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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第2章「聖歌隊(アイドル)、爆誕!」

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第18話:女剣士と、折れた剣と、諦めていた夢の話

レナ・ドルゲスは、練習が終わった後もひとりで残ることが多かった。


他の三人が帰ったあと、教会の庭の隅に腰を下ろして、布に包んだ何かを膝に置く。ほどいて、ただ眺める。しばらくすると、また布で包んで、持ち帰る。


最初は気にしていなかった。だが、それが三日、四日と続くうちに、俺はなんとなく気になるようになっていた。


声をかけるタイミングを探していたある夜。


片付けを終えた俺が庭に出ると、レナはまた石の縁に座って、その布包みをほどいていた。夕暮れの光が、ショートカットの栗色の髪を橙色に染めている。


膝の上にあったのは、一振りの剣だった。


正確には――剣だったもの、だ。


刃の半ばから、ぽっきりと折れている。残っているのは、柄と、根元のわずかな刃だけ。鞘もなく、布に直接くるまれていた。


「……それ」


俺が声をかけると、レナは布で剣を隠すでもなく、ただ静かに言った。


「あたしの剣だ。折れた剣だけどな」



俺はレナの隣の石に腰を下ろした。


しばらく、沈黙が続いた。教会の周りで虫が鳴き始めている。


「捨てられなくてな」


レナが、折れた刃を指でなぞった。


「冒険者を辞めるとき、装備は全部処分した。剣も、鎧も、防具も。でも、これだけは捨てられなかった」


「思い入れのある剣なのか」


「思い入れ、とは違う」


レナは少し間を置いた。


「これは、あたしが守れなかった証拠だ」



話してくれたのは、その夜だった。


半年前。レナが率いていたパーティに、一人の少女が入ってきた。剣士見習いで、まだ十四歳。戦力としては心もとなかったが、ひたむきさだけは本物だったので、レナはパーティに加えた。


「あの子は歌が好きでな」


レナは折れた剣を握りながら、静かに話した。


「ダンジョンの休憩中によく歌ってた。うまくはなかったけど、楽しそうで。それを聞いてると……あたしも昔、こんなだったなって思い出した」


「昔?」


「……その話は、あとだ」


レナは続けた。


依頼は、難易度の低いダンジョン探索だった。慣れた場所だった。だから油断した、とレナは言った。


「奥から、想定外の魔物の群れが出た。逃げ道を塞がれた。あたしのパーティは戦えた。でも、あの子は経験が足りなくて、パニックになった。仲間が戦ってるのに、一人で別の道に走った」


レナの声のトーンが、落ちた。


「あたしは追いかけた。あの子の前に、大型の魔物がいた。あの子に振り下ろされる爪を、あたしが剣で受けた」


折れた刃を、レナは見つめた。


「受けきれなかった。剣が、根元から折れた。あたしの腕じゃ、あの一撃は止められなかった。あの子は、間一髪でほかのメンバーが助けた。大きな怪我もなかった。でも――」


レナは一度、言葉を切った。


「あたしの剣は、あの子を守りきれなかった。あの瞬間に、あたしは『鉄壁』なんかじゃないと、思い知った」


「鉄壁?」


「あたしの二つ名だ。『鉄壁のレナ』。何があっても仲間を一人も死なせない、っていう意味で付けられた。冒険者にとっては、最高の名誉の二つ名だ」


レナは、自嘲するように笑った。


「その鉄壁が、十四の子一人、満足に守れなかった。剣を折られて、無様に転がって、助けたのは他の奴だった。……あの日から、あたしは剣を握れなくなった」



「その子はどうなったんだ」


「その夜、あたしのところに来た。泣きながら言った。『レナさん、あたし……みんなが戦ってるのに、気づいたら一人で走ってた。仲間を置いて、自分だけ逃げようとした。あのとき自分が何をしたか思い出すたびに、自分のことが信じられなくなる』って」


レナは折れた剣を、膝の上に置いた。


「あの子が怖くなったのは、魔物じゃない。自分が怖くなったんだ。追い詰められたとき、仲間より自分を選んで走った自分が。そういう人間だったのかって。あたしは、何も言えなかった。あの子を励ます言葉も、引き止める言葉も、何も。だって、あたし自身が、守れなかった自分を信じられなくなってたから。あの子は次の日、冒険者を辞めた。今は別の街で普通に暮らしてるって聞いた。それでよかったと思う」


「お前も、辞めた」


「ああ。鉄壁を名乗る資格がなくなった。剣を持つ理由も、分からなくなった。それで引退した」


夜が、完全に暮れた。教会の窓から、ろうそくの灯りがこぼれている。


「……さっき、昔の話があるって言ったな」


俺がそう聞くと、レナは少し驚いた顔をした。それから、観念したように、ふっと息を吐いた。


「……よく覚えてるな」


「気になることは覚えてる」


レナはしばらく黙ってから、口を開いた。


「あたしは元々、剣士になりたかったわけじゃない」


「じゃあ、何に」


「……歌い手だ」


意外な言葉だった。だが、どこかで腑に落ちる言葉でもあった。


「子供の頃、村の祭りで歌うのが好きだった。いつか、歌で人を笑顔にする仕事がしたいと思ってた。でも……」


レナは自分の体を見下ろした。長身で、厚みのある、鍛え抜かれた体を。


「あたしはこの体だ。背は伸びるし、肩幅も広い。声は低い。村の連中に笑われた。『お前が歌い手? 冗談だろ』って。だから、諦めた。あたしには向いてないって。それで、体格を活かせる剣の道に進んだ」


「向いてないって、誰が決めたんだ」


「……みんなだ。あたしも、そう思った」


レナは折れた剣を、布で包み直した。


「歌は諦めた。剣で生きると決めた。なのに、その剣も、肝心なときに折れた。あたしには、何も残らなかった。歌い手にもなれず、鉄壁にもなれず」


少しの間があった。


「……引退してから、武器屋の前をよく通ってた。剣を見るのが辛くて、別の道を通るようになってたのに、気づいたらそこにいた。棚の端に笛があった。安物で、傷も多かった。店主に頼んで置いてもらって、毎日眺めてた。吹く気にはなれなかったけど、目に入ると……なんか、落ち着いた」


「……そこで、あんたが声をかけてきたんだ」


「あんたが『一緒に試してみるか』と言ったとき、なんか、あたしの中で何かが動いた気がした。だから買った。それだけだ」



俺は、しばらく黙っていた。


それから、口を開いた。


「お前さ、さっきから一個、勘違いしてる」


「……勘違い?」


「歌い手に向いてる体格なんて、存在しない」


レナが、顔を上げた。


「前世……いや、俺の知ってる現場では、いろんな奴がステージに立ってた。背の高い奴、低い奴、細い奴、ごつい奴。声の高い奴、低い奴。全員、ステージで輝いてた。体格で歌い手に向いてるかどうかなんて、誰も決められない。決めていいのは、客の心が動くかどうかだけだ」


「……」


「お前の低い声は、欠点じゃない。武器だ。会場の一番後ろまで届く声なんて、ほとんどの奴が持ってない才能だ。お前を笑った村の連中は、何も分かってなかっただけだ」


レナの目が、揺れた。


「それと、剣のことだ」


俺は折れた剣の布包みを見た。


「お前は『その子を守れなかった』って言った。でも、お前は逃げなかった。その子の前に立って、自分の剣で爪を受けた。剣は折れたけど、お前は折れてない。その一瞬、お前は確かに、その子を守ろうとした。それは無様でも何でもない」


「……でも、結果は」


「結果、その子は生きてる。別の街で、普通に暮らしてる。それはお前が時間を稼いだからだ。お前が前に出たから、ほかのメンバーが間に合った。お前の折れた剣は、守れなかった証拠じゃない。守ろうとした証拠だ」


レナは、折れた剣を握りしめた。


その手が、震えていた。


「……あたしは」


「お前の動きには、最初に見たときから、重さがあった。何かを守ろうとしてきた奴だけが持つ、地に足のついた重さだ。それは、ステージで一番武器になる。だから俺は、お前をセンターに選んだ」


「……」


「歌い手になりたかったんだろ。まだ、遅くない」



レナは、長いこと黙っていた。


それから、ぽろり、と。


「っ……」


一滴、涙が落ちた。


驚いたのはレナ自身のようで、慌てて手の甲で目元を拭った。だが、もう一滴、また一滴と、止まらなかった。


「ちょ……な、なんで……こんな……」


元Aランク冒険者が、ぼろぼろと泣いていた。


「な、なんか変なこと言ったか?」


俺は本気で戸惑った。


「う、うるさい……! こっちが聞きたい……! なんであんたはそういうことを、さらっと言うんだ……!」


「いや、本当に思ったことを言っただけなんだが……」


「思ったことで人を泣かすな……!!」


俺は、どうしていいか分からず、とりあえず黙った。


しばらくして、レナが深く息を吸った。それから、折れた剣の布包みを、ぎゅっと胸に抱いた。


「……この剣な」


「ああ」


「ずっと、捨てられない『証拠』だと思ってた。守れなかった証拠だって」


レナは、濡れた目で、それでも少し笑った。


「でも……守ろうとした証拠なら、持っててもいいよな」


「ああ。持っとけ」


「……そうする」



翌日の練習。


「レナ、振り付けの三番を通してみろ」


「分かった」


レナが庭の中央に立った。


ステップを始める。体の芯から、動きが出る。重心の移動が、他の誰より安定している。ミレイが「……レナさん、今日なんか、すごく堂々としてますね」と小声で言った。


ああ、と俺は思った。


剣を握れなくなった女が、もう一度、別の形で立とうとしている。歌い手になる夢を、笑われて諦めた女が、ようやく、その夢の入り口に立っている。


「……いい動きだ」


俺がそう言うと、レナは振り付けを止めずに、ぶっきらぼうに返した。


「当たり前だ。センターだからな」


「お、言うようになったな」


「うるさい」


その横顔は、昨日までより、ずっと軽かった。


庭の隅には、布に包まれた折れた剣が、そっと立てかけてあった。


それはもう、罪の証拠じゃない。


あの日、誰かを守ろうとした、一人の女剣士の証だった。

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