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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第89話 貫通

 リューネットの魔杖の先端に、雷撃が凝縮されていく。十分な魔力が溜まるまで、もう少し時間が要る。ラミーナがそれを察し、リューネットの前に立って刀を構えた。万が一、男がリューネットに向かった時の盾だ。


「今!」


 ライカが男の正面から飛び退いた。その軌道上に、リューネットの魔杖から放たれた雷撃が走る。

 青白い稲妻が、男の体を直撃した。雷光が男の全身を這い回り、体中の金属が火花を散らす。男の動きが止まった。体が痙攣するように震え、関節から煙が上がる。魔術式の光が明滅し、歯車が軋む音が体の内部から聞こえてくる。

 そして、男は膝をついた。頭を垂れ、動かなくなった。

 前庭に静寂が戻った。焦げた匂いが風に乗って漂っている。砕けた石畳と破壊された石柱が、戦闘の激しさを物語っていた。負傷した兵士たちが、天幕の奥から恐る恐る顔を覗かせている。

 ラミーナが刀を構えたまま、油断なく男を見つめている。


「止まった……のか?」


 ラミーナが呟いた。確信が持てない声だった。

 ライカは人狼の姿を解いた。獣毛が消え、爪と牙が元に戻る。落ちた帽子を拾い上げ、被り直しながら男に近づいた。


「ライカ様、危険です」


 ラミーナが制止しようとした。


「調べなきゃ。この男が何者なのか、知る必要がある」


 ライカは男の傍にしゃがみ込んだ。膝をついて静止している男の体を、間近で観察する。

 衣服の下は、ほぼ全てが機械だった。金属の骨格、歯車、管。人間の形も模してはいるが、中身は完全に機械だ。顔の傷痕も、よく見ると人間の傷跡ではなかった。金属の表面に刻まれた加工痕のようなもの。最初から傷だらけの顔として作られたのだ。

 だが、ただの機械ではない。体の随所に、魔術式が刻まれている。古代語で記された複雑な紋様が金属の肌に直接彫り込まれ、今も微かに光を帯びていた。雷撃で機械としての動力は止まったが、魔術式の光は消えていない。

 リューネットが近づき、紋様を分析した。メガネの奥の目が、真剣に文字を追っている。


「科学の力で体を作り、魔術で動かしている。科学と魔術の融合です。この紋様が動力源の役割を果たしているのでしょう。雷撃で一時的に回路が乱れたから止まりましたが、紋様自体は壊れていません。魔術式が再発動すれば、また動き出す可能性があります」

「つまり、時間の問題ってこと?」


 ラミーナの声に緊張が走った。

 リューネットが頷きかけた、その時だった。

 男の目が、開いた。

 空洞のような瞳に、再び光が灯る。体中の魔術式が一斉に輝き始めた。

 ライカが反応するより早く、男の腕が伸びた。至近距離だった。男の指が真っ直ぐに突き出され、ライカの腹部を貫いた。

 指がライカの体を貫通した。背中から血が噴き出し、男の手が赤黒く染まっていく。

 ライカの瑠璃色の瞳が見開かれた。腹に穴が開いている。男の指が、自分の体を突き抜けている。その感覚が、一瞬遅れて痛みとして脳に届いた。

 男が腕を引き抜いた。血に濡れた手が、赤い雫を石畳に落とす。ライカの体が崩れ、前庭の地面に倒れた。腹部に拳大の穴が開いている。


「ライカ様!」

 

 ラミーナが叫んだ。刀を抜いて男に斬りかかる。だが、男はもうラミーナの方を見ていなかった。

 男の頭上に、光が現れた。

 魔術式だった。空中に巨大な紋様が浮かび上がり、紫色の光を放っている。男の体が、その光に吸い込まれるように浮き上がった。

 光が強まり、男の姿を包み込む。ラミーナが刀を振るったが、刃は光の壁に弾かれた。

 一瞬の閃光。

 そして、男は消えた。

 魔術式の光も消え、前庭には何も残っていなかった。砕けた石畳と破壊された柱、壁に穿うがたれた穴だけが、戦闘の跡を物語っている。

 ラミーナとリューネットが、倒れたライカに駆け寄った。


「ライカ様、大丈夫ですか!」


 ラミーナがライカを抱き起した。ライカの腹部には穴が開き、服が血に染まっている。口の端からも血が流れていた。

 だが、ライカは笑っていた。


「……痛いなぁ。お腹に穴を開けられたのは、初めてかも」


 口元の血を袖で拭いながら、身を起こした。腹部の穴が、見る間に塞がっていく。肉が盛り上がり、皮膚が再生し、数秒で穴は完全に消えた。吸血鬼の再生能力。ライカの瞳は瑠璃色だが、体自体は吸血鬼だ。内臓にも損傷があったはずだが、全てが元に戻る。

 ラミーナが安堵の息を吐いた。リューネットも僅かに肩の力を抜いている。二人とも顔には出さないが、総帥の腹を貫通させた瞬間は肝が冷えたはずだ。

 ライカは帽子の埃を払い、被り直した。白い髪を帽子の下に整えながら、男が消えた空を見上げた。紫色の光は跡形もなく消えている。あの魔術式は、外部から発動させたものだ。誰かが遠くからこの戦闘を見ていて、男を回収した。つまり、財団はこの場を監視していた。

 ポーラーが天幕の影から駆け寄ってきた。両手に回復術の光を宿らせている。


「ライカさん、お怪我は。治療します」

「大丈夫、もう塞がったよ。吸血鬼の体は便利でね。穴が開いても治るの。ポーラー王女、その回復術はまだ治療が終わっていない兵士たちのために使ってあげて」


 ライカは笑顔で答えたが、瑠璃色の瞳は笑っていなかった。消えた男のことを考えている。

 科学で作られた体。魔術で動かされた機械。そして、空中に現れた魔術式の光に包まれて消えた。あの男は、誰かに作られた存在だ。そしてその誰かが、遠隔で魔術式を発動させ男を回収した。あの巨体を転送するだけの力を持つ者が、財団の背後にいる。

 リューネットがメガネを押し上げた。


「あの男の体に刻まれていた魔術式。科学と魔術の融合は、通常の魔術師や技師にはできない芸当です。両方の知識を高い水準で持つ者でなければ」


 ライカの脳裏に、ドラコの日記の一筋が蘇った。ケネロットの迷宮にあった召喚術式。熟練の魔術師が仕掛けた高度な魔術式。そして今、機械と魔術を融合させた男。財団の背後にいる者は、魔術だけでなく科学にも精通している。


「財団には、わたしたちが知らない力を持つ者がいる。機械の怪物を生み出せる力。そんな相手と、わたしたちは戦っているんだね」


 ライカの声は静かだった。だが、瑠璃色の瞳には決意が宿っていた。

 ラミーナは腕を組み、破壊された前庭を見渡した。


「あの男、ライカ様だけを狙っていましたよね。他のわたしたちには見向きもしなかった。なぜでしょう」

「分からない。でも、財団がわたしたちの動きを把握しているのは確かだね。リファランに来ることを読まれていたのかもしれない」


 ポーラーが不安げな顔をした。


「数日前から目撃されていたということは、ライカさんたちが来るのを待ち伏せしていたのでしょうか」

「その可能性はある。ポーラー王女、あの男がまた現れるかもしれない。兵士たちの警戒を強めたほうがいいわ」


 ポーラーは頷いた。顔は青ざめていたが、その目には王女としての覚悟があった。

 敵の正体が見えない。だからこそ、知らなければならない。イルドブルに、手がかりがあるはずだ。ドラコが眠っていた場所。全ての始まりの場所に。

 ライカは北東の空を見た。ヴェンツェル王国は、まだ遠い。

 だが、立ち止まっている暇はなかった。


 

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