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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第66話 母

 日が傾き始めた頃、エルザがドラコのもとを訪ねてきた。

 基地の二階にある小さな部屋だった。窓から差し込む夕暮れの光が、石造りの壁を橙色に染めている。ドラコは窓際の椅子に座り、帽子を膝の上に置いていた。紅い瞳が窓の外を眺めている。アセンブリーの街並みが、夕陽に照らされていた。

 エルザはドラコの向かいの椅子に座った。背筋を伸ばし、両手を膝の上で重ねている。王女の姿勢だった。だが、その目には先ほどの決意とは別の感情が揺れていた。

 ベアトリクスとアビゲイルも部屋にいた。ベアトリクスは壁際に立ち、アビゲイルは窓の反対側の椅子に腰かけていた。


「ドラコ。お願いがあります」


 エルザの声は静かだった。


「母のことを教えてください。ルイーザ・ヴェンツェルが、どんな人だったのか」


 エルザはドラコの目を見た。分かっていた。この問いが来ることを。母が吸血鬼だったと知ったエルザが、その先を知りたがらないはずがなかった。一五年間、ずっと知りたかったことだ。父に何度も訊いて、何度も答えてもらえなかったこと。

 ドラコは帽子を膝の上で回し、小さく息をついた。窓の外の夕陽を一瞬見てから、エルザに向き直った。


「ルイーザは、オレの仲間だった。一緒に冒険をしていた頃の、大切な仲間の一人だ」


 ドラコの目が、遠くを見た。一五年以上前の記憶。いや、もっと前だ。ルイーザと出会ったのは、数百年も昔のことだった。


「あいつは優秀な騎士だった。吸血鬼でありながら、騎士としての誇りを持っていた。大きな剣を振るってな。オレよりもでかい剣を、あいつは軽々と扱った。戦場では誰よりも前に立ち、誰よりも勇敢に戦った。敵にも味方にも、等しく敬意を払う女だった。傷ついた仲間がいれば真っ先に駆け寄り、倒れた敵にすら手を差し伸べた。吸血鬼を化け物と呼ぶ奴らの前でも、堂々としていた。あいつは自分が何者かを恥じたことは一度もなかった」


 ドラコの声に、懐かしさが滲んでいた。


「見た目はな、お前に似てる。金の長い髪でな、立ち姿が綺麗だった。甲冑を着ていても、所作に品があった。ただ、性格はお前よりだいぶ豪快だったがな。笑い声がでかくてな。宴の席ではいつも一番騒いでいたのはルイーザだった」


 ドラコの口元に、微かな笑みが浮かんだ。


「だがな、仲間が悩んでいる時には誰よりも真剣に話を聞いてくれた。自分が辛い時でも、絶対にそれを見せなかった。強い女だった。剣だけじゃなく、心が強かった」


 エルザの目が、僅かに潤んだ。会ったことのない母の姿が、ドラコの言葉を通して少しずつ形になっていく。


「フローもアビーも、ルイーザとは古い付き合いだ。オレたちはよく一緒に旅をした。あの頃は、毎日が戦いで、毎日が冒険だった」


 アビゲイルが小さく頷いた。目を閉じ、遠い記憶に浸っているようだった。


「ルイーザは強かったよ。剣の腕も、心も。わたくしが魔術の実験で失敗して落ち込んでる時、いつも笑い飛ばしてくれた。『失敗は成功のもとだ。次やればいい』って。単純だけど、あの人が言うと本当にそう思えたんだよね」


 アビゲイルの声が、優しく揺れていた。

 ドラコは続けた。


「ある時、ルイーザはギルバートと出会った。お前の父親だ。ギルバートは魔術師でありながらセクレタリア帝国の兵士で、団長まで務めた男だった。魔術の戦闘能力が非常に高く、数々の功績を残している。オレとも一度やり合ったことがあるが、あいつはオレに致命傷を負わせた。人間のくせに、とんでもない男だった」


 ドラコは苦笑した。致命傷を負わされた記憶を、どこか楽しそうに語っていた。


「ルイーザとギルバートは恋仲になり、やがて結婚した。吸血鬼と人間の結婚だ。周囲の目は厳しかった。帝国の兵士が吸血鬼と結婚するなど前代未聞だった。ギルバートは帝国軍の中で孤立した。だが、ギルバートは気にしなかった。『好きな人と一緒にいるのに、理由がいるか』と笑っていた。ルイーザも同じだった。互いを選んだことに、一切の迷いがなかった」


 ドラコは帽子の鍔を指で弾いた。


「ギルバートがヴェンツェル王国の国王になったのは、その後の話だ。あいつは元々帝国の兵士だったが、ヴェンツェル王国に渡り、その功績が認められて王位を継いだ。ルイーザは表舞台には立たなかった。吸血鬼の王妃がいると知られれば、国が混乱する。だからルイーザは影から夫を支え、ギルバートは妻の存在を隠し続けた」


 エルザの手が、膝の上で僅かに握られた。父と母が愛し合っていたこと。それを知るだけで、胸の奥が温かくなった。父ギルバートがいつも穏やかだった理由が分かった気がした。あの優しさは、ルイーザと過ごした日々が育てたものだったのだ。


「しばらくして、ルイーザは子供を望むようになった」


 ドラコの声が、静かになった。


「吸血鬼が子供を産むこと自体が極めて稀だ。ましてや、相手は人間。前例がほとんどなかった。フローは強く止めた。危険が大きすぎると。だが、ルイーザは譲らなかった。『ギルとの子供が欲しい。それだけだ』と。あいつは一度決めたら絶対に曲げない女だった。騎士としての頑固さが、そのまま母としての覚悟に変わった」


 ドラコは一度窓の外に目を向けた。夕陽が沈みかけている。


「ギルバートも最初は反対した。妻の命が危険に晒されるかもしれない。だが、ルイーザの決意を知ったギルバートは、最後には頷いた。『お前がそう決めたなら、全力で支える』とな」


 部屋の空気が、張り詰めた。エルザもベアトリクスも、ドラコの言葉に聞き入っていた。


「ルイーザは身籠った。だが、ここからがルイーザにとって本当の試練だった」


 ドラコは一度、言葉を切った。

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