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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第99話 託されたもの

 エルザがベアトリクスの肩に手を置いた。何も言わなかった。言葉はいらなかった。ただ、傍にいた。ベアトリクスはエルザの手の温かさを感じながら、静かに立ち上がった。

 レオンの声が、静かに響いた。


「長くは止まれない。増援が来る」


 分かっている。ベアトリクスは立ち上がり、涙を拭った。拳銃に弾を装填し直す。指は、もう震えていなかった。

 レオンは通りの先に停まっている蒸気自動車に目を向けた。持ち主が逃げ出したのだろう。エンジンはまだ温かく、蒸気が微かに上がっている。


「あれを使う。走るより早い」


 四人は車に乗り込んだ。レオンが運転席に座り、蒸気弁を開く。車体が震え、低い唸りと共に走り出した。通りを南へ向かって疾走する。

 だが、二つ目の交差点を曲がった時だった。

 前方に、誰かが立っていた。

 小柄な影が、燃え盛る街の中に一人で佇んでいる。少女だった。幼い顔立ちに、紅い瞳。吸血鬼だ。だが、その気配は街を徘徊する吸血鬼たちとは明らかに異質だった。禍々しいほどに濃密な魔力が、少女の周囲に渦巻いている。

 レオンの目が細くなった。


「止まれないぞ。突っ切る」


 レオンが蒸気弁を全開にした。車が加速する。

 少女が片手を上げた。

 次の瞬間、凄まじい衝撃波が車を正面から打ち抜いた。破壊術だ。車体前部が粉砕され、車が横転した。四人は車外に投げ出された。

 エルザが石畳に叩きつけられ、体中に痛みが走った。だが、致命傷ではない。咄嗟にベアトリクスが回復術を展開していた。レオンは空中で大勢を立て直し、着地と同時に大剣を構えている。

 少女が歩いてきた。ゆっくりと、急ぐ素振りもなく。その足取りには余裕があった。炎に照らされた紅い瞳が、冷たくエルザたちを見下ろしている。蒸気自動車を一撃で破壊した魔術。あれほどの威力を、あの幼い体から放ったのだ。


「アビゲイル。あの少女、ただ者ではないな」


 レオンが身構えた。アビゲイルの表情が険しくなっている。


「うん。あの魔力量は……尋常じゃない。財団が送り込んできた刺客ね」


 少女が再び手を掲げた。魔力が集束する。先ほどの破壊術よりも遥かに大きな力が膨れ上がっていく。空気が歪み、地面が震えた。

 アビゲイルが前に出た。魔杖を構え、エルザたちの前に立つ。小さな背中が、三人を守るように。


「わたくしがこの子を引き受けるわ。レオン、エルザたちを頼んだわ」


 レオンは一瞬だけアビゲイルを見た。そして、頷いた。言葉はいらなかった。

 アビゲイルはベアトリクスの方を振り返った。いつもの穏やかな微笑みは消え、真剣な目がベアトリクスを見据えていた。


「ベアトリクス!」


 短い呼びかけだった。だが、その声の響きに、ベアトリクスは胸の奥が震えるのを感じた。


「頼んだよ」


 それだけだった。だが、その一言に込められた意味は、ベアトリクスには分からなかった。何を頼まれたのか。姫様を守ることか。それとも、もっと別の何かか。

 アビゲイルは答えを待たず、少女に向かって走り出した。魔杖から氷結の魔術が放たれ、少女の破壊術とぶつかり合う。凄まじい魔力の激突が夜空を裂いた。衝撃波が広場を吹き抜け、石畳が砕け散る。二つの魔力がぶつかるたびに、周囲の建物が揺れた。

 アビゲイルの背中が小さく見えた。あの小さな体に、どれほどの力が宿っているのだろう。先の折れ曲がった帽子が風に煽られ、黒いローブが翻る。それでもアビゲイルは一歩も退かなかった。


「走れ!」


 レオンの叫びに、エルザとベアトリクスは駆け出した。振り返りたい衝動を堪え、ただ前だけを見て走った。背後でもアビゲイルの魔術と少女の破壊術が激突する轟音が、何度も何度も響いていた。

 南門に向かって走った。だが、門の手前で吸血鬼の群れが道を塞いでいた。五〇体は下らない。南門を制圧し、逃走路を断つつもりだ。レオンが大剣を構えた瞬間、横合いから轟音が響いた。

 吸血鬼の群れが左右に吹き飛ばされた。

 硝煙の中から、一人の女が姿を現した。黒色の長髪を後頭部でまとめ、血に濡れた刀を片手にげている。その背後には、武装した傭兵たちが隊列を組んで続いていた。全員が獣のような鋭い目をしている。


「無事でしたか、皇帝……いえ、勇者レオン様でしたね、探しましたよ」


 ラミーナだった。ヴェアヴォルフ同胞団の女団長。切れ長の目には度胸のある光が宿り、地獄のような戦場にあっても怖じる気配は微塵もなかった。

 その隣に、茶色の短髪にメガネをかけた青年が立っていた。リューネットだ。彼の周囲には精神術の膜が展開されており、近づく食屍鬼を次々と無力化している。


「遅くなりました。道中の敵が多くて」


 リューネットが淡々と報告した。だが、その声の奥に安堵が滲んでいた。

 傭兵たちが吸血鬼の群れに突撃していく。統率された動きだった。帝国兵の孤立した抵抗とは比べ物にならない練度だ。吸血鬼たちが次々と倒されていく。

 ラミーナがレオンの横に並んだ。刀を腰に戻し、落ち着いた声で報告した。


「ライカ様から指示を受けています。皆様を魔王城に連れてくるようにと」


 ライカ。その名前を聞いた瞬間、レオンの目が僅かに動いた。


「ライカは魔王城にいるのか」

「はい。先に到着して、城の防備を整えています。わたしたちも城から出撃してきたところです」


 ラミーナは迫ってきた吸血鬼を刀で斬り捨てながら、南門の方を示した。


「門の外に馬車を用意してあります。先に行ってください」


 レオンは頷いた。エルザベアトリクスに目を向ける。


「行くぞ」


 三人は傭兵たちが切り開いた道を駆け抜け、南門をくぐった。門の外には数台の馬車が待機しており、傭兵の一人が手綱を握っている。

 馬車に乗り込む直前、ベアトリクスは一度だけ振り返った。炎に染まるターリンガの街。その中で戦い続けるアビゲイル。命を懸けて自分を守った兵士。そして、大通りに一人で残ったレイラ。

 大切な人たちが、一人ずつ離れていく。その度に、託されたものが重くなる。だが、その重さは苦しみではなかった。信頼の重さだ。

 頼んだよ。

 アビゲイルの言葉が、胸の中で反響していた。まだ、その意味は分からない。だが、いつか必ず分かる時が来る。ベアトリクスはそう感じていた。

 馬車が走り出した。ターリンガの炎が、少しずつ遠ざかっていく。

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