表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オタ芸を極めし無能、異世界で聖下と呼ばれる 〜タイガー!ファイヤー!と叫んだだけで古代の超魔法(ワシンジ)が発動する件〜  作者: シャー・アズン
第2章「聖歌隊(アイドル)、爆誕!」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/25

第12話:王宮というのは、最前列が遠すぎる

王都エルドラドは、でかかった。


ギルバートでさえ「デカい街だな」と思っていたのに、王都はその三倍以上はあろうかという規模で、城壁の向こうにそびえる王宮の塔は、遠くから見ているだけで首が痛くなる。


馬車の窓から眺めながら、俺は思った。


「箱のスケールが違いすぎる」


「アキ様?」と、向かいの席のフィリアが首を傾げた。


「いや、こういう規模の会場だと、最前列に行くまでが一苦労なんだよなって思っただけだ」


「……は?」


「気にしないでくれ」


隣に座るヴァルターが、こちらをちらりと見て、また前を向いた。この人は、二日の道中でも俺のヲタク発言にいちいち反応しなくなっていた。諦めたのか、それとも気を遣っているのか。どちらにしろ、扱いやすくて助かる。


王宮の正門をくぐると、白い石畳の広場が広がっていた。


噴水。彫刻。花壇。整列した衛兵。


どこを見ても豪華で隙がない。前世でいえば、巨大アリーナの最上階VIPエリアみたいな雰囲気だ。金持ちの客が上品に構えている、あの感じ。


「聖下、こちらへ」


ヴァルターが先導して歩き始める。


俺とフィリアはその後に続いた。


正門から王宮の中に入ったとたん、あちこちから視線が飛んできた。


廊下を行き来する侍従たち。遠くの中庭で話し込む貴族らしき集団。扉の前で控える騎士。そのすべてが、俺を見た瞬間、同じ表情をした。


「……何あれ」という顔だ。


まあ、そうなるよな。


白銀の鎧に青いマントの騎士団長の隣を、使い古したサイリウムを手にした庶民が歩いているんだから。


「あれが噂の聖下か?」


廊下の曲がり角で、貴族らしい中年の男が同行者に耳打ちする声が聞こえた。


「聞いていた話と、だいぶ違うな……」


「格好からしてひどい。あのサイリウムのような棒は何だ?」


「田舎の方では珍しいものでもないのでは?」


「にしても……陛下もわざわざこんな者を」


フィリアが隣で目を細めた。庇いたいのを堪えている顔だ。俺は「いいよ」というふうに首を振った。別に気にしていなかった。


前世でも似たような経験はある。初めての現場で、周りが古参ヲタクばかりで、知識も経験も足りなくて居場所がない感じ。あのときは確かにきつかった。


でも今は、違う。


「フィリアさん」と俺は小声で言った。


「はい?」


「現場ってな、最前列が正解なんだ」


「……は?」


「あのVIP席の連中が座ってる場所より、ステージに一番近い最前列の方が、本物の現場なんだ。偉そうにしてる奴らは大概、後ろの方から見てる」


フィリアはしばらく俺の顔を見てから、こくりと頷いた。


「……そうですね、アキ様」


意味は分かっていないだろうが、雰囲気で受け取ってくれたらしい。



謁見室に通された。


天井が高く、壁には王家の歴代肖像画が並び、正面には玉座。


玉座の手前に、一人の男が立っていた。


五十代くらい。白髪交じりの金髪に、整えられた顎髭。豪奢な衣に、胸には王家の紋章。落ち着いた顔だが、目に鋭さがある。


謁見室には、すでに貴族や宮廷魔術師が十数人いた。皆、俺が入ってきた瞬間に視線を向けた。


廊下の貴族たちと同じ、「何あれ」という顔だ。


俺はそれを気にするより先に、別のことが気になっていた。


この部屋、音の響きがいい。


天井が高くて、石壁に囲まれていて、声がよく反響する。試しに小さく咳払いをしてみると、輪郭のはっきりした音が返ってきた。


「……ここ、歌ったらめちゃくちゃ気持ちよさそうだな」


隣のフィリアが「え?」という顔をする。


「いや、音の抜けがいいんだよ。聖歌隊をこういう場所で歌わせたら、絶対映える」


「ア、アキ様、今はそのような場合では……っ」


フィリアが袖をつかんで小声でたしなめる。後ろの貴族数人が、眉をひそめてこちらを見ていた。


ヴァルターは目を瞑って、天を仰いでいた。


「陛下、連れて参りました」


ヴァルターが膝をつく。


俺とフィリアもそれに倣った。フィリアの礼の美しさに比べると、俺のはかなりぎこちない。後ろの貴族から「……あれが礼というのか」という声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。


「楽にせよ」


王の声は低く、重かった。


「そなたが聖下か」


「アキ・ラベインと申します」


「……ヴァルターから話は聞いた。礼を言う。遠いところをよく来てくれた」


国王は俺を値踏みするでもなく、ただ静かに見た。この人は、外見で物を測らないタイプだ。少なくとも、廊下の貴族連中とは違う。


「妻のことを、頼む」


たった一言だった。でも、その一言の重さは、謁見室の空気を変えた。


「はい」


俺も短く答えた。


国王との謁見はそれだけで終わった。



王妃の寝所へ向かう廊下で、それは起きた。


ヴァルターを先頭に廊下を進んでいると、前方から足音が近づいてきた。


現れたのは、ローブをまとった老人だった。白髪に長い顎髭。杖をついているが、背筋は伸びている。その後ろに、同じくローブ姿の魔術師たちが五人。


老人はヴァルターを一瞥し、それから俺を見た。


「……これが噂の『聖下』か」


「そうだ。アキ・ラベイン殿だ」とヴァルターが答える。


老人の目が細くなった。


「私はシルヴァン・ドラーグ。王宮魔術師団の主席魔術師を二十年務めておる」


「どうも」と俺は返した。


「一つ聞かせてもらおう」シルヴァンの声は静かだが、鋭かった。「貴公は、いかなる魔術を使うつもりかね」


「魔術、ではないですけど」


「では何だ」


「ルミナ様の御業です」


シルヴァンは鼻を鳴らした。


「ルミナ? 光の女神の、あの辺境の軽宗教か。笑わせるな。我が魔術師団が七人がかりで施した治癒魔術が効かぬ病に、たかだか信仰心一つで挑もうというのか」


「はい」


「……正気か」


「至って正気です」


シルヴァンの目が、すっと細くなった。


「暗黒竜を一夜にして滅したという噂も聞いておる。だが私は信じておらぬ。竜の災害など、たまたま自然に鎮まったのを、誰かが手柄に仕立て上げたのであろう。世の奇跡とやらは、たいてい後付けの作り話だ」


「そう思うのも無理はないです」


「……ほう。否定せぬのか」


「自分でも、なんであんなことになったのか、半分は分かってないので」


シルヴァンは虚を突かれたように、わずかに眉を上げた。それから、ふんと鼻を鳴らした。


「だが、貴公がどのような奇術を使おうとも――」


シルヴァンは杖を一度、石畳に打ちつけた。硬い音が廊下に響く。


「王妃陛下の御身体に少しでも危険が及ぶようであれば、私は実力をもって阻止する。このような得体の知れぬ者を御傍に近づけること自体、本来あってはならぬのだ」


老魔術師の声に、抑えた怒りが滲んだ。


「ヴァルター。これが陛下のご命令とはいえ、私は納得しておらぬぞ」


「シルヴァン殿……」


「百歩譲って、近づけるとしよう。だが」


老人の目が、俺を真正面から見据えた。


「もし万に一つでも王妃陛下を傷つけることがあれば、貴公は即座に牢獄行きだ。分かっておるな」


重い沈黙が廊下に落ちた。


フィリアが青ざめている。ヴァルターが難しい顔をしている。


俺はシルヴァンの目を見た。


こいつは、悪い奴じゃない。ただ、王妃を守りたいんだ。それは本物だった。七人がかりの治癒魔術が効かなかった悔しさと、それでも諦められない責任感が、あの目に詰まっている。


「分かりました」と俺は言った。


「……呆気ないな」


「当たり前のことなので。俺だって、万が一でも王妃を傷つけたくはない。同じ気持ちです」


シルヴァンは少しの間、俺の顔を見ていた。


「……ふん。口だけは達者よの」


「魔術師団が七人がかりで治せなかった相手に、口だけで挑む度胸があると思われているなら、買い被りすぎです。俺はただ、やれることをやるだけです」


シルヴァンの目が、かすかに動いた。


「……名は、なんと言った」


「アキ・ラベインです」


「覚えておこう」


老魔術師はそれだけ言って、脇に退いた。


ヴァルターが「参りましょう」と俺に目配せをする。


王妃の寝所の扉は、もう目の前だった。


俺は一度、深呼吸をした。


治せるかどうか、分からない。


でも、やれることはやる。それだけだ。


「行くか」


扉に手をかけた。

少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると、毎日の更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ