死刑囚
任務を終えてクラージュたちはチッタに帰ってきた。夜のチッタは日中の賑やかさと違って静まり、返り白いチッタの街並みは黒に染まっている。
「今日、、てか昨日か、お疲れ様!とりあえず二日間の休暇でゆっくり休んでね」
「え?休みあるんですか?」
「何言ってるの。休まないとやってけないでしょ?これからも大変なんだから」
じゃゆっくり寝て英気養ってね、とだけ言いチッタの駅で解散した。随分あっさりとした感じだったが、一人になった途端急に全身から力が抜け、その場で座り込んでしまった。
自分で思っているより疲れが溜まっていたみたいだ。
クラージュはなんとか歩いて近くのベンチに座り、家に帰れる体力が戻るまで待つことにした。
ラッカは記憶をまた消されるだろう。玄関に置いてあった車の模型も息子のことも忘れ、また何事もなかったかのように生きていく。
「クラージュ?なんでそんなところで座ってるの?」
「エミ…?」
物思いにふけていたらエミがこちらを覗き込んでいた。
暗い中、ベンチで座り込んでるクラージュを見つけたエミは何度かクラージュに声をかけていたみたいだった。
全く気が付かなかった。
エミはクラージュの顔を見て心配そうな表情になる。
「うちに来る?マリーも寂しがってるよ」
「うん」
エミと一緒に家まで向かう。二人の足音だけが響いていた。
玄関の中に入った途端、足に小さな衝撃が走る。クラージュは自分の足にしがみついてるマリーの頭を撫でる。マリーはクラージュを見上げながら不貞腐れていた。
「クラージュ!なんでマリーのお家に帰って来なかったの!」
「こら、マリー!クラージュはお仕事忙しいって言ってるでしょ」
「ごめんね。マリーちゃん。今から遊ぼうか」
クラージュはマリーが最近ハマっているおままごとを一緒にすることにした。料理を作ってくれたみたいだが、まだご機嫌斜めなのかマリーはクラージュが苦手なナスの料理ばかりを出してきた。
なんで俺の嫌いな食べ物知ってるんだ?
そんな戸惑いを他所にマリーは満面の笑みを浮かべる。
「クラージュ。たくさん食べてね」
その笑顔は怒った時のエミにそっくりだった。
一時間ほど遊んでいたが、夜も遅いせいかマリーは眠たそうに目を擦り始めた。
「マリーちゃん。もうそろそろ寝ようか」
「まだ、クラージュあ…そぶ…の」
クラージュはマリーを抱き上げると、マリーは眠気に耐えられずそのまま寝てしまった。クラージュはエミにジェスチャーで寝室を指差しながら寝てしまったマリーをベッドまで運び、ゆっくりと下ろす。そしてマリーが起きないように寝室を後にした。
「仕事明けなのにごめんね。疲れたでしょ?あの子クラージュが遊びに来なくて寂しがってたの」
「大丈夫だよ。それに全然遊びに行けなかったのも確かだし」
エミはおもちゃの片付けをしてくれたみたいで部屋が綺麗になっていた。そしてコーヒーの入ったカップを椅子に座るクラージュに渡した。クラージュはそれを受け取り、一口飲む。
「仕事、大変なの?」
「そう…だね。色々やることが多くて」
「そうなの。でもあまり無理したらだめだよ?」
「うん。ありがとう」
エミは不安そうにクラージュを見る。
その表情に心苦しさを感じる。だが、エミやみんながこれ以上自分の記憶が失われないように偽りの平和ではなく、真の平和が訪れるように戦わなければいけない。
クラージュは心配をかけないように微笑むが、エミは視線を下げ、少し口角を上げたまま俯く。無言のままの気まずさでクラージュは左手のハンディで時間を確認する。
もうだいぶ長居したようだ。
「もう遅いし、今日は帰るよ」
「だいぶ疲れてるみたいだし、今日は泊まれば?」
「いや。かえ「お願い。マリーも朝起きてクラージュがいたら喜ぶと思うの」
もう一度念押しされるようにお願いとエミが言う。
マサの記憶が無いにしろどこか心細さを感じているのかもしれない。このまま家に帰っても何も言えないことへの罪悪感で寝れないのはわかっている。
「わかった」
「ありがとう。準備するね」
エミはクラージュの寝具を用意するため寝室に行った。
既にぬるくなっているコーヒーを一口飲み、茶色い液体に浮かぶ自分の顔を見つめた。
「えー?もう帰っちゃうの?」
「ごめんね。仕事行かないと、、」
クラージュは休みの2日間をエミの家で過ごした。マリーは久しぶりにクラージュと遊べてご機嫌だったが、いざ休みが明け仕事に向かおうとするクラージュの足元にしがみ付き行かないでと駄々を捏ねていた。
「やだっ。まだクラージュと遊びたいっ」
「また帰ってきた時に遊んでもらいなさい」
エミはマリーに言い聞かせるが、まだ幼いマリーはまたクラージュが遊んでくれなくなるかもと不安になっているのか、足にしがみついたまま離れようとしない。
クラージュは引き剥がせないまま眉を下げ、マリーを見る。
どうしようか。このままでは仕事に遅れてしまう。
エミはクラージュの足に顔を埋めているマリーの腕に触れた。
「マリー。クラージュが困ってるでしょ」
「やだーーー」
泣き出してしまったマリーにクラージュは優しくマリーの頭を撫でる。ぐずりながらこちらを見上げるその表情は幼い頃に母親に怒られて泣いていたマサにそっくりだ。
「すぐにまた遊びに来るから」
「約束だよ?」
「うん。約束する」
クラージュは小指をマリーに出す。マリーはちらりとクラージュを見た後に出された小指に自身の小指を結んだ。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
朝日の反射が眩しいチッタの街並み。
クラージュは先ほど結んだ小指を見てからビダへと向かった。
ビダのエントランスに入ると大きな紋章が迎えてくれた。
エントランスではノイギーア、サハジャ、白衣を着た男と何故かジョンイーがいた。
クラージュは小走りでみんなのところに駆け寄る。ノイギーアは遅れてきたクラージュを諌める。
「遅刻は良くないぞ」
「いや、お前もさっき来たばっかだろ」
サハジャはすかさずノイギーアに突っ込んだ。クラージュも横目でノイギーアを見るが、当の本人は明後日の方向に目を向けている。
多少の苛立ちを感じたが、遅刻してきたのは変わりないのでそのまま黙ることにした。
次からは絶対に遅刻はしない。
「話は終わりましたか?」
髪を結っている細身の男は無表情でこちらを見ている。
この人は誰なんだ。それにしても生気を感じない。俺たちを見ているが、何も映していないように思える。なんていうか、目が死んでる。
クラージュは不審そうに男を見るが、男は気にしてないのかそのまま話を続ける。
「今日は貴方たちの協力者に会ってもらいます」
協力者。この間アミュザンが言っていた死刑囚。本当は会いたくもないが、行かないわけにはいかない。
クラージュは眉間に皺を寄せながら拳を握る。
そんなクラージュを他所にジョンイーはめんどくさそうに男に話しかける。
「私、必要ですか?」
「貴方がいないと話になりませんので」
「はぁ…」
諦めたように大きく肩を落とした。
そういえばなんでジョンイーがここにいるんだ?もう既に死刑囚と一緒に任務に行っているはず。
「では、行きますよ。私についてきて下さい」
男は真っ白な白衣を靡かせエントランスの奥にあるエレベーターに乗り込む。
降りた後、試験で通った地下の奥へと進むが、何もないただの壁の前で止まる。
「?ここ、行き止まりなんですけど」
男はサハジャの質問には答えず、手のひらを壁に向かってかざした。
男の手のひらに反応した壁は大きな音をたて切り開いていく。その先にはさらに奥につながる廊下が現れた。
「こんなところに秘密の扉!カッケェー」
「静かにしてもらえませんか?」
相変わらずなノイギーアを横目に薄暗い中へ入った途端、クラージュは視線を感じて辺りを警戒する。よく見ると通路の両端には牢屋に入ってる犯罪者たちがこちらを無表情で見ている。
なんなんだ。この場所は。薄暗くてよくわからなかったが、相当な数の犯罪者がこの牢屋に入れられてるのか。
空気が重いせいか呼吸が浅くなる。
どこか息苦しさを感じるクラージュ。サハジャも同じように思っているのかどこか居心地が悪そうにしていた。ノイギーアは辺りを見回してはいるが、特に気にした様子はなくジョンイーと男は慣れているのかわからないが、いたって普通だ。
通路の奥には鉄でできた扉があり、再び男が手のひらをかざすと鈍い音をたて重い扉が開いた。その先には少し開けた通路があった。そしてその奥に一つの黒い扉が佇んでいる。
男は黒い扉から少し離れた場所で止まる。
中に入らないのか?
「では、その扉を開けてください」
「え?俺ですか?」
男はその場からクラージュに指示をする。
俺が開けるのか?なんでこの人が開けないんだ?
クラージュは疑問に思ったが、ドアノブに触れた瞬間、急に扉が開き中から黒い何かがクラージュに向かって襲い掛かってきた。
クラージュはそのまま男の足元まで吹き飛ばされた。その黒い物体はジョンイーを捉えるとそのまま部屋の中へと引き込んだ。
「「ジョンイー!」」
ノイギーアとサハジャはジョンイーを捕まえようとしたが、引き込まれるのが早すぎて追いつかなかった。
なんだ、今のは。
クラージュたちはスヴェードを発動させて扉の奥を警戒するが、男は気にせず扉へ足を進める。
「行きますよ」
男は何事も無かったように中へ入ろうとする。
「待て!中にはやばいやつが「いいから早くしてください」
クラージュの言葉を遮り、中へ入るよう催促をする。
何を考えているんだこの男は。この奥に何がいる。明らかに今までとは違うやつがいる。
クラージュたちはスヴェードを発動させたまま中へと入る。
中に入るとさっき見た薄暗い場所とは思えないぐらいの明るさだった。部屋の中にはいくつか扉があり、男は奥にある大扉へと向かう。その大扉の片側は少し開いてた。
クラージュたちはスヴェードを構え、扉を開いた。
「ジョンイー!無事…ですか?」
その部屋には高級そうな机や椅子があり、そして天井には大きなシャンデリアが吊るされていた。チッタのシンプルな作りとは真逆でギラギラしていて目が痛い。
クラージュたちは思わず目を細める。
「おい。誰の許可を得てジョンイーを呼び捨てにしてんだ」
「私が許可した」
「えぇー?駄目だよ。そんな気軽に許したら」
不機嫌なジョンイーを膝の上に乗せ、頬を突いている女は黒いツナギの囚人服を着ている。異様なほど長い手足に、腰まで伸びた髪。そしてクラージュたちを睨むように見るその瞳は血に染まったような色をしている。
こいつはやばい。今まで見てきたどのワフシュより危ない。
クラージュは持っていたスヴェードをその女に向ける。
「ラッヘ!クラージュたちを睨まない」
「だってこいつ、あからさまに敵意剥き出しじゃん。こっちだって警戒するよ」
ラッヘと呼ばれた女は怖いよぉと、泣きつくようにジョンイーに抱きつく。ジョンイーは迷惑そうにため息を吐き、クラージュに目を向ける。
「ごめんね。でも警戒しなくて大丈夫」
「…はい」
ノイギーアとサハジャはスヴェードを解除し柄をしまうが、クラージュは柄を手に持ったままだ。そんなクラージュを見てジョンイーは少し複雑な顔をする。
こいつらがいつ裏切るかわからない以上、気を抜いてはいけない。
「あの、それでこの人たちは…」
サハジャは奥にいる人たちに視線を向ける。
長いテーブルの向こう側に座っているのは、二メートルは超えてるであろう坊主頭の大男だ。その大柄な体格に合ったジョッキを呷っており、囚人服がはち切れそうな筋肉はその辺の鉄を簡単に曲げられそうだ。
右隣にいるのは緩くウェーブのかかった金髪の女で、うっとりしながら箱に入った宝石を眺めている。
反対側に座っている、前髪で顔が隠れてる男はヘッドホンをつけて今時珍しい手持ちのパソコンをいじっている。
クラージュたちに一切目を向けず、クラージュたちなどいないかのような素振りだ。
見た感じ人ではあるが、協力者ということはこいつらは特殊な能力を持っているのか。
「奥がラッシュ。右はアロガン。左がジュトキー」
サハジャの問いにラッヘはジョンイーの髪をいじりながらめんどくさそうに答える。
クラージュは先ほどからラッシュが飲んでいる液体から微かに香る匂いが気になっていた。
「お前が飲んでいるのは酒か?」
「あ?そうだが。なんか問題でもあるのか?」
悪びれることもないその言い方にクラージュは持っていた柄を強く握る。
「それがどれほどの重罪かわかっているのか」
「この世に美味い酒がある限り、俺は犯罪を犯し続ける」
「お前っっっ」
クラージュは手に持っていた柄を構え、スヴェードを発動させようとしたが、足に痛みが走る。思わずその場に崩れ落ちる。
何が起きた。
その瞬間、ジョンイーの怒号が飛ぶ。
「ラッヘ!」
「ここでの戦闘は禁止してるし、それにあんな単純な煽りに感情揺さぶられるって忍耐力無さすぎ」
クラージュは怒り任せにラッヘを睨むが、興味ないかのように無表情でクラージュを見る。
こんな奴らと一緒に任務なんてできるわけがない。重罪とわかっていて犯罪を犯すこいつらなんかと。
「クラージュ。こんな人たちだけどちゃんとした協力者だから」
「でもっ」
「なら、あんたが一人で任務に行けばいい。誰がワフシュになるかもわからず守れる者も守れず、無駄な血を流してでも自分の信念貫いてればいい」
クラージュの言葉を遮るようにジュトキーは前髪の隙間からクラージュを睨む。クラージュは何も言えず、拳を握り、唇を結ぶ。
この間の任務だってもしワフシュがわかっていたら、あんな怪我させずに済んだ。もしあの時ワフシュとわかっていたらマサは死なずに済んだのに。もうみんなが傷付くのは見たくない。
もう一度、拳を強く握り、ゆっくりと力を抜いた。そしてジュトキーに目を合わせる。
「…信頼できるか?」
「信頼なんてどうでもいい。こっちは命、かけてるんだ。」
「命をかける?」
クラージュの疑問に対しラッシュがいきなりツナギの上半分を脱ぎ出した。
首から肩にかけて盛り上がっており、岩のように隆起した腕と肩。そして分厚い胸部の真ん中には赤い刻印が刻まれていた。
「基本的に俺らは外力による負傷では死にはしない。だが、この刻印をスヴェードで貫かれたら一発で灰になって消える。そして、お前たちが任務で死んだ場合も刻印の周りに入れられてる特殊な装置によって死ぬ」
クラージュはラッシュに刻まれた刻印を見る。
不死身ではないにしろ、外傷を負っても死なないのか。ワフシュと違って理性があれど何かあったときは少し厄介だ。
「簡単に言えば私たちは一心同体。運命共同体ってことよ」
「えっ!わっ!ちょっと」
クラージュの意識が思考に沈んでいるとサハジャがアロガンに後ろから抱きしめられていた。
アロガンは自分の魅力をわかっているようでその豊満な胸をサハジャに押し付けている。サハジャは顔を赤くしながら狼狽えていて、それを見てノイギーアとラッシュは笑っていた。
「アロガン。遊ぶのはそこまで」
「えぇ。つまんないの」
ラッヘに言われ、アロガンは残念そうにサハジャから離れる。サハジャは安心したように上がっていた肩を下げた。
ラッヘはクラージュたちを一通り見た後にノイギーアを指差す。
「ラッシュはそこの餓鬼。アロガンは童貞。んで、ジュトキーはこのうるさいの」
「えっ!僕?!」
ジュトキーは目を見開き、ラッヘを凝視した。あからさまな嫌そうな態度にクラージュは眉間に皺を寄せる。
俺だってやだよ。
「もう決めたから。次からの任務は一緒に行って」
有無を言わせない態度のラッヘにジュトキーは項垂れながら机に伏した。
「よろしくねっ。童貞くん」
「えっ!俺、そんなにわかりやすいですか?」
再びサハジャに抱きつくアロガンは新しいおもちゃを見つけたように揶揄っている。
「おっさん、これからよろしくっ」
「おう。そして俺はまだおっさんじゃねーっ」
おっさんと呼ばれ怒るラッシュを見て笑うノイギーア。
「ジョンイーこれから一緒にお風呂入ろ?身体の隅々まで洗ってあげる」
「入らないし、洗わなくて結構。もう帰るから離して」
未だ膝から降りられないジョンイーにセクハラ紛いなことを言っているラッヘ。
クラージュは腰につけている柄に触る。
死刑囚と馴れ合うつもりはないし、信頼もしない。これは国民を守るため。
クラージュは心の中で誓いながらその光景を眺めていた。




