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オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第2章「聖歌隊(アイドル)、爆誕!」

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第15話:王宮魔術師たちの「詠唱(じゅもん)」は、やっぱり長すぎる

公開試験は、翌日の午後に設定された。


場所は王宮の中庭。石畳が広がる広い空間で、周囲を回廊が取り囲んでいる。貴族たちが回廊の上から見下ろす形だ。前世の感覚でいえば、スタンディングなしの全席指定・見下ろし型ステージ、という構造だ。


「……箱の作りは悪くないな」


俺は中庭の中央に立ち、広さと天井の抜けを確かめた。石造りだから音の反響が良い。謁見室の音響に感心したが、ここも悪くない。本番(試験)よりステージとしての適性を先にチェックしてしまうのは、ヲタクの職業病さがだ。


「アキ様、試験前に何をしてるんですか」


フィリアが呆れた顔で隣に立った。


「音の確認だ」


「試験ですよ? 音楽の発表会じゃないんですよ?」


「まあ、そのうちそうなるかもしれないし」


「……なりませんよ普通は」


回廊の上では、すでに貴族や廷臣たちが席を埋め始めていた。国王と王妃(昨日から見違えるように血色が良くなっていた)が正面の席に並んで座り、その隣にヴァルターが直立している。そして回廊の端、一段高い位置に、太陽神教の神官たちがずらりと並んでいた。


先頭に立つのは、昨日の老神官だ。


白髪に法衣、鷹のような目。手にした黄金の杖が、陽光を受けてぎらりと光っている。こちらをじっと見下ろす目つきが、昨日より数段増しに冷たかった。


「あの老神官、名前なんだっていったっけ」と俺は小声でフィリアに聞いた。


「アルベルト・ゼノン大神官長です。太陽神教の序列第一位、王国宗教界の頂点に立つ御方です」


「頂点か。強そうだな」


「強そうというか、実際に権力がすごいんです。国王陛下でさえ、これまで太陽神教には逆らえなかったくらいで……」


「じゃあ今回の国教化宣言は、かなり大事になってるわけだ」


「大事どころじゃないです。王国宗教史上、前例のない大事件です」


「……そのわりに、陛下はあっさり決めたな」


「妻を救われた恩がそれだけ大きかったということでしょう……」


俺は再びアルベルト大神官長の方を見た。老神官は視線が合うと、ゆっくりと細く笑った。


「受けて立ちましょう」という笑みではなかった。「もう詰んでいますよ」という笑みだった。


やれやれ。



試験の段取りはこうだった。


まず太陽神教が推薦する宮廷魔術師が、魔術の実演を行う。その後、俺が「ルミナ様の御業」を実演する。最後に国王と立会人が優劣を判断する、という形式だ。


「笑えるほど不利な設定だな」と俺は思った。


魔術師の「正統な実力」を見せてから、俺が「なんか謎の踊りをする」という流れだ。前世でいえば、プロのピアニストがリサイタルをやった直後に、一般人がカラオケで張り合う構図に近い。


だが、まあ。


俺のカラオケ(オタ芸)は、宇宙せかいの規模でマナを動かすやつだから、問題ない。たぶん。


「では、始めよ」


国王の声が中庭に響いた。


まず、宮廷魔術師が前に出た。


年齢は四十代半ばか。紺のローブに銀の刺繍。手には魔術師の証である水晶の杖。胸を張り、堂々とした足取りで中庭の中央に立つ。フィリアが小声で「王国魔術師団の序列三位、ダリウス・ハイン魔術師長です」と教えてくれた。


ダリウスは中庭の中央に立ち、深く息を吸った。


「では参ります。古代より伝わる、炎の大精霊を呼び起こす奥義――《焔神降臨・業火滅却・永劫不滅炎葬陣(えんしんこうりん・ごうかめっきゃく・えいごうふめつえんそうじん)》!」


詠唱が、始まった。


長かった。


いや、長いという次元じゃなかった。


詠唱は三分過ぎても終わらなかった。五分過ぎても終わらなかった。回廊で見ている貴族たちが次第にざわめき始め、八分を過ぎた頃に、俺は中庭の端の壁にもたれかかって腕を組んでいた。


「フィリアさん、いつ終わる?」と俺は聞いた。


「……だいたい十分から十五分かと」


「十五分」


「長い詠唱ほど、威力が上がるんです。これが魔術の基本で――」


俺はフィリアさんの説明を遮って、思ったことをそのまま口にした。


「お前ら魔術師の詠唱は、長すぎる」


思ったより大きな声が出た。


静かな中庭に、その一言がよく響いた。詠唱の途中だったダリウスが、ぴたりと止まった。回廊の貴族たちも、ざわっとする。


「せ、聖下……!」


フィリアが青ざめた。「ダリウス魔術師長の詠唱を中断させるなんて、それはさすがに失礼が……!」


「いや、別に止めさせたわけじゃない。感想を言っただけだ」


「感想を言うタイミングが詠唱の途中というのが問題なんです……!」


「……続けてください」と、俺はダリウスに向かって言った。


ダリウスは微妙な顔をしてから、詠唱を再開した。


さらに六分後。


総計十四分の詠唱が終わった。


ダリウスが杖を空に向けて叫ぶと、中庭の上空に巨大な炎の球が出現した。直径十メートルはあろうか。灼熱の熱気が中庭全体を包み、回廊の観客たちが「おお……!」とどよめいた。


確かにすごい。


すごいんだが。


十四分かけてこれか、という気持ちは正直ある。前世でいえば、十四分かけてリフト(コールの準備)してようやく一曲始まるライブだ。客の体力が終わる。


ダリウスが満足そうに俺を見た。「どうだ」という顔だ。


「すごかったです」と俺は正直に言った。「十四分の詠唱、お疲れ様でした」


「……『お疲れ様』ではなく、もう少し適切な感想を」


「威力は本物です。ただ、次の敵が来るまでに十四分あるかは、ちょっと分からないですね」


ダリウスは黙った。


実戦では確かにそうなのかもしれない、という顔だった。



「では、聖下の番だ」


国王の声が響いた。


俺は腕を組んだまま、中庭の中央へ歩いた。


回廊のアルベルト大神官長が、腕を組んで待ち構えている。先ほどの「もう詰んでる」という笑みが、少し「どうせ大したことないだろ」という笑みに変わっていた。


俺は中庭の中央で立ち止まった。


深呼吸を、一回。


「では、俺も実演します。ルミナ様の御業・言霊の奥義(スタンダードMIX)です」


フィリアが後ろでひっと息を呑んだ。「ア、アキ様……! ここで言霊の奥義(スタンダードMIX)を……!!」


回廊の観客たちが、ざわつく。「言霊?」「詠唱ではないのか?」「それはどのくらいの時間が……」


「時間は」


俺は懐からサイリウムを取り出した。永久機関のオレンジの光が、昼の中庭でもはっきりと輝く。


「一秒も要りません」


静寂。


アルベルト大神官長の笑みが、かすかに揺れた。


俺はサイリウムを頭上に構えた。


息を吸う。


腹から。丹田から。前世で何万回とやってきた、あの構え。暗黒竜の前でも、ミノタウロスの前でも、何千人の市民の前でも、変わらない。


――いくぞ。


「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!!!」


スタンダードMIX(言霊の奥義)、解放。


瞬間、王宮の中庭の上空が、白く爆発した。


大気のマナが一万倍に増幅され、純白の光の柱が天へと向かって伸びる。石畳が震え、回廊の窓が一斉にがたがたと鳴った。中庭を取り囲む石壁に、光の紋章が幾重にも走る。ダリウスが十四分かけて出した炎の球が、余波だけで跡形もなく消し飛んだ。


一秒。


すべてが、一秒で終わった。


「…………」


中庭が、完全な沈黙に包まれた。


回廊の観客たちが、一人残らず口を開けて固まっていた。ダリウスが、杖を持ったまま微動だにしていない。ヴァルターが「また……」という顔で目を細めていた。


アルベルト大神官長の「もう詰んでいますよ」という笑みは、消えていた。


「……い、一秒……?」


ダリウスが、掠れた声で呟いた。


「十四分と、一秒……?」


詠唱じゅもんが長すぎるんです」と俺は言った。「言霊コールは短く、魂を込めれば、それで十分なんですよ」


「な……」


ダリウスは自分の杖を見た。それから俺のサイリウムを見た。それから自分の杖を見た。


「なんなんだ、あの棒は……!」


「サイリウムです」


「さ、サイリウム……!?」


「前の現場ライブから使ってるやつです」


「意味が全然分かりません……!!」



「フィリアさん、今だ」


俺は後ろに振り返った。


「は、はいっ……!!」


フィリアが、ぶるぶると震えながら前に出た。そして、固まっている観客たちに向けて、声を張り上げた。


「皆様、ただいま御覧いただいたのは、古代ワシンジに伝わる最上位の口伝くでん魔法・言霊解放術にございます……!!」


「言霊……解放術……!?」


「七言の神聖な言霊ことだまを連ねることで、大気のマナを万倍に増幅する、失われし時代の禁術……! 詠唱じゅもんが長ければ長いほど偉いという概念を、根底から覆す……これぞ、ワシンジの真髄……!!」


「「「おおおおっ……!!」」」


回廊の観客たちが、わっと沸いた。


「言霊の奥義……!」「七言で宇宙せかいを動かすとは……!」「さすが聖下……!」


なんでそうなるんだ。ただのスタンダードMIXだぞ。


だが、まあ。


「アキ様……!」フィリアが潤んだ目で振り返った。「これぞワシンジの証明……! 今この場で、王国の全ての方々に、ルミナ様の御業の真実をお示しになりました……!!」


「示せたなら何より」


「なんでそんなに淡々としてるんですか!?」


「いやだって、普通にコール(言霊)しただけだし」


「普通じゃないです!!」


回廊の上から、アルベルト大神官長の顔をちらりと見た。


老神官は、表情を失っていた。口を開きかけて、閉じ、また開きかけて、閉じた。


「こ、これは……」


隣に立つ法衣の神官が、震える声で言った。


「大神官長……これは、一体……」


「黙れ」


アルベルトは短く言い、それから俺を見た。


何かを飲み込んだ目だった。怒りか、驚愕か、焦りか、あるいはその全部か。しかし、それを顔に出さないだけの矜持がある目だった。この人も、長年権力の中で生きてきた人間だ。一度の試験で折れるほど柔ではない。


「……覚えておれ、聖下」


一言だけ言って、大神官長は踵を返した。


神官たちが慌ててついていく。その背中は、憤然としていたが、まだ揺れていなかった。


これで終わりじゃない。そう告げている背中だった。


「……手強いな」


俺は小さく呟いた。


「アキ様、あの方は本当に気をつけてください」とフィリアが声を潜めた。「アルベルト大神官長は、王国で最も政治力のある宗教家です。表立っての対立は、これからもっと苛烈になりますよ」


「そうか」


「怖くないんですか」


「怖いのと、やめるのは別の話だ」


フィリアが、しばらく俺の顔を見ていた。


「……また、そういうことをさらっと言う」


「事実だからな」


「そのさらっとした事実が、毎回心臓に悪いんです」



試験の結果は、その場で国王が宣言した。


「ルミナ教の御業、本物と認める。聖歌隊の王国公認、ならびに布教活動の許可を正式に認定する。以上だ」


短かった。実に短かった。


謁見室での「妻の命と引き換えに?」のときと同じ、この国王の「一言で決める」スタイルは相変わらずだ。だが、太陽神教側が強く反発できないのは、この一言の前に、衆目の前での公開試験があったからだ。


なかなかよく考えられた仕掛けだ、と俺は思った。国王、やるな。


「アキ様」


「ん?」


「ギルバートに、帰れますよ」


フィリアが、少し疲れたような、でも嬉しそうな顔で言った。


「そうだな」


「レナさんたちが、待ってますよ」


「……早く顔を見たいな」


俺は王宮の空を見上げた。


王都の青空は、ギルバートの空と同じ色だった。


「帰るか」


サイリウムをくるりと回して懐に戻した。


やることは山ほどある。聖歌隊の練習、メンバーの育成、ルミナちゃんの布教、そして王国全土への展開。


だが、まずはギルバートだ。


現場(推しの教会)に戻って、メンバーたちと続きをやる。それが今の俺のすべきことだ。


「行くか、フィリアさん」


「はい!」


王宮という名の巨大な箱(会場)を、俺たちは出た。


外の陽光が、春の終わりみたいに、やわらかく降り注いでいた。

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