初任務2
クラージュたちは次に被害にあった家へと向かうことにした。そこはラッカの家から数件離れたところにあった。
インターホンを鳴らすと若い男性が不審そうに玄関から顔を出してきた。
何も取られてないにしろ家を荒らされてその後に見知らぬ人が訪ねてきたらそんな顔にもなるか。
「こんにちは、一昨日の夜に家を荒らされた件でお聞きしたいことがあります」
「え…?なんでそれを知っているのですか?」
「実は警備員からの要請で急遽この街に派遣されまして。今、現場の調査をしているんです」
警備員と聞いて安心したのか、男はクラージュたちを家の中へと迎え入れる。
リビングでは彼の奥さんであろう女がおり、その腕には小さな赤ちゃんが抱えられていた。女はクラージュたちに向かって軽くお辞儀をする。赤ちゃんは不思議そうにこちらを見ていた。
「急にお邪魔してすみません」
「いえ、こちらで協力できることは何でもします」
「ありがとうございます。にしても赤ちゃんかわいいですね。何ヶ月なんですか?」
「もうすぐ9ヶ月です」
触っていいですかと聞き、アミュザンは赤ちゃんの頬を撫でる。
「お肌すべすべー!かわいいっ」
「あら、褒められてこの子も喜んでるみたい」
赤ちゃんはキャッキャと笑いアミュザンの指を握って楽しそうだった。
また話が逸れそうだったので、クラージュは遊んでいるアミュザンを無視してリビングを見渡した。
内装などもほぼ同じだが、家具や細かい部分はそれぞれの家で個性が出る。
まだ小さい赤ちゃんもいるからか、リビングには大きな絨毯が敷いてあり、おもちゃが絨毯の上に数個だけ転がっている。当たり前だが、片付けられているため、パッと見では何もわからない。
「荒らされた後の写真撮ればよかったですね」
「大丈夫ですよ。そんな余裕もないと思いますし。その時の状況をお聞きしてもよろしいですか?」
「はい…あの夜、寝室で寝ていたのですが、アラームが鳴って急いでリビングに向かったら既に誰もいなくてただ荒らされていた跡だけで」
「では、その人物は見てないのですね?」
「はい」
「もう少し詳しく調べてもよろしいですか?」
男はもちろんです、とクラージュを玄関に案内する。
「玄関が特に酷かったんです」
大方片付けられているが、確かに所々に引っ掻いたような傷跡がある。それに玄関に置いてある収納棚の上は特に傷跡が多い。そしてこの傷跡は木製の棚に深く刻まれている。
「もう一度リビングを見てもいいですか」
再度リビングに戻るとクラージュは左右の壁を見る。ここにも傷跡があった。
そしておもちゃ箱に置かれた一つのおもちゃを手に取る。クラージュはそのおもちゃを見つめる。
「何か分かりましたか?」
「そう…ですね……」
男は不安そうにクラージュを見つめるが、クラージュはそのおもちゃを見続けた。
窓から淡いオレンジが部屋を照らす。
アミュザンは女と一緒に赤ちゃんを寝かしつけていた。すっかり気に入られたみたいだ。
一通り調査も終えたので、クラージュたちは男の家を後にして、他に被害に遭った家を見に回った。数件を調査し終えたら既に日は海に沈んでいた。
「もうすっかり夜ですね」
「そうだね。あとは見回りしてーー」
数件見て回ったが、どの家も共通点があった。玄関先にある収納棚の傷、リビングの壁、特に左側の傷は右側に比べて深い。そして全ての家には子供がおり、どの家にも車のおもちゃが置いてあった。偶然にしてはあまりにも多すぎる…。犯人の狙いはーーー。
思考を遮るように遠くの方でアラームの音が鳴り響く。クラージュはハッとしたようにラッカの家へ急いで向かう。
やはりそうなのか。
憶測でしかなかった考えが嫌でも過る。
「ちょっ、クラージュ!」
「急いで!ラッカさんが危ないっ」
突然走り出したクラージュに慌てて追いかけるアミュザンだが、今はアミュザンのことは気にしてられない。
ラッカの家に到着し急いで中に入る。玄関先は荒らされていて、車の模型がなくなっていた。
リビングでは血まみれになったラッカが横たわっており、その目の前には無表情にラッカを見つめる薄汚れた黒い無地のTシャツを着た若い男。
男の手には車の模型が握られていた。
「お前っっ」
「クラージュ!転送装置!」
アミュザンの言葉にクラージュは急いで内ポケットの円盤を取り出し、男に向かって投げる。
円盤は男の頭上で赤く光り、男を照らす。
「ハンディを円盤に向けて!」
クラージュはハンディを円盤にかざす。ハンディから赤い光がクラージュを包むーー。
ここはーー?
気づけばクラージュは森の中にいた。
いや、そんなことよりワフシュはどこだ…?
”ッ…ダレェオ…マエェ…ダレェ……”
低く掠れた声が森に響く。
クラージュは咄嗟に後ろを向いた。
ラッカを襲った男はワフシュになっており、うずくまりながらクラージュを怨嗟の眼差しで見る。
「オッ…マエ…ユル…サナ……イ」
「ッッ」
うずくまった体勢から弾かれたようにクラージュに飛びかかってきた。
早いッ!
瞬間的に避けるが、ワフシュの右腕が脇腹を掠める。
クラージュはスヴェードを発動させ、体勢を整えた。
ワフシュは後ろ向きにもかかわらず、顔だけをこちらに向け、目線を外さない。
「コロス…コロス、オマエハ、コロス」
聞こえてくる声と口の動きが合っていない。気持ちが悪いぐらいのズレが、このワフシュの不気味さを一層際立たせる。
クラージュは身体だけ後ろ向きになっているワフシュの背中を目掛けスヴェードを振りかざすが、それを半回転で避けられると同時に左腕でクラージュの左肩を切り裂かれる。
「あ゛あ゛ッッ」
骨に硬い何かが触れた感触がした後、全身が熱くなる。
ワフシュから距離をとり、右手に持っているスヴェードをワフシュに向ける。痛みなど気にしている場合ではない。
クラージュは感覚が鈍くなった左腕に力を込め、再度両手でスヴェードを構える。
安易に攻めても駄目だ。
あの試験で戦ったワフシュより多少知能がある。ただ、獲物に向かって猪突猛進してくるタイプではない。
クラージュは森を見渡す。
まずは身を隠して様子を探るしかない。
再びこちらに向かって襲いかかってきたが、クラージュは上に飛び上がり木の枝に飛び乗りそのまま木々を移動してワフシュの視界から姿を隠した。すぐに見つかるかもしれないが、今はこれしか対策はない。
木々の隙間からワフシュを見る。クラージュを探しているのか辺りを見回していたが、姿が見えないと理解したのか、ワフシュは立ち止まり、左手に持っていた血に染まった車の模型を右手で軽く拭き、大切そうに見つめていた。その行動は人間らしさが残っていた。
クラージュは音を立てないようにゆっくりと木から降り近くに落ちていた掌ぐらいの石をワフシュの左手に向かって投げる。石は狙い通り左手に命中し、その衝撃で持っていた模型が空中に飛ばされる。
「ア゛ア゛ッ…ボクノ……オタカラガァァ」
ワフシュは子供のように声を上げながら先に落ちた模型に手を伸ばす。クラージュはワフシュの無防備な後ろからスヴェードを振り抜いた。
”お母さ……ん…とうさ……”
幼い声が聞こえた気がした。
灰の上には車の模型が落ちていた。クラージュはスヴェードを仕舞い、瓶を取り出し、ワフシュの灰を入れる。
そして模型を拾い上げて、軽く灰を振り落とす。
「クラージュ!無事!?」
森の先からアミュザンが走ってきた。見上げるとルースの街が見えていた。思っていたより街に近い場所だったみたいだ。
「無事です」
アミュザンはクラージュに駆け寄ると血に染まった左腕を見て慌てて、小さい鞄から布を取り出し肩から胸へと強く巻きつけ出血を抑える。
戦いに集中していたせいか痛みを忘れていた。
「もう!危なかったら私を呼んでって言ったでしょ!」
「忘れてました」
まったく…と言いながら、アミュザンはクラージュの左肩を叩く。その衝撃で先ほどまで感じなかった痛みが全身に広がる。
お陰でぼんやりとしていた意識がはっきりとしてきた。
この人は鬼畜だ。せっかく痛みに鈍感になっていたのに。
クラージュは涙目でアミュザンを睨んだ。アミュザンはそれを無視してさらにきつく布を縛る。鬼畜な対応だが応急処置のやり方は上手い。手慣れている。
クラージュは思い出したかのようにアミュザンに詰め寄る。
「ラッカさんは?!」
「重症だったけど命に別状はないよ」
クラージュは気が抜けてその場で倒れ込んだ。
無事でよかった……。
「クラージュはわかってたの?あの男がラッカさんの息子だって」
アミュザンの質問にクラージュは空を見ながら少し考える。
「なんとなくですけど。ラッカさん車詳しくないのに模型やら車関連の本が置いてあったりしてましたし…それに本の間に絵が挟まってたんです」
「絵?」
あれはあの男が描いた家族の絵だろう。ラッカさんに旦那さん。そして幼い頃の彼ーーー。
あの絵からでも伝わる仲がよかった家族。彼が何故、ワフシュになってしまったのか。彼のお父さんが今どこにいるのかもわからない。
「……クラージュたちが転送された後ラッカさんがね、囁くようにお帰りなさいって……」
多分だがラッカはなんとなくあの男が自分の息子だとわかっていたのだろう。あの時のラッカの微かに開いた目は彼の姿を目に焼き付けているようにも思えた。
クラージュは空から目を離し、半身を起こした。地上に目を向けるとアミュザンが土いじりをしていた。
「?なにしてるんですか?」
「ん?お墓だよ。簡素だけど」
アミュザンは一部残った灰を土に埋めていた。
クラージュは起き上がり、アミュザンの後ろに立つ。
「いつもそうするんですか」
「そうだよ。元は人だったし、きっと好きでこうなったわけではないからね」
それに誰にも知られず亡くなるなんて寂しいからね、とアミュザンは小さく呟く。
この人にも家族や友達がいて、人生があった。そんな平和な世界を壊された被害者なんだ。
クラージュはアミュザンの作ったお墓に車の模型をそっと置き、手を合わせる。数秒か数分なのかわからないが、海風が木々を揺らし、クラージュは顔を上げた。
アミュザンはしゃがんでいた体勢から起き上がり腕を大きく伸ばした。
「さて、これで任務は終わり!それにしてもよくやったよ。クラージュっ」
「ちょっ…っ!」
アミュザンは振り向きざまに勢いよくクラージュに抱きつく。油断していたクラージュは避けきれずその場で固まったが、思いの外抱きしめられた感じは柔らかさがなく、意外と筋肉質でちゃんとした男だった。
「……なんか失礼なこと考えてたでしょ?」
「いえ、特になにも…」
クラージュなんて知らないっ、と布で覆われた無防備な肩を思い切り叩き、頬を膨らませながら歩き始めた。クラージュは激痛に耐えながらも今度こそアミュザンを怒らせてしまったと慌てて追いかけるのだった。




