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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第96話 地獄

 地獄だった。

 裏通りを抜け、大通りに出た瞬間、エルザの足が止まった。

 ターリンガの中央大通り。帝国でも最も賑わう目抜き通りが、炎と悲鳴に吞まれていた。石造りの商店が崩れ、馬車が横転し、路面に散らばる瓦礫の間を人々が逃げ惑っている。その背後を、紅い瞳をした影が追い詰めていた。吸血鬼だ。一体ではない。一〇体、二〇体、もっと多い。建物の屋根の上にも、路地の奥にも、紅い瞳の光が無数に蠢いている。

 そして、通りの至る所に食屍鬼の群れがいた。鈍い動きで人々に喰らいつき、噛まれた者がまた食屍鬼になっていく。最悪の連鎖だ。汽車の中で見たあの光景が、帝国の首都を覆い尽くしている。

 ベアトリクスが息を呑んだ。エルザの手が、剣の柄を強く握りしめた。


「姫様、大丈夫ですか」


 ベアトリクスの声が震えていた。だが、それは恐怖ではなかった。怒りだ。目の前で罪なき人々が殺されていくのを見て、拳が震えていた。


「ええ。大丈夫よ、ベアト」


 エルザの声は静かだった。三週間前のエルザなら、膝を折っていたかもしれない。だが、今は違う。剣を握れる。魔術を使える。戦える。隣にベアトリクスがいる。

 レイラが前方を見据えた。


「前方に吸血鬼の集団。二〇体以上。食屍鬼も合わせれば一〇〇は下らないね。大通りが制圧されている」


 冷静な分析だった。レイラの目は、既に戦場全体を俯瞰している。


「宮殿の方角から、もう一つ大きな気配がある。宮殿も同時に襲撃されているわ」


 アビゲイルの発言に、レイラは頷いた。帝国の宮殿はターリンガの中心に位置する。そこを落とされれば、帝国の指揮系統は完全に崩壊する。そして、宮殿にはレオンがいるはずだ。


「レイラ、わたくしたちも宮殿に向かうべきでは」


 エルザが進言した。だが、レイラは首を横に振った。


「宮殿はレオンに任せな。あの子が簡単にやられるような相手じゃない。問題はこの大通りだ。ここを抑えなければ、逃げ場を失った国民たちが全滅する」


 レイラの言葉は正しかった。中央大通りは帝国の主要な避難路でもある。ここが制圧されれば、南側の市街地にいる住民たちは完全に包囲される。

 四人は大通りに踏み出した。

 最初の吸血鬼が襲いかかってきた。レイラが一瞬で斬り伏せた。長剣が弧を描き、吸血鬼の心臓を正確に貫く。灰が舞い散った。二体目、三体目。レイラの剣が止まることはなかった。一振りごとに確実に一体を灰へと還していく。無駄のない太刀筋は、途方もない実戦の果てに磨かれたものだ。

 だが、数が多すぎた。

 四方から吸血鬼たちが押し寄せてくる。レイラが前方の敵を片付けている間に、横と後ろから別の吸血鬼が迫った。

 エルザが反応した。右手に魔力を集中させ、火炎の魔術を放つ。炎の渦が横合いから迫った吸血鬼を包み込み、灰に変えた。三週間前には想像もできなかった光景だ。荒削りだが、エルザの血が宿す魔力は強大だった。

 後方にはベアトリクスがいた。拳銃を抜き、弾丸を撃ち込む。一発、二発。吸血鬼の心臓を正確に射抜いた。照準は安定している。ドラコから教わった銃の扱いと、レイラの元で鍛えた判断力が、ベアトリクスの手を導いていた。

 アビゲイルは魔杖を振りかざし、氷結の魔術を展開した。大通りの一角が凍りつき、食屍鬼の群れが氷の中に閉じ込められる。更にもう一度魔杖を振ると、凍った食屍鬼たちが粉々に砕け散った。

 四人は連携しながら、大通りを進んだ。レイラが前方を切り開き、エルザが左右を焼き払い、ベアトリクスが後方から狙撃し、アビゲイルが範囲攻撃で群れを一掃する。三週間の修業が、確かな形となって現れていた。

 途中、建物の陰で身を潜めていた幼い少女を食屍鬼が襲おうとした。エルザが魔術を使う間もなく、ベアトリクスが拳銃で食屍鬼の頭部を射抜いた。少女の前に駆け寄り、「大丈夫。安全な方に逃げて」と声をかける。泣きじゃくる少女の背中を優しく押しながら、避難路の方角を指差した。少女が走り去るのを見届けてから、ベアトリクスは再び拳銃を構えた。

 小さな命を一つ守った。それだけのことだが、ベアトリクスの目に力が宿った。守るために強くなったのだ。この手で、守れるようになったのだ。エルザもその横顔を見つめ、小さく頷いた。ベアトリクスは強くなった。自分も、もっと強くならなければ。

 だが、吸血鬼の数は減らなかった。倒しても倒しても、建物の影から、路地の奥から、新たな吸血鬼が現れる。帝国の兵士たちも所々で戦っていたが、命令系統が崩壊しているせいか統率がとれていなかった。各所で孤立した兵士たちが個別に応戦し、一人また一人と倒れていく。

 大通りの中央まで進んだ時だった。

 吸血鬼の集団がエルザたちを取り囲んだ。前後左右、三〇体を超える吸血鬼が円陣を組んでいる。その外側には、さらに多くの食屍鬼が蠢いていた。通りの両側の建物の屋根にも吸血鬼が並び、逃げ道は完全に断たれている。

 包囲だった。

 エルザが剣を構えた。ベアトリクスが拳銃を向けた。アビゲイルが魔杖を握った。レイラが長剣を静かに持ち上げた。

 吸血鬼たちが、一斉に動いた。

 その瞬間、空気が裂けた。

 凄まじい斬撃が吸血鬼の集団を薙ぎ払った。円陣の一角が崩壊し、十数体の吸血鬼が一撃で灰に変わる。その斬撃は人間の持つ武器の限界を遥かに超えた、破壊的なものだった。

 斬撃の主は、黒い衣服の少年だった。大剣を片手で振り抜いた大勢のまま、包囲の外から突入してきている。黒色の短い髪に、鋭い目。一〇代後半にしか見えない、あまりに若い顔立ち。だが、その身から放たれる気配は、人間のものではなかった。


「レオン!」


 アビゲイルが叫んだ。勇者レオン。皇帝の座を捨て、甲冑を脱ぎ、一人の人間として戦うことを選んだ男。

 レオンは大剣を肩に担ぎ、包囲を崩した隙間からエルザたちの元に合流した。質素な黒い衣服には返り血がこびりついている。宮殿でも激しい戦闘があったのだろう。だが、その動きには疲労の色が一切なかった。


「無事か」

「はい。レオン様、宮殿は」


 エルザの問いに、レオンの表情が僅かに曇った。


「宮殿はもう駄目だ。兵士たちの命令系統もめちゃくちゃにされている。残った兵士たちには市街地の避難誘導を任せてきた」


 言葉は簡潔だったが、それだけに事態の深刻さが伝わった。帝国の宮殿が壊滅。それは帝国の中枢が崩壊したことを意味する。

 残った吸血鬼たちがレオンの気配を感じ取り、距離を取った。大陸最強と謳われる勇者の存在は、吸血鬼たちの本能にすら恐怖を刻んでいる。だが、退く様子はない。後方から増援が迫る気配があった。


「宮殿だけじゃない。帝国内の主要な軍施設も同時に襲われているはずだ。駐屯地、兵站へいたん拠点、通信塔。全てを同時に叩くことで帝国の戦力を分断している。練り上げられた作戦だ」


 レオンの分析は冷静だった。財団は長い時間をかけてこの襲撃を準備していたのだ。吸血鬼の数、食屍鬼の連鎖、同時多発的な攻撃。これは一朝一夕で成し遂げられるものではない。

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