサイリウムを握りしめたまま、俯いていた。肩が、かすかに震えている。


泣いているのか、と思って近づいたら、違った。


笑っていた。


声を出さずに、口元だけで、くしゃっと笑っていた。今まで見たことのない表情だった。


「……いい声じゃないか」


俺は笑った。


少女が顔を上げた。その目が、少し潤んでいた。


「名前、教えてくれるか」


少女は少し考えてから、地面に指で文字を書いた。


「シル」


たった二文字だった。


「シル、か」


少女……シルが、こくりと頷いた。


「いい名前だ」


シルは、また小さく笑った。



「アキ様……!」


礼拝堂を出たところで、フィリアが飛んできた。


「今のは……! あの子の声がサイリウムの光と共鳴して、礼拝堂全体に古代の共鳴術式が展開されていました……! これはワシンジの奥義中の奥義……! 獣人の声帯が持つ固有振動が、アキ様のサイリウムの波長と完全に一致していたということで……!!」


「フィリアさん、あの子の名前、シルだって」


「え……? あ、はい……! シル……シルさんというお名前が……! って、今はそういう話じゃなくて……!!」


「まあ、落ち着けって」


俺は礼拝堂を振り返った。


中では、レナがシルの隣に腰を下ろして、何か話しかけていた。ミレイが興味津々で隣に寄っている。シルは頷いたり首を傾げたりしながら、少しだけ、また声を出していた。


さっきより、少し大きく。


さっきより、少し伸びやかに。


「ルミナちゃん」


俺は小さく呟いた。


「三人、ちゃんと揃ってきたぞ」


外では、雨が上がり始めていた。


「よし、続きやるぞ」


俺は礼拝堂に向かって声をかけた。中からレナの「分かった」、ミレイの「はいっ」、そしてシルの小さな「……んっ」という声が返ってきた。


三人分の声が、揃った。

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