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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第82話 修行

 木剣が空を裂いた。

 エルザの振り下ろした一撃を、レイラが自身の木剣で軽く弾いた。最小限の動きだった。手首をわずかに返しただけで、エルザの渾身の一撃が逸らされる。弾かれた衝撃が腕を通じて全身に伝わった。力で受けたのではない。角度だけで流されたのだ。


「悪くない。だが、腰が浮いている。足の裏で地面を掴みなさい。力は腕ではなく、足から生まれるものだ」


 レイラの指導は的確だった。言葉は少ないが、一つ一つが核心を突いている。余計なことは言わない。だが、必要なことは必ず伝える。ドラコとレオン、二人の弟子を育てた師匠の教え方だ。エルザは足の位置を修正し、もう一度構えた。

 魔術店の裏にある中庭が、二人の修行場だった。石畳の広場に朝日が差し込み、白い息が口から漏れている。修行が始まってから三日が経っていた。毎朝、日の出と共に中庭に立ち、日が暮れるまで剣と魔術の基礎を繰り返す。体のあちこちが悲鳴を上げていたが、不思議と辛くはなかった。強くなっている実感、痛みを上回っている。

 エルザは再び木剣を振った。今度は腰を落とし、足の裏に力を込めて踏み込んだ。先ほどよりも、鋭い一撃だった。木剣同士がぶつかる音が、先ほどとは明らかに違う。


「そう。いいよ。筋がいい」


 レイラが頷いた。その目は真剣だが、どこか感慨深げだった。エルザの剣の降り方には、確かな才能が見える。初日は木剣をまともに握ることすらできなかった。それが三日で、ここまで形になっている。ダンピールの力か、父ギルバートの血か、母ルイーザから受け継いだものか。おそらく、その全てだろう。レイラは長い歳月の中で多くの人間を見てきたが、これほどの成長速度は稀だった。

 中庭の隅で、ベアトリクスが素振りを繰り返していた。一〇〇回、二〇〇回、三〇〇回。腕が震え始めても、手を止めない。メイド服の袖をまくり、額に汗が浮かんでいる。だが、その動きにはまだ硬さが残っていた。戦いの経験が、圧倒的に足りない。剣を持つ手が安定しない。エルザのように直感的に動くことができず、考えてから振るため、一拍遅れてしまう。

 レイラはベアトリクスの方に歩み寄った。


「ベアトリクス。振り方を変えなさい。お前は力で振ろうとしている。だが、お前の体は吸血鬼だ。人間とは筋肉の使い方が違う。力を入れるのではなく、体の流れに任せて振りなさい」


 ベアトリクスは頷き、力を抜いて木剣を振った。すると、先ほどまでとは明らかに違う軌道を描いた。速い。力を込めていないのに、風を切る音がした。ベアトリクス自身が驚いた顔をしていた。


「そう。お前には戦いの才能がある。今は不慣れなだけだ。体が覚えれば、一気に伸びるよ」


 レイラの目が光った。戦闘経験は皆無に近い。だが、吸血鬼の身体能力と、体の使い方を覚えた時の伸びしろは大きい。レイラの長い経験が、それを見抜いていた。ベアトリクスの真の強さは、剣ではなく魔術と体術の組み合わせにあるかもしれない。だが、それは今後の修行で見極めればいい。


 午前の剣の修行が終わり、午後は魔術の修行に移った。

 レイラは中庭の隅に二人を座らせ、まず魔力の流れを感じる訓練から始めた。目を閉じ、体の中を流れる力に意識を集中させる。呼吸を整え、心を静める。

 エルザは元々、簡単な魔術を扱うことができた。だが、レイラの指導を受けてからの成長は目覚ましかった。これまで自己流で行っていた魔力の制御が、格段に制度を増している。レイラが見せた中級の火炎術を、わずか数回の試行で再現してみせた時、レイラの目が見開かれた。


「大したものだね。基礎はできていたが、ここまで早く応用に入れるとは思わなかったよ」

「父が魔術師でしたから、小さい頃に、少しだけ教わっていました」

「ギルバートの血筋か。あの男は帝国でも屈指の魔術師だった。その才能が、お前にも流れている。お前の中には、まだ目覚めていない力が眠っているはずだよ」


 ベアトリクスの方は、魔術の適性がやや高かった。吸血鬼としての素養が、魔力の扱いに向いているのだろう。アビゲイルの氷結術とは系統が異なるが、基礎的な防御術の形を掴むのは早かった。空気中の魔力を感じ取る感覚が鋭い。レイラが教えた障壁の魔術を、エルザよりも先に成功させた。


「魔術に関しては、ベアトリクスの方が上だね。吸血鬼の魔力は人間よりも濃い。それを活かしなさい」


 魔術の修行には、アビゲイルも加わっていた。レイラの傍らに立ち、二人の魔力の流れを見ながら助言を送っている。


「ベアトリクス。魔力を放出する時、力を一点に絞りなさい。散らすと威力が落ちるわ」


 レイラが理論と基礎を教え、アビゲイルが実践面を補う。二人の師匠がいるようなものだ。ベアトリクスの障壁が安定したのは、アビゲイルが魔力の流し方を実際に見せてくれたおかげだった。

 レイラは二人の成長を見つめながら、静かに頷いていた。剣のエルザ、魔術のベアトリクス。二人の特性は違うが、互いに補い合える。良い組み合わせだと、レイラは思った。

 かつてのダミアンとレオンもそうだった。ダミアンは剣の技巧に優れ、レオンは圧倒的な力で押す。別々の時期に、別々の場所でレイラに学んだ二人が、やがてそれぞれの道を歩んでいった。目の前にいるこの二人も、いつかそうなるのだろうか。



 夕暮れ時。修業を終えた一同は、魔術店の奥にある居間で食卓を囲んでいた。

 レイラが用意した料理は素朴だが温かかった。パンとシチューと焼いた肉。エルザは温かいシチューを啜りながら、今日の修業を振り返っていた。

 アビゲイルはレイラの隣に座っていたが、料理には手をつけていなかった。吸血鬼が口にできるのは、人間の肉だけだ。だが、食卓に着くこと自体を楽しんでいるようだった。レイラと言葉を交わしながら、穏やかな表情で皆の食事を見守っている。

 エルザはベアトリクスの方をちらりと見た。

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