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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第83話 ダミアン

 ベアトリクスもアビゲイルと同じく、テーブルの料理には手をつけていなかった。だが、別に用意された皿から、少しずつ肉を口に運んでいた。吸血鬼にとっての食事だ。吸血鬼になったばかりの頃、ベアトリクスはそれすらまともに喉を通らなかった。体が拒絶し、何も食べられない日が続いていた。

 だが今は、ゆっくりとだが確かに食べている。

 エルザの目が潤んだ。


「ベアト。ちゃんと食べられるようになったのね」


 ベアトリクスは少し照れたように頷いた。


「はい。最近は体が安定してきたようで、しっかり食事が取れるようになりました」


 同じものを食べることはできない。だが、同じ食卓に座り、一緒に食事の時間を過ごせる。それだけで、エルザには十分だった。

 食事がひと段落した頃、ベアトリクスが食べる手を止めた。少し迷うような表情を見せた後、意を決したようにレイラの方を向いた。


「レイラさん。一つ、お聞きしてもよいでしょうか」

「何だい」

「ドラコさんの過去のことを、教えていただけませんか」


 食卓が、一瞬静まった。アビゲイルが手を止めた。

 ベアトリクスは続けた。


「ドラコさんは、わたしたちのために命を懸けてくれました。でも、わたしたちはドラコさんのことをほとんど知りません。本当の名前が、ダミアンさんだということも、つい先日知ったばかりです。人間だった時代があること。剣士だったこと。それだけです。あの方がどんな人生を歩んできたのか……知りたいのです」


 エルザも頷いた。ドラコの過去。あの飄々とした笑顔の裏に、どんな過去があるのか。知りたいと思ったのは、ベアトリクスだけではなかった。

 レイラはシチューの皿を脇に寄せ、椅子に深くもたれた。白銀の髪が揺れ、黒い肌に夕暮れの光が映えている。長い沈黙があった。話すべきか、話すべきでないか。何かがはかりにかけられていた。


「ダミアン、ね」


 その名を口にする時、レイラの声は僅かに柔らかくなった。バカ弟子と呼びながらも、その名前を大切にしていることが伝わった。


「あの子が初めてアタシの元に来た時のことは、よく覚えているよ。まだ一〇代だった。ボロボロの服を着て、目だけがぎらぎらと光っていた。怒りに満ちた目だ。何かに復讐するためだけに生きている。そういう目をしていた」


 レイラは遠い記憶を辿るように、天井を見上げた。その瞳に、遠い過去の光が映っていた。


「ダミアンの故郷は、吸血鬼に滅ぼされたんだよ」


 食卓の空気が変わった。エルザとベアトリクスが息を呑んだ。


「まだ幼い頃だ。村が一夜にして焼かれ、大切な人たちを目の前で奪われた。その日からダミアンは、吸血鬼を一人残らず抹殺するために生きると決めた。吸血鬼を殺すための力を求めて、アタシの元にやってきたんだ」


 レイラは腕を組んだ。


「最初は手がつけられなかったよ。怒りしかない子供だった。修行中も吸血鬼への憎悪を口にしてばかりでね。だが、筋はよかった。覚えも早い。何より、あの子の目の奥には怒りだけじゃなく、優しさがあった。大切なものを奪われたからこそ、怒っていたんだ。アタシはそこに賭けたんだよ」


 食卓が静まり返った。エルザもベアトリクスも、息をするのを忘れていた。あの陽気な笑顔の裏に、そんな過去があったのだ。

 エルザが声を絞り出した。


「ドラコは……どうして吸血鬼になったのですか。なぜ魔王と呼ばれるようになったのですか」


 ベアトリクスも身を乗り出した。最も知りたい問い。

 レイラはベアトリクスを見つめた。紅い瞳を。その目に映る悲しみと、知りたいという切実な願いを。


「……そこから先は、まだ話せないよ」


 レイラの声は穏やかだったが、有無を言わせない響きがあった。


「ダミアンの過去は、ダミアン自身のものだ。アタシが全てを話していいものじゃない。あの子が自分で話す時が来るまで、待つべきだとアタシは思っている」


 ベアトリクスが口を開きかけたが、レイラは手を上げてそれを制した。アビゲイルは黙っていた。ドラコの過去を知っているのだろう。紅い瞳の奥が潤んでいる。アビゲイルもまた、それを語ることを選ばなかった。


「だけど、一つだけ言えることがある」


 レイラの目が、真っ直ぐにベアトリクスを見た。


「ダミアンは、とっくに変わっているよ。長い時間をかけて、たくさんのものを失って、それでもなお、前に進むことを選んだ子だ。お前たちを守ったのが何よりの証さ」


 ベアトリクスは唇を噛んだ。涙が、紅い瞳の縁に溜まっていた。ドラコが自分たちに向けてくれた優しさの意味が、今、初めて分かった気がした。あの人は、もうとっくに過去を乗り越えていたのだ。

 レイラは立ち上がった。


「ダミアンの過去がもっと知りたいなら、強くなりなさい。強くなって、あの子の隣に立てるようになったら、あの子自身の口から聞けばいい。それが一番だよ」


 レイラの言葉は突き放すようでいて、温かかった。弟子の過去を守りながら、新しい弟子たちに前を向かせている。それが師匠としてのレイラの在り方だった。

 レイラは椅子から立ち上がり、食器を片づけ始めた。


「さあ、食べ終わったらゆっくり体を休みなさい。明日の修業に備えるんだよ。朝は早いからね」


 エルザも立ち上がり、食器を片づけ始める。ドラコの過去。まだ知らないことばかりだ。だが、レイラの言う通り、知るためにはまず強くなるしかない。

 ベアトリクスは涙を拭い、小さく息を吐いた。だからこそ、強くなりたい。いつかあの人の口から、全てを聞ける日が来るように。

 客室に戻る廊下で、エルザとベアトリクスは並んで歩いた。窓の外には夕焼けの名残が薄く広がっている。二人とも言葉は少なかったが、同じことを考えていた。

 明日もまた、日の出と共に中庭に立つ。木剣を握り、魔術を学び、一歩ずつ前に進む。ドラコの過去を知った今、その一歩の意味は、昨日までとは違っている。

 修行は、まだ始まったばかりだ。

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