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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第69話 月明かりの下で

 アビゲイルが横から口を挟んだ。


「ドラコのロードは規格外だからね。何回かは見たことがあるけど、本当にとんでもなかった。山が一つ消えたのよ。文字通り、地図から消えた」


 アビゲイルは淡々と言った。だが、その声には畏怖が滲んでいた。ベアトリクスは言葉を失った。山が一つ。自分のロードの力でウィンガルを倒すのがやっとだったのに、この人は山を消す力を持っている。


「ベアトリクス、あなたのロードの力も車内にいたわたくしが感じ取れるほど凄まじかったけど、ドラコのそれは次元が違う。まあ、そもそもドラコを基準にしちゃだめだけどね」


 アビゲイルの声に、冗談の色はなかった。山が一つ。ベアトリクスは言葉を失った。ドラコは肩をすくめた。


「アビー、あまり驚かすな。まあ、ベアトリクス。お前はまだロードに覚醒したばかりだ。力の制御を覚えるには時間がかかる。焦るな。だが、お前にはその素質がある。あの汽車の上でウィンガルを倒したのは、紛れもなくお前自身の力だ。誇っていい」


 ベアトリクスの胸に、温かいものが広がった。自分の力。守るための力。エルザを守るために目覚めた力。あの時、死にかけたベアトリクスを突き動かしたのは、姫様を守りたいという想いだけだった。その想いが、ロードという途方もない力を呼び覚ました。


「ドラコさん、一つ確認させてください。ロードの力は、自分の意志で発動できるようになるんですか」

「慣れればな。最初は感情の昂りに引きずられて発動することが多い。お前の場合、エルザを守りたいという想いが引き金だった。だが、訓練を積めば自分の意志で切り替えられるようになる。まあ、それにはそれなりの時間がかかるが」

「分かりました。必ず使いこなしてみせます」


 ベアトリクスの目に、決意の光が宿っていた。もう、姫様を守れない自分ではいたくない。あの力があれば、次こそは。


「ありがとうございます、ドラコさん。わたし、この力で姫様を守ります」

「ああ。期待してるぞ」


 ドラコは帽子の鍔を上げ、ベアトリクスに笑いかけた。それから、少し自慢げな顔になった。


「それと、ベアトリクス。実はな、オレにはロードとは別に、もう一つ強力な()がある」


 ドラコの目が、悪戯っぽく光った。自慢げな顔だった。ロードの力の話をしている時は真剣だったが、急に子供のような顔になった。


「もう一つ? ロード以外にもあるんですか?」

「ああ。ロードとはまた違った力でな。これがまた……」


 ドラコが得意げに口を開きかけた、その瞬間だった。

 轟音が響いた。

 基地の壁が揺れた。天井から埃が落ち、テーブルの上の書類が散った。魔術灯が明滅し、一瞬だけ会議室が暗闇に沈んだ。地震ではない。爆発だ。基地の外壁に何かが叩きつけられた音だった。

 続いて、悲鳴。人間の悲鳴と、獣のような咆哮が混じった音が、基地の外から聞こえてきた。金属がぶつかる音。銃声。そして、肉が裂ける湿った音。

 ドラコの紅い瞳が鋭くなった。一瞬で戦闘態勢に切り替わっていた。椅子から立ち上がると同時に帽子を深く被り直し、壁に立てかけてあった短機関銃を手に取っている。その動作に一切の無駄がなかった。


「来たか」

 

 低い声だった。

 アビゲイルも立ち上がっていた。傍に置いていた魔杖を手に取り、先端に氷の魔力が集まり始めている。


「財団?」

「間違いないだろう。エルザこの基地にいることが、もう割れている」


 ドラコが窓に歩み寄り、外を見た。暗闇の中に、赤い光が無数に浮かんでいる。紅い瞳。吸血鬼の瞳だ。一つや二つではない。何十、いや百を超える紅い交点が、基地を取り囲むように広がっていた。その間を、食屍鬼の群れが這うように進んでいる。灰色の肌に虚ろな目。知性のない兵隊が、黙々と基地に向かって歩いてくる。

 吸血鬼と食屍鬼の大軍。財団の軍勢が、ヴェアヴォルフ同胞団の基地に押し寄せてきたのだ。

 階下から、ラミーナの鋭い声が響いた。


「全員、戦闘配置! 装備を整えろ、来るぞ!」


 傭兵たちが動き出す音が聞こえた。武器を取り、鎧を纏い、持ち場に散っていく。怒号と足音が基地全体に響き渡る。同胞団の練度は高い。だが、窓の外の敵の数は、それを遥かに上回っていた。

 ベアトリクスの顔が強張った。エルザはまだ上の階で眠っている。


「姫様のところへ行きます!」


 ベアトリクスは立ち上がり、部屋を飛び出した。階段を駆け上がる足音が、廊下に響いた。

 ドラコは窓の外から目を離さなかった。紅い瞳が、月明かりの下に広がる敵の軍勢を見据えている。敵の数は多い。アンティグア王国のリファランでの襲撃とは比較にならない規模だ。あの時はウィンガルと食屍鬼の小部隊だったが、今回は正規の軍勢と呼ぶべき大軍だった。

 だが、それ以上にドラコの関心を引いたのは、敵の動きだった。統率が取れている。吸血鬼が指揮を取り、食屍鬼が前衛として突入する。側面からは別の吸血鬼の部隊が回り込んでいる。挟撃きょうげきの陣形だ。烏合うごうしゅうではない。指揮官がいる。計画的な襲撃だ。

 アビゲイルがドラコの隣に立った。


「ずいぶん多いね。一〇〇は越えてる。リファランの時とは桁が違う」

「ああ。基地の場所が割れていた以上、いずれ来るとは思っていたが……こうも早いとはな」


 ドラコは窓から離れ、短機関銃の弾倉を確認した。背中には散弾銃も背負っている。弾は十分とは言えない。だが、今夜は銃だけで戦うつもりはなかった。

 窓の外で、最初の衝突が始まった。同胞団の傭兵と吸血鬼の先鋒がぶつかり合い、剣戟の音と銃声が夜空に響いた。基地の正門が食屍鬼の群れに押され、木材が軋む音がした。

 リューネットの声が階下から響いた。魔杖を構え、詠唱を始めている。制動術とは違う、攻撃のための魔術だ。黄色の光が窓の外を走り、食屍鬼の前衛を薙ぎ払った。だが、倒した端から新しい食屍鬼が押し寄せてくる。波のように、途切れることなく。

 ドラコは会議室の扉に向かった。振り返り、アビゲイルを見た。


「アビー。お前はエルザとベアトリクスのところへ行け。二人を守れ」

「ドラコは?」

「オレは外に出る」


 ドラコの紅い瞳が、月明かりを反射して光った。窓から差し込む月光が、ドラコの白色の髪を銀色に染めていた。


「一〇〇だろうが二〇〇だろうが、オレの前を通す気はない」


 ドラコは不敵に笑い、会議室を出た。階段を降りていく足音が、戦闘の喧騒の中に消えていく。

 アビゲイルは一瞬だけ窓の外を見た。月が、煌々《こうこう》と輝いている。完全な円だった。

 アビゲイルは魔杖を握りしめ、エルザたちのいる二階へと駆け上がった。戦いが、始まった。

 

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