秘密部隊
エレベーターを出た先は一直線に伸びる白い廊下で、一面ガラス張りで区切られた部屋がいくつかあり、奥には白い扉が見えるが、部屋の中までは見えなかった。しかし、全体的には見通しもよく、手前とその一つ奥の部屋では軍人数名が大きなモニターを見ながら真剣に話し合っていた。
試験官は慣れた様子で中が見えない部屋へと歩き、奥の扉の前で立ち止まり、クラージュたちに振り向く。
「ここです」
部屋の中には一つの白い長机あり、両側には高い背もたれの椅子が並んでいて、四人の軍人らしき人たちが椅子に座って談笑していた。
他の部屋よりだいぶ和やかな雰囲気で、その落差に若干の戸惑いを感じたクラージュたちだったが、その中の一人に見覚えがあった。
「あっ、この間の少年じゃん。良かった。無事に入隊できたんだね」
クラージュに声をかけてきたのはこの間、森で出会った女だった。女は嬉しそうにクラージュに挨拶代わりのハグをしてこようとしたが、それをスッと避ける。女はえーなんでよと不満そうに声をあげるが、それも無視する。
クラージュはエマや同級生の女と話すことはあってもハグなどのスキンシップはとったことがなく、免疫がないためどうやって反応していいのかわからないのだった。
「今日からこの人たちと一緒に働いてもらいます」
試験官はクラージュたちに自己紹介してくださいとだけ言って入り口近くの椅子に座り、左腕につけている小型のハンディで何かの資料を見始める。
なんとも雑な説明に苛立ちを覚えたが、何を言っても無駄だと感じて自己紹介をする。
「クラージュです。よろしくお願いします」
「俺、ノイギーア。よろしくっ!」
「俺はサハジャと言います。よろしくお願いします!」
クラージュたちの簡単な自己紹介も終えて、次にクラージュに抱きつこうとした女が自己紹介を始める。
「私はアミュザン。よろしくね。趣味はかっこいいもの集めだよ。お気に入りは私の相棒のバイク!名前はフィーゴって言うんだ。かっこいい名前でしょ?」
「うわ!かっけぇ名前ですね」
「でしょ、でしょ!?写真見る?めっちゃかっこいいから」
アミュザンは左腕に付いている小型のハンディからバイクの写真を浮かび上がらせそれをノイギーアに見せる。
ノイギーアは興奮したように声を上げてはしゃいでいた。
しょうもない趣味に話が盛り上がっていて全員が呆れた視線を向けるが、当人たちは全く気づいていない。
試験官はため息を吐きながら一旦資料から目を外し、中指で眼鏡を軽く押し上る。
「その話は後にしてもらえませんか?」
アミュザンはごめんと言いながらノイギーアにまた後で話そうと言って席に戻っていった。
「では次にジョンイー。貴方でお願いします」
「私ですか?」
ジョンイーと呼ばれた女は、パンツスーツを着ていて、すらりとした体型をしていた。顎のラインで揃えられたボブヘアに、切長の目が印象的だった。ジョンイーは趣味なんてないんだけどと言いながら、自己紹介を始める。
「ジョンイーです。これといった趣味はないですけど、強いて言うなら鍛錬とかでしょうか」
アミュザンが趣味の話をしたせいか、ジョンイーもそれにならって趣味を言い始めた。
隣ではサハジャが、俺も趣味言った方がよかったのかなと心配をしていた。特にそんなこと言われてないので心配する必要はないとサハジャを横目にクラージュは思った。
次に自己紹介を始めたのは、綺麗な逆三角形をした体格をした男だった。
体にぴったりと張り付いた白いTシャツの上からでも分かるほど、無駄のない筋肉が際立っている。短く刈り上げられた髪に、彫りの深い顔立ち。見た目通り、声がやけに大きく、よく通る。
「俺の名前はシンセロ。趣味は筋トレとアムール〜真実の愛〜を観ることだ」
どこか気取った口調でそう言い、胸に手を当てて軽く会釈する。その様子に、アミュザンはわずかに顔をしかめた。
「シンセロはいい加減にそのエセ恋愛ドラマ観るのやめたら?あとそのキザな挨拶も。相当キモイよ?」
アミュザンはゴミを見るような目でシンセロを見るが、シンセロは気にせずにあれで俺は紳士の嗜みを学んだと言い返していた。
アムール〜真実の愛〜とはここ数年で大ヒットしているシリーズものの恋愛ドラマだ。身分の低い主人公の男が数々の困難を乗り越えて身分の高い女と恋愛するストーリーでシーズン3まで出ている大作である。
クラージュはエマの勧めで一度だけ見たことあるが、あまりにも主人公の男がキザ過ぎて見るのをやめてしまったのだ。
シンセロとアミュザンの言い合いを横目にノイギーアは机の上に置いてあったおもちゃのロボットに興味がそそられたらしくそっちに夢中であった。
一部の女には人気だったが、男で見る人は稀なドラマでシンセロはその一人なのだろう。クラージュはサハジャの方を見たが、心なしかサハジャの目は輝いていた。
「俺もあのドラマ見てました!主人公かっこいいですよね」
シンセロは勢いよくサハジャの元に向かいサハジャの両肩を掴み顔を近づける。
「お前、、わかってるな」
「シーズン2の5話、最高でしたよね」
「あの話は全国民に見て欲しい話だった」
サハジャとシンセロの話は止まることがなく、アミュザンたちも注意をしているが全く聞いてないので諦めていた。
クラージュは最後に残された試験官を見たが、自己紹介する気もないのか未だに資料を見ていた。
「で、ティミー。君が最後だよ」
アミュザンは見逃さないと言わんばかりの威圧でティミーと呼ばれた試験官を見る。ティミーは見ていた資料を閉じ、深いため息を吐く。
「ティミーです。よろしくお願いします」
え?趣味、言わなくていいんですか?とジョンイーが言うが、ティミーはそんなことを言えとは誰も言っていませんと言い再び資料を見始めた。
「でも、アミュザンさんが..」
ジョンイーはアミュザンの方を見たが、アミュザンは趣味なんて言わなくてもいいんだよと笑っていた。
「まあ、自己紹介はこんな感じかな。そしたら次は私たちの”秘密”の仕事について話すね」
秘密という言葉にノイギーアは遊んでいたおもちゃから手を離しアミュザンの方を見た。単純なやつだ。
クラージュたちも椅子に座り前に置いてある大きなスクリーンを見ながらアミュザンの説明を聞く。
「私たちの仕事は各街に出没しているワフシュの伐採とその原因となってるとされる実の調査だよ。ワフシュに関しては国民が入れない大陸があるんだけどその近くにしか出てなかったんだ。それが最近は各街にも出るようになっちゃって、結構大変なんだ」
アミュザンがハンディを操作して、ここ最近ワフシュが出没した街をモニターに映し出す。だいぶ広範囲に出ているようだ。ただ、それよりも気になったのはクラージュが今まで見たこともない西側にある大陸だ。
「あの、この大陸は一体なんですか?見たことないんですけど」
「え?ああ、これが本当の世界地図だよ。今までクラージュが見てきた世界地図は半分しか載っていないの。もう半分は国民たちには知られていない大陸なんだ」
アミュザンは当たり前のように言うが、クラージュはこの国がどれだけのことを国民たちに隠しているのかと不審に思った。これも国民のためだと言うのだろうか。
「この西側の大陸、私たちはこの大陸をヴァルジットと呼んでるんだけど、その大陸に大量の犯罪者が送られているんだ。そして大陸に送られた犯罪者たちは一生出ることはできない」
シンセロは逞しい腕を組みながら、当たり前の報いだなと言う。クラージュは一つ疑問に思う。
「もしその犯罪者たちがこちらの大陸に戻ってきたらどうするんですか?」
「安心して。彼らには首輪が付いているんだ。その首輪は一定の範囲外を出ると爆破する仕組みになっているから安易にその場所を離れようとする者は余程の馬鹿じゃない限りいないよ」
アミュザンはスクリーンに首輪のようなものを映し出し、クラージュたちに見せる。
爆破する場面も見せられたが、その威力は首どころか身体まで無くなるぐらいの破壊力だった。クラージュは残酷な映像を見ていられずスクリーンから目を背けた。
「まあ、こんなのが目の前で起きたらみんな逃げる気なくなるでしょ?それに大陸は何もないただのでっかい島みたいなものだから海を越える手段なんてないよ」
アミュザンは動画を下げ、前の世界地図へと画面を戻した。
「今、ワフシュが特に多く出ているのはこの街を入れて三つの街だね。どの街もこの国では大きくて、主要な街ばかりなんだ」
アミュザンが指した街はチッタと、南側にある街、そして東側にあるシーと呼ばれる街だ。それぞれ国において重要な食糧、水、電力の安定供給を管理していて、これらの街がワフシュに襲われたら全国民に影響が出てしまう。
「基本的にワフシュたちは意志を持っていないにも関わらず、この街たちを狙ってるんだよね。まるで誰かに操られているように」
アミュザンはクラージュたちを見て怪しく微笑んだ。その不気味な笑みにクラージュたちの背筋が凍った。つまり、ワフシュを生み出しこの国を滅ぼすことが目的ということなのか。
サハジャは静かに手を挙げてアミュザンに問いかけた。
「実はどこで手に入るのですか?」
アミュザンはサハジャに視線を向ける。
「こっちの大陸では見つからなかったから西側大陸にしかないってなってるよ。ただ、どうやって実が生まれたのかはなにもわかってないよ」
その言葉にノイギーアは首を傾げる。
「じゃ、その大陸に行けばすぐわかるじゃん」
ノイギーアは不思議そうな顔でアミュザンを見たが、アミュザンは肩をすくめ首を横に振る。
「そうしたいのは山々なんだけど、調査に行った人たちは無傷で帰ってこれないからね」
その言葉にクラージュたちの表情が暗くなった。
「どういうことですか?」
サハジャは眉を顰める。
「調査報告によると、大陸の一部の区域に実があるんだけど、その周辺には無数のワフシュがいるからなかなか近寄れないんだよね。必ず死傷者が出ているんだ」
一体、あの大陸でなにがあるのか。
「ドローンで取りに行けないのですか?」
サハジャは続けて問う。
「試したんだけど、なぜかあの大陸まで行くと壊れて画面が真っ暗になるの」
「うわ…」
ノイギーアはそう小さく声を漏らした。何もない大陸のはずだが、一体どんな場所なのか。
「それにもともと軍人も少ないし、これ以上人材をなくすわけにはいかないからとりあえず大陸行きは今の所保留ってこと」
クラージュは少し考えた後に口を開いた。
「どうやって実を調査するんですか?」
「とりあえず今は、ワフシュが死んだ後に残る灰を回収して、それを研究部に渡すかな。まぁ、実と似た試作品はできてるんだけどね。君たちが倒したワフシュは試作品を試したもの」
犯罪者を使って人体実験。いくら罪を犯したからといって人としての尊厳を蔑ろにしていいのか。クラージュは眉間に皺を寄せ、アミュザンを見た。本人が気づいているのかわからない。ただ、クラージュの方は見ずにノイギーアたちを見ていた。
「っていうことで、私たち、秘密部隊がこの国の平和を守るのだ!」
スクリーンには〜ようこそ秘密部隊へ〜とかわいく編集された画像が映し出され、アミュザンは腕を組みながら誇らしげに言う。
なんとも緊張感がない締めだったがノイギーアはかっけぇ、秘密部隊とはしゃいでいた。
サハジャもシンセロに兄貴、俺頑張りますと言ってシンセロも鍛えてやるぜとサハジャの肩を叩いている。いつの間にか師弟関係ができていたかわからないが、似た者同士でお似合いだ。




