第16話:王国公認、光の女神ルミナ聖歌隊(仮)
ギルバートへの帰り道は、来た道より早く感じた。
近衛騎士団の用意した馬車は快適で、王都からギルバートまでの二日間、俺はほとんど眠って過ごした。それだけ王宮での三日間がハードだったということだ。前世でいえば、三日連続で夜通しライブに通った後のぐったり感に近い。体は元気なのに魂が若干抜けてる、あの感じ。
「アキ様、そんなにぐっすり眠れるとは……さすがの大物ぶりです」
馬車の中でフィリアが感心した顔をしていた。
「大物というより、ただ疲れてただけだ」
「王宮でも太陽神教との対峙でも、まったく顔色ひとつ変えなかったくせに……」
「顔色を変えたら負けだろ、ああいう場は」
「……また、さらっと」
フィリアはため息をついて、窓の外を見た。ギルバートの石畳が見えてきたのだろう、その横顔が少し和らいだ。
「帰ってきましたね」
「ああ」
「レナさんたちに、なんて言いますか」
「まず国教になった話をする。そのあと公認証を見せる。最後に王国全土布教の話をする」
フィリアが、微妙な顔をした。
「……順番を考えた方がよくないですか。一番衝撃がデカいやつから始まってますよ」
「じゃあ逆にするか。公認証→国教→全土布教」
「それだと全部衝撃が続くんですが」
「難しいな」
「難しくないです。普通に優しく段階を踏んで説明してください」
◇
教会の坂を登ると、庭から歌が聞こえた。
歌、というより音程のついた叫び、というべきか。だが、確かにそれはメロディを持っていた。ギルバートに来た当初のあの練習風景とは、明らかに違う何かがあった。
「……うまくなってるな」
俺は思わず足を止めた。
「三日で、ここまで……」とフィリアも目を丸くした。
庭に入ると、三人が練習中だった。
レナが振り付けをリードしながら、横でミレイに「違う、もう一拍前だ」と注意している。ミレイが「わかってます、わかってるんですけど体がついてこないんです……!」と言い返す。そのわきで、獣人の少女がサイリウムを振りながら、二人のやり取りを静かに眺めている。
「「「あっ」」」
三人が俺たちに気づいて、一斉に動きを止めた。
「お帰りなさい、アキ様……!」とミレイが駆け寄ってくる。「どうでした、王宮は……!?」
「まあ、いろいろあった」
「いろいろ……!?」
「無事だったか」とレナが腕を組んで言った。心配してたくせに素直じゃない。
「無事だ。王妃も助かった」
「それはよかった」レナはそれだけ言って、また視線を逸らした。「……それよりも、聖歌隊の話はどうなった」
「そっちが聞きたいか」
「当たり前だろ。あたしたちが一番気になってるのはそこだ」
俺はフィリアさんに目配せをした。フィリアが、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。金と赤で縁取りされた、立派な羊皮紙だ。中央に王家の紋章の押印があり、その下に国王の署名が入っている。
「これが」とフィリアが言った。「王国公認・光の女神ルミナ聖歌隊の、正式活動許可証です」
しん、と庭が静まり返った。
ミレイが、羊皮紙を恐る恐る覗き込んだ。
「……王家の、紋章……?」
「本物です」
「お、王様の、署名……?」
「本物です」
「これって……」
「ええ」フィリアが、ぐっと声に力を込めた。「皆さんの活動が、王国に公認されたということです」
また沈黙。
レナが、羊皮紙をじっと見つめた。その切れ長の目が、わずかに揺れていた。
「……あたしたちが、王国公認、か」
「そうだ」
「ただの元冒険者と、魔術学校の落ちこぼれと、名前も知られてない獣人が」
「そうだ」
「……馬鹿みたいだな」
「何が」
「こんなことが、本当に起きるとは思ってなかった」
レナはそれだけ言って、目元を片腕でごしっと拭った。泣いていない。泣いていないが、ごしっと拭った。
ミレイは隠す気もなく、ぽろぽろと泣いていた。
「……わたし、ずっと『空砲』って呼ばれてたのに……」
「今でも空砲かもしれないけどな」と俺は正直に言った。
「そこは嘘でもフォローしてください!!」
「でも、王国公認の空砲だぞ」
「それはフォローになってないです!!」
獣人の少女は、公認証と俺の顔を交互に見ていた。それから、こくりと頷いて、サイリウムをぎゅっと抱きしめた。言葉はない。でも、十分に伝わった。
「アキ様……!」
フィリアが、堰を切ったように声を上げた。
「これぞワシンジの御業……! これぞ奇跡……! ルミナ様のお導きによって、こんなにも素晴らしい仲間たちが集まり、王国に認められ……! わたくし……わたくし……!!」
「フィリアさん、落ち着いて」
「落ち着けません……!! だって……だって……!!」
フィリアは両手で顔を覆って、わんわんと泣き始めた。一級魔術師の面目は完全に失われていたが、誰もそれを笑わなかった。
ガルドが礼拝堂の入口に立って、穏やかに目を細めていた。
「……よかったのう」
老神官のその一言が、なぜか一番胸に刺さった。
◇
みんなが落ち着いてから、俺は公認証の内容を説明した。
「拠点はここ、ギルバートのルミナ教会。修繕費は王家が出す。活動許可はエルドラド王国全土に及ぶ」
「王国全土!?」とミレイが目を丸くした。
「そうだ」
「三人でですか」
「今は三人だ。でも、増やす」
「どうやって」
「お前らが本物の聖歌隊になれば、人は集まる。現場が本物になれば、人は来る。それがヲタ活(布教)の鉄則だ」
ミレイは「鉄則ってなんですか」という顔をしたが、黙って頷いた。
「あと、もう一つある」
「まだあるんですか」と、レナが眉を寄せた。
「ルミナ教が、国教になった」
三秒の沈黙。
「……は?」
「国教だ。王国の」
「……それ、あたしたちに関係あることですか」
「ある。聖歌隊は事実上、国教の聖歌隊ということになる」
また三秒の沈黙。
「……つまり」とレナが確かめるように言った。「あたしたちは今、国を背負ってるということか」
「大げさに言えばそうなる」
「大げさでもなんでもないだろそれは……」
レナが額に手を当てた。ミレイは「こ、国教……」とつぶやきながら、ぼんやり宙を見ていた。
俺は最後の一つを、あえて言わなかった。
王国全土への布教命令は、もう少し後でいい。今日のところは、ここまで飲み込んでもらうだけで十分だ。ヲタクも現場の洗礼は一度に受けすぎると倒れる。
「……まあ」
レナが、ため息をついてから、腕を組んで俺を見た。
「やるしかないな」
「そうだ」
「ステージが大きくなったなら、練習も増やさないといけない」
「そういうことだ」
「休みはあるのか」
「ヲタクに休みはない」
「あたしはヲタクじゃない」
「現場(聖歌隊)に入った時点で、もうヲタクだ」
レナは一瞬ぽかんとして、それからふっと小さく笑った。今まで見た中で一番、力の抜けた笑顔だった。
「……変な理屈だな」
「現場の理屈だ」
◇
その夜、礼拝堂でルミナ像に公認証を供えた。
修復された右腕を差し伸べた女神像が、ろうそくの灯りに柔らかく照らされている。誰かが花壇から摘んだ花が、祭壇に一輪置いてあった。獣人の少女が置いたのだろうと、なんとなく分かった。
「ルミナちゃん」
誰もいない礼拝堂で、俺は静かに言った。
「お前の聖歌隊、王国公認になったぞ。次は、もっとデカくするから。お前を、この国で一番有名な神様にしてやるから」
女神像は微笑んでいた。
前世のルミナちゃんがよくやっていた、「頑張ってね」と言うときの笑顔に似た、あの表情で。
「……見ててくれよ」
ろうそくの灯りが、ゆらりと揺れた。
返事の代わりみたいに。
◇
翌朝。
「よし」
俺は練習開始の前に、メンバー全員を庭に集めた。
レナ、ミレイ、獣人の少女。それからフィリアさんとガルドさんも、壁際に並んでいる。
「王宮でのごたごたは片付いた。ここから本番だ」
「本番って、何がですか」とミレイが首を傾げた。
「聖歌隊の、本格的な育成だ。今までは土台作りだった。これからが本当の練習になる。覚悟はあるか」
「あります」とミレイ。
「とっくにな」とレナ。
獣人の少女は、サイリウムをぎゅっと握って頷いた。
「よし」
俺は笑った。
「じゃあ、始めるぞ――」
サイリウムが、朝の光の中で、オレンジに輝いた。
少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると、毎日の更新の励みになります!




